辻堂ゆめ 連載小説『ふつうの家族』<第86話>

連載小説『ふつうの家族』

 

「ちっちーのーちっ!」

 五月雨でぬかるんだ狭い路地に、気迫のこもった小学生四人の大声が響き渡る。

 叫び終えると同時に、和則かずのりは右手を素早く手前に引き、『金田』の刻印が入ったベーゴマを解き放った。

 朽ちかけた味噌樽みそだるに、八百屋のおっちゃんからもらってきた古い前掛けを張って作った床の上で、小さな鉄の塊が四つ、勢いよく回る。

 早々に二つが弾はじき飛ばされ 、地面に落下した。負けた二人が悔しがり、大げさに地団駄じだんだを踏む。先に床の中央に陣取ったのは、和則が放ったほうのベーゴマだった。前後左右から敵にぶつかられても、その衝撃をものともせず、まるで布に突き刺さっているかのように、一点にとどまり続けている。

 やっちまえ、と和則は咆哮ほうこうし、向かいに陣取る正彦まさひこを盗み見た。四年一組の同級生である彼をはじめ、この路地の先にある長屋に住む連中には、これまでにいくつベーゴマを取られてきただろう。『王』も『長嶋』も『川上』も、勝負に敗れて全部献上した。そんなにすぐ失くしてしまうのなら、次はもう買いませんよと、どれほどママに𠮟られたことか。

 小学校で禁止されているベーゴマの改造に、彼らが当たり前のように手を出していると気づいたのは、つい最近のことだった。

 長屋の大人たちは、だいたい皆、日雇いとして建設現場で働いている。だからやすりだの加工台だの、長屋にはありとあらゆる工具がそろっていて、それでベーゴマのお尻を針のように尖とがらせてしまうのだ。和則が使っていた底の丸いベーゴマは、何度果敢に挑戦しても、長屋の子どもたちの改造ベーゴマに呆気あっけなく撥はね飛ばされ、勝負の代償としていつも没収されていた。

 だが、悔しい思いをするのは、もうおしまいだ。

 今日こそは、絶対に勝てる自信があった。和則は手に汗握り、赤く塗装された正彦のコマとの勝負の行方を見守った。

連載小説『ふつうの家族』

挿画:伊藤健介

© 株式会社沖縄タイムス社