【社説】植田日銀総裁1年 物価安定の使命忘れるな

 日銀の植田和男総裁がきょう、就任1年を迎えた。

 派手な政策をバズーカ砲のように打ち上げた黒田東彦(はるひこ)前総裁とは違い、当初は学者出身の、地味に見える力量を疑問視する声もあった。

 ところが、3月の金融政策決定会合では大規模緩和策を終了させる方向に大きくかじを切った。就任1年もたたないうちに、出口戦略に乗り出した決断は評価できる。

 サプライズを好んだ黒田氏と違い、大方の方針が事前に報道で伝えられるケースが目立つ。リークではないかという批判もあるが、市場にショックを与えない、植田流の巧みなやり方なのだろう。

 そのせいか、大規模緩和策終了という大きな決定時にも思ったほどの株価下落は起きなかった。市場の動揺を招かなかったことには、狙い通りのしたたかさも感じられる。

 ただ、日銀の使命は物価の安定である。

 民間調査では、主要メーカーが予定する今月の食品値上げは2806品目に上る。昨年よりは減ったが、7月までの累計は6千品目を超えると見込まれる。年間の平均値上げ率は19%にもなるという。

 家計の消費支出に占める食料費の比率を示すエンゲル係数も、ここ40年で最悪になった。食料品の値上げは繰り返され、買い控えによる消費支出の後退が続いている。にもかかわらず「賃上げも進み、物価はそのうち落ち着く」と現状を放置するような日銀の姿勢には不信感が募る。

 安倍晋三元首相が進めた経済政策「アベノミクス」を支えるため、黒田氏は円安、株高を目指して市場に大量のお金を供給し続け、低金利政策を維持してきた。その結果がもたらした物価高に、日銀が責任を持って対応するのは当然ではないか。

 円高になれば輸出型企業の業績が悪化し、賃上げもおぼつかなくなるという指摘はあるかもしれない。しかし、円高による株価下落を懸念して日銀が物価対策に乗り出せないとしたら本末転倒だ。

 株価は市場の評価を反映させたものに過ぎず、対策は政府や企業の役目である。そもそも日銀が大量にお金を供給して、株価を維持するものではないはずだ。

 日銀の独立性が失われれば政府から都合の良い政策を押し付けられることにもなる。政府の放漫財政を許し、黒田氏でさえ「行き過ぎ」とする歴史的円安は負の遺産だろう。安倍元首相に「日銀は政府の子会社」とまで言われた過去と決別し、日銀は本来の役割に立ち返ってほしい。

 植田総裁は、追加利上げをしても「緩和基調は続く」と影響を和らげる発言をしている。景気の腰折れを防ぎ、金融政策を正常化させるという課題にうまく対応することは並大抵ではない。場合によっては物価上昇2%の目標にこだわる必要もないだろう。

 日銀法には「日銀は物価の安定を図ることを通じ、国民経済の健全な発展に資することを理念とする」と明記されている。植田総裁は物価安定という、その使命を忘れずに職務に当たってもらいたい。

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