私が抜け毛を苦に感じない理由【穴澤賢の犬のはなし】

先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。

抜け毛問題というのは、犬や猫と暮らす人にとって避けて通れない道である。掃除機をかけても、翌日にはまた同じだけ抜け毛が落ちている。それがラグやソファーだと絡みついてなかなか取れない。そのため、粘着クリーナーは必需品となり、わざわざ取りに行くのが面倒なのでわが家では各部屋に常備してある。

抜け毛と洋服のセレクト問題

服に付くのも当たり前で、次第に愛犬(愛猫)に合わせて、抜け毛が目立たない色を着るようになる。たとえば白い犬の場合、白っぽい服を着ていれば抜け毛はそんなに気にならない。よく見ると実は抜け毛だらけなのだが、ひとまずカモフラージュできていればいい、という考え方になる。

服を買うときも、抜け毛が目立つかどうかが判断基準のひとつとなり、「これ、欲しいけど止めとくか」となることもある。そういう側面でいえば、いかに抜け毛が付きにくい素材かどうかも洋服選びの重要なポイントである。

サラサラした生地で、抜け毛が付きにくそうだと買って着てみたら、静電気で逆に毛だらけになるなんていう失敗も繰り返す。これは多くの飼い主が辿る道であり、最終的にはちょっとくらい抜け毛が付いていても「まぁこれくらい別にいいか」という諦めの境地に落ち着く。

そうはいっても、床やソファー、布団などをそのまま放置しておくと家の中のあらゆるところが抜け毛だらけになっていく。室内で暮らす犬は陽の光を浴びていないせいか、季節の変わり目に鈍感になり、換毛期など関係なく1年中ずっと生え変わり続ける。

だから日々の掃除は欠かせないので、苦行とはいわないまでも大変だと感じている人は多いのではないかと思う。

抜け毛掃除は愛犬が元気な証拠

しかし、私はまったく苦労だとは思っていない。大吉と福助も年中抜け毛を撒き散らしてくれる。洗った後がこれまた大変で、細かい毛がふわふわ舞い、数日間はいくら掃除しても床は毛だらけになる。けれどそんなもの、私からすればかわいいものなのだ。

かつて一緒に暮らしていた富士丸は、大型犬でシベリアン・ハスキーの血が半分入っていたため、白やグレーのアンダーコートがびっしり生えており、洗って乾かしてブラッシングをする度に、自分と同じくらいの抜け毛が出たのだ。お前の抜け毛の量はいったいどうなっているんだ、と首をかしげるほどだった。

それに比べたら大福の抜け毛なんてたかがしれている、と思えるのだ。2頭でかかっても富士丸の抜け毛の量には到底かなわない。

富士丸と暮らしている頃は、「はぁ、昨日かけたばかりなのに」とため息をつきながら掃除機をかけていたものだ。

そんな私が抜け毛を苦に感じない理由はもう1つある。それは、富士丸がいなくなってしまった後のことだった。

あれだけ毎日掃除しても翌日には毛だらけになっていたのに、何日経っても新たな抜け毛が落ちることはなくなった。数日掃除機をかけなくてもなんともない。そんなことは初めてだった。そこにものすごい違和感と、掃除をしなくていい現実が、さびしくて悲しくて切なくて仕方なかった。

30平米もない狭い1DKが、突然ガランと感じた。誰もいない部屋で1人、そんな生活に少しずつ慣れ始めた頃、家具の後ろから唐突に富士丸の抜け毛が出てきて、それを拾うと自然に涙がこぼれたりした。あんなに大変に感じていた抜け毛だったのに。当たり前だが、抜け毛製造元がいなくなると抜け毛はもう2度と増えない。

そんな経験から、私は抜け毛掃除が逆にありがたいものだと感じるようになった。だから朝起きたら床掃除するのが日課だが「おー、今日もあいつら撒き散らしてくれとるねぇ」と思いながら上機嫌で掃除機をかけている。いくらでも撒き散らせばいい。

<お知らせ>

私が運営する『DeLoreansショップ』で、能登半島地震で被災した犬猫のために少しでも役立ててもらおうと『チャリティーステッカー』を作りました。440円(税込)で、1枚につき原価と必要最低限の経費を抜いた300円を寄付します。ご賛同いただける方はよろしくお願いします。

※売り切れている場合は次回入荷までお待ちください。

プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。

ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。

福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。

引用元:「犬の笑顔が見たいから」(世界文化社)楽天ブックス

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