なぜ私は逮捕されたのか「乳児の父親は無罪」判決が指摘した医師の不自然な対応と沈黙する病院

「両親と子供の失われた時間は戻らない」生後5か月の長男を骨折させた傷害の罪に問われ、無罪が確定した男性(25)が胸の内を明かした。なぜ平穏な日々が奪われたのか――一連の裁判で明らかになったのは食い違う研修医らの証言と不自然な対応。弁護団が語った経緯と判決、男性の言葉をもとに紐解く。

父親が語った2年9か月の思い

4日、佐賀県内で会見したのは、森口流星さん(25)。森口さんは2021年6月、自宅の寝室で生後5か月の長男の右腕に何らかの暴行を加えて骨折させたとして、傷害の罪で逮捕起訴された。1審も2審も無罪。事件当日から無罪確定に至るまで、2年9か月の月日が流れた。

森口流星さん(25)「2021年6月21日。息子が泣き出し腕を動かさなくなり、私と妻はすぐに佐賀県医療センター好生館へ連れて行きました。息子を看護師に引き渡すと、そのまま児童相談所へ連れていかれました。妻は何の疑いもかけられませんでしたが、息子とは引き離され、私たちは約1年間息子と離れて生活をさせられました。2か月後私は急に逮捕され、保釈が認められるまで10か月以上、留置所から出られませんでした。面会は弁護士と児童相談所の職員を除けば、母だけでした。妻や家族と会うことは許されませんでした。私は何もやっていないのにどうして逮捕されたのか。毎日思い悩み、夜眠ることもできず、睡眠薬を飲む日が続きました」

裁判の争点骨折がいつ起きたのか

密室である家庭の中で起きた事件。弁護団は「協力医の存在なしには立証は難しかった」と語る。

森口さんは長男に暴行したのか、していないのか。公判では、
(1)森口さんが自宅で暴行を加えて骨折したのか。 (2)医療機関に引き渡したあとに骨折したのか。
つまり、長男の右腕の骨折が「いつ起きたのか」が争点となった。

弁護団の説明をもとに事件当日を時系列で振り返る。

【午前2時】森口さんが仕事から帰宅。
【午前6時31分】森口さんが長男を膝にのせてあやしている様子を妻が写真に収める。この写真には長男が右手でおもちゃを持っている様子が映っており、この時点では骨は折れていなかったとみられる。
【午前6時40分】寝室で長男が大泣きし始める。別室で洗濯物を干していた妻がすぐに駆け付けた。妻は森口さんが長男へ駆け寄っていく瞬間を目撃している。両親は長男が腕を動かさないことに気づいた。「ぶらんとしていた」と証言。
【午前7時11分】佐賀県医療センター好生館に電話
【午前7時30分】病棟へ入る
【午前7時51分~8時1分】レントゲン撮影で「上腕骨骨幹部骨折」が発覚。
【午前8時2分】長男の写真撮影開始(カルテ伝送)

弁護側の主張「長男は寝返りで起きる『肘内障』だった」

弁護側は、長男は「肘内障」だったと主張した。「亜脱臼」ともいい、子供によく起こるものだという。肘内障の所見は「腕を動かさない、だらんとする」「痛がる」「腫れは生じない」。両親の証言とも一致すると述べた。

肘内障は「6か月または5か月以下は寝返りで起きる」とされている。長男の骨折はねじったように折れる「ら旋骨折」だった。

弁護側の証人として法廷にたった医師は、「ら旋骨折」について「肩も肘も固定された状態で前腕が回旋した場合」に生じると述べ、「医療関係者により過度な整復作業(骨を正常な位置に戻すこと)が行われることによって生じる可能性がある」と証言した。

午前8時2分に病院で撮影された長男の右腕の写真には、洋服の袖まつり縫いの跡が残っていた。弁護団は跡が残る時間を調べる実験をしたうえで、「整復作業の際に強く握って腕を回したのではないか」と主張した。

1審の佐賀地裁判決は「無罪」

1審の佐賀地裁は2023年5月、「経験の浅い研修医らが肘の亜脱臼で過度な整復作業を試みたことで骨折が生じた可能性も否定できない」として森口さんに無罪を言い渡した。

2審も無罪研修医の証言「事実と異なる可能性」

1審の佐賀地裁で無罪判決が言い渡された後、検察側は控訴した。そして2審の福岡高裁は今年3月、1審の無罪判決を支持し検察側の控訴を棄却。なぜ「無罪」なのか。

2審では、長男を診た当時2年目と1年目の研修医2人が、「救急外来を受診した当初から、長男の右腕に(肘内障の場合にはみられない)腫れを確認した」と証言している。

しかし、福岡高裁は判決で、「腫れが認められ骨折を疑っていたのであれば両親への対応も含め慎重な対応も求められる特殊な事案であることは容易に認識できたはず。にもかかわらず、当直の小児科医等に一報することもないまま、独断で長男の両親と隔絶してレントゲン検査が終わるまで研修医だけで診察等の対応を行ったことになるから不自然との感は否めない」とした。

さらに研修医ふたりの証言は、「カルテにもその(腫れの)記載がなく、看護師によるトリアージ結果とも整合しない」とした。

福岡高裁判決より「長男の右腕に明らかな腫れはなかったにもかかわらず、骨折を疑っていたことを強調するために、腫れの有無や程度について誇張するために事実と異なる証言をしている可能性が否定できない」

また、福岡高裁では診察にあたり研修医が両親に問診を行ったかどうかについても考察された。

福岡高裁判決より「(両親に問診したとする研修医2人の証言は)細部に相当の食い違いがある。看護師も曖昧な証言をしており、証言の信用性に疑問を生じさせる。問診等が行われないまま長男を両親から隔絶して診察が行われた可能性が否定できない。研修医らが、事実と異なる証言をしているとすれば、隔絶して診察を行った際に医療事故を含め何らかの不都合な出来事が生じたのを隠そうとしているためではないかという疑念も完全には否定しきれない」

福岡高裁は判決で、こう結論付けた。

福岡高裁判決より「(長男の骨折は)経験の浅い研修医らが長男の右腕に明らかな腫れ等がなかったこともあって、肘内障の疑いがあると判断してその整復作業(正常な位置に戻すこと)を試みたが、実際にはそれまでのいずれかの段階で自然に整復していたため(正常な位置に戻っていたため)整復感が得られず、整複感を得ようとして過度な整復作業を行ってしまったため、骨折を生じさせたという可能性も完全には否定できない」

「失われた家族の時間は戻らない」

検察側は上告を断念し、2024年3月、男性の無罪判決が確定した。

無罪が確定した森口流星さん(25)「検察官は起訴した時点で、私がどんな方法で暴行を加えたのかをはっきり説明していませんでした。1審判決時点でもはっきりさせることはできませんでした。結局はっきりできないまま、検察官は控訴までしました。最終的に福岡高等裁判所で検察官が主張した最も可能性が高い暴行の内容は、私が息子の腕を足で踏んづけて丸太のように転がした、というものでした。私は意味が分かりませんでした。本気でそんな主張をしているのかと腹が立ちました。私たち家族の失われた時間は戻らないということを忘れないでほしいです」

佐賀県医療センター好生館に見解を聞いた

確定した判決で、研修医が受診した乳児を骨折させた可能性を指摘された、佐賀県医療センター好生館。取材に対し、4月5日「判決内容を詳細に把握していないためコメントする状況にありません」と回答した。福岡高裁の判決から3週間。判決確定から1週間がたっていた。

森口さんが失ったもの

森口さんは、事件から約10か月後にようやく保釈が認められた。小さかった息子は、会えなかった期間に大きくなっていた。当時勤めていた会社は「自主退職」を余儀なくされ仕事も失った。

森口流星さん(25)「やっと保釈が認められて、約1年ぶりに息子に会うことができ、信じられないほど大きくなっていてうれしかったのと同時に、息子の成長を見られなかったことがとても悲しかったです。保釈後も長い間、妻と息子と一緒に暮らすことが許されませんでした。犯人扱いされているようで、友人や知人からも疑われているようで、人目を気にしながらの生活は本当に嫌でした」

長男と引き離されたのは父親である森口さんだけではなかった。長男は事件後、児童相談所に保護された。母親である妻も面会させてもらえなかったという。

(以下、弁護団によると)
事件発生から約2か月後、まだ逮捕前だった森口さんと妻は、児童相談所の職員から、”父親が暴行して長男を骨折させたこと”を前提に今後どうしていくべきか家族で話し合いをするよう言われたという。2人は、「やっていないのにそんな話をするのはおかしい」と反論したが、職員から「あなたたちは何をしたのか分かっていますか」と強い口調で言われたと話す。弁護団によると、児童相談所から長男を返す条件として提示されたのは、当時専業主婦だった母親が仕事をすることと、日中、長男を保育園に入れることだった。その後、森口さんが逮捕され、妻は仕事を始めた。それでも児相から子供を返してはもらえなかった。

事件から3か月後の2021年9月。妻の面会が認められた。ただ、月1回、1回につき1時間以内、付添人をつけることが条件だった。

2021年12月。児童相談所から「複数人で常に長男を見られる環境でないと子供を返せない」と言われた。森口さんの妻は、親戚と一緒に暮らすため、引っ越しを余儀なくされた。

2022年6月、妻のもとへ長男が返された。事件から1年がたっていた。

あの日何が起きたのか「知っている人がいたら名乗り出てほしい」

無罪が確定した森口流星さん(25)「裁判では研修医が骨折させた可能性があると判断されました。検察官はそれ以外の可能性を一切立証できませんでした。研修医が骨折をさせたのであれば、それを研修医自身が病院に隠したか、病院側が組織的に隠ぺいしたのかどちらかです。どんな医療現場でも事故は起こると思います。私が病院に言いたいのは、いざ事故が起きたときに保身に走るのではなく、再発防止を最優先に考えてもらいたいということです。もし好生館に勤務する医師、放射線技師、看護師、その他の医療従事者でこの事件の真相を知っている方がいましたら名乗り出てほしいです。どうか病院をみんなが安心して利用できる場にしてください」

あの日、病院内で何があったのか。森口さんと弁護団は、「知っている人がいたら名乗り出てほしい」と呼びかけている。

© RKB毎日放送株式会社