【寄稿】「1月からの日々」 歴史への旅 書との対話 西村明

 あっという間に新年度が始まった。それというのも、前回このながさき時評を担当した1月下旬以降、実に多くのことを経験したためである。
 1月末に奄美群島徳之島の伊仙町で、国際ユースキャンプを企画・運営した。東京大、鹿児島大、韓国の済州大、ボスニアのサラエボ大から十数人の学生たちと戦争にまつわる島の歴史や宗教文化を学び、地元の方々と交流した。
 2月末には、日本の東欧宗教研究者たちとサラエボ大に向かい、東欧から見たロシア・ウクライナ戦争とその影響に関するシンポジウムを主催した。また私自身は「現代日本における宗教の役割」という講演を行った。
 サラエボは、110年前の第一次世界大戦の勃発に関わるオーストリア皇太子襲撃の事件と、30年前のユーゴスラビア紛争の激戦の舞台となった場所である。ユーゴ戦では特に、社会主義体制の崩壊後、イスラーム・カトリック・セルビア正教の信仰の違いが民族同士の対立を際立たせた。
 街中には、近世のオスマントルコ統治時代、近代のオーストリア・ハンガリー帝国統治時代、第二次大戦後のユーゴスラビアの社会主義時代、そして現代の各時代の建物が混在しており、そこここに信仰の場が息づく。40年前に冬季五輪が開かれた山中の街だが、そうした過酷な歴史の重なりと諸宗教の施設が点在する様は、どこか長崎の街を思わせる。思いがけない比較研究の着想を得た。
 3月中旬には、京都で開催されたコルモスという宗教者と研究者による対話の機会に参加した。50年の対話の積み重ねが、相互の信頼の空気を生み出していた。
 3月下旬には2日間だけ長崎に滞在し、長崎大で開催された西日本宗教学会に参加した。滞日外国人の支援に関わる宗教者の活動や想いに触れ、九州地区の宗教研究者たちと研究交流を深めた。こうした研究活動の合間を縫って、論文審査や入試を行い、卒業生を送り出した。
 さらに、自宅の引越し作業も敢行した。コロナ禍で往来が絶たれ、旧宅に残してきた蔵書を数年間手に取ることができなくなっていた。今年の初め、ダンボールにして20箱ほどを都内の自宅に送ったが、今度は本を並べるスペースが狭い。研究室も戦前からの貴重書に占有されて使えない。海と山があって郷愁を感じさせる鎌倉に絶好の場を見つけ、本を並べ終えたところだ。
 今後も歴史的な場に赴き、そこを往来した人々に想いを巡らせつつ、他方で人類の思索の結晶である書斎の本たちと対話を続け、未来への構想力をたぐり寄せたい。

 【略歴】にしむら・あきら 1973年雲仙市国見町出身。東京大大学院人文社会系研究科教授。宗教学の視点から慰霊や地域の信仰を研究する。日本宗教学会理事。神奈川県鎌倉市在住。

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