オーガスタ、ベイヒル、リビエラ…「対コース」の道具選び/駐在レップの米ツアー東奔西走Vol.6

バレロテキサスオープンにて松山プロと談笑。いよいよ次戦はマスターズだ(撮影/桂川洋一)

プロゴルフツアーの現場で働くメーカーの用具担当者(通称:ツアーレップ)をご存じだろうか? 住友ゴム工業(ダンロップ)の宮野敏一(みやの・としかず)氏は松山英樹や畑岡奈紗、ブルックス・ケプカら契約選手をサポートするべく、2020年より駐在先の米国で試合会場に足を運んでは、クラブの調整をする。米国を奔走するゴルフギアのプロが現地からとっておきの情報をお届けする。

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ご存じかと思いますが、PGAツアーは広大な北米大陸を転戦する形で、毎週のように異なったコースで試合が行われます。東と西で気候も大幅に違い、試合の開催場所によって芝質やコースの雰囲気もガラッと変わる。選手は毎週のように変わるコースでいいスコアを出すために、各コースに合う(であろう)クラブを探し、アジャストしていくわけです。今回はそんな「対コース」のクラブ選びの考え方、選手とのやり取りをお話していきたいと思います。

2年ぶりの優勝には「どこか予感めいたものが…」

本題に入る前に、松山プロの2年ぶりの優勝(2月の「ザ・ジェネシス招待」)についてお話ししたいと思います。

今年に入ってからというもの、「ショットもパットも一つひとつの精度がすごく良くなっているな」というのは感じていました。一つひとつがいいから、これがギュッと詰まったらどうなるんだろうなというのは感じていて、そのタイミングが訪れるのが楽しみでもありました。

ザ・ジェネシス招待ではショットもパットもかみ合っていた(撮影/田辺安啓(JJ))

特にグリーン上のパフォーマンスは見違えるものがありました。昨年のパッティングと比べると、転がっているボールの質が明らかに違いました。ショットは飛んでいるボールなのでその変化が分かりやすいですが、パッティングの転がるボールはどれも同じに見えやすく、一見その進化が分かりづらいもの。でも、毎日近くで見ているからこそ分かることがあり、“ナイスパット”は確実に増えていた気がします。

松山プロは完璧を求める人なので、ショットに関しても満足はしていないでしょうけど、でも昨年よりは確実に良くなっていました。ミスをしてラフに入れてボギーということもありますが、ミスのし方などが今までと違った。黒宮(幹仁)コーチとやっているスイングの取り組みがうまくいっていて、彼から刺激をもらいながらゴルフが変わっている段階なんだろうなと感じます。体の状態も良くなって、トレーニングもできているので練習量も増えている。球数をしっかりと打てていたことも、大きかったと思います。

クラブスピード(ヘッドスピード)もボールスピードもバラつきがなくなり、安定して一定以上のスピードが出せるようになっている気がします。ドライバーのスピード感など最高値がそこまで速くなったかというと、そうじゃないかもしれませんが、一つ言えるのは「下の数値がそんなに出なくなった」ということ。なんとなく2023年の後半ぐらいから変わり始めていたのが、ようやくいま実を結んだ形になりました。

チーム松山で優勝を祝う。一番左が宮野氏(撮影/田辺安啓(JJ))

ひとまず、チームのみんなでホッと一息。もちろん松山プロのことですから、勝ったとしてもこれで満足せず、クラブ探しの旅はこれでまたイチからスタートです。優勝した次の試合で、松山プロからクラブのリクエストが入ったので、どこか安心しちゃう自分がいました(笑)。

クラブの準備は「年が明けてから」よりむしろ「年明け前から」

さて、ここから本題です。我々ツアーレップの仕事は、「対選手」という側面が強く見えますが、実際その背景には選手の戦う場である「コース」という存在が大きいんです。もちろん新しいクラブが出れば、その都度選手に試してもらいますが、そうした新製品の試打と同等かそれ以上に重要なのが、コース攻略用の「クラブの準備」です。分かりやすい例えでいえば、「コースが長いから飛ばせるクラブを入れる」、「地面が固いのでウェッジのバウンスを少なくする」、「グリーンの目が強いので、転がりのいいパターを用意する」などといったことも、コースありきのクラブ調整です。

「マスターズ=オーガスタGC」のように毎年同じコースで行われる大会は、我々も腕の見せどころ。毎年のようにラウンドしていますから、選手もレップもコースをイメージしやすい。選手からの注文も細かく入りますし、我々からもコース対策に向けた提案をいろいろとしていきます。

ツアーレップのロフト、ライ角調整は日常業務(撮影/服部謙二郎)

松山プロが出場する試合は年間を通してだいたい決まっていて、同じようなコースでラウンドすることが多い。年明けからハワイ2連戦、米本土に移って「ファーマーズインシュランスオープン」を皮切りに西海岸を転戦。その後、「アーノルド・パーマー招待」からフロリダシリーズが始まり、テキサスの試合を挟んで4月のマスターズを迎えるのが、例年の前半戦の大きな流れです。

僕もツアー帯同5年目になり、ようやくそのサイクルに慣れてきた感はあります。帯同1、2年目は「アレができていなかったな」と後悔することも多々ありました。今でこそようやく分かってきましたが、やはり「事前の準備」がとても大事。新シーズンが始まるハワイの試合に関しては、年末から準備を始めているほどです。

それではこれから、そのシーズン前半戦の「コースとの戦い」を詳しくお話していきます。

ハワイの2連戦 みな「休みボケ」を解消

年が明けると、マウイ島の「ザ・セントリー」から新シーズンの試合が始まります。ハワイにはツアーバン(トレーラー)を出せないので、クラブの組み立てもあまりできません。続くハワイ島の「ソニーオープン」も一緒。緊急でクラブの組み立てをできる場所はありますが、そこも満足できるものではない。テーラーメイドやキャロウェイの新製品のお披露目で練習場もワチャワチャしていますし、正直この2試合に関しては、なかなか思うように仕事ができません。

ザ・セントリーは海風が強い(撮影/田辺安啓(JJ))

現場ではクラブを組み立てづらいので、僕の場合はある程度予想されることを考えて、日本でクラブを作ってからハワイに持っていくケースがほとんど。松山プロでいえば、新作のフェアウェイウッドなどを試したいはずなので、もちろんその手のものは手配しておきます。ですが、気合を入れて新製品をテストする場でもない。他のレップもみんな休み明けで少しのんびり。正直「仕事慣らし」的な雰囲気はあります(笑)。

コース対策に関していえば、「ソニーオープン」のワイアラエCCはドロー優利。ですから“ドロー対策”を意識したクラブを準備しておきます。新製品の3番ウッドを試すときも、「ドロー」を念頭に入れてクラブを組み立てています。

西海岸シリーズ 「トリーパインズ」でいきなり全力投球

ハワイから本土に移動してきて、「ファーマーズインシュランスオープン」の試合会場であるトリーパインズGCが待ち構えています。コースの長さはツアー最長ではないものの、総距離が7765ydあり、ラフもやっかい。“実質最長”の雰囲気があり、「いきなり食べ応えあるやつがガツンとくる」イメージです。

ですからこの試合に向けては、14本全てのアイテムに対して全力投球。ドライバーも飛んで曲がらないモノを持たなきゃいけませんし、スプーンもクリークもロングゲームが念頭にあります。昔はタイガー・ウッズもこの試合からシーズンをスタートすることが多かった。松山プロもいつもトリーパインズからギアが一段階上がります。

トリーパインズにて松山プロとクラブ談義。練習場とトレーラーの位置が近くて作業はしやすい

予選ラウンドはサウスコースとノースコースを1日ずつ回るので、選手たちは練習ラウンドも2コース回らなければいけません。ですから練習日はどこかバタバタと慌ただしく、落ち着いて練習する時間はない。僕も現場で慌てないようにと、ハワイから帰ってきた1週間の間でしっかりと準備をしておきます。ハワイで松山プロから依頼された宿題をやりながら、自分のアイデアでトリーパインズに向けたクラブや試してもらいたいモノを作っていく。新しいクラブをがっつりと試す意味でも、モンスターコースと対峙(たいじ)するクラブ調整の意味でも、我々レップの“真の開幕戦”はトリーパインズなんです。選手もこの試合でスイッチが入りますが、我々も腕まくりして会場に乗り込みます。

一方では、ここからようやく“本土の芝”との戦いになります。西海岸シリーズはいわゆる「キクユ芝」(主にラフ)と「ポアナ芝」(主にグリーン)への対応が必須。トリーパインズやその後に続く「ザ・ジェネシス招待」のリビエラCCは、ラフに行くとキクユ芝が待ち受けています。ボールが浮いていたとしても、ボールの下の芝が強くて芝が切れないケースがあり、時にはチーピンみたいな球が出ることもある。マックス・ホマやザンダー・シャウフェレといった地元カリフォルニア出身のトップ選手も、ウェッジに関しては西海岸専用の芝の抵抗が少ないバウンスに替えています。

松山プロはというと、西海岸だからといって特にウェッジは替えません。彼はあくまでマスターズを見据えていて、ウェッジは「なるべく難しいところ(オーガスタ)にフィットした状態」で、どのコースも戦います。他のプロより難しい(であろう)ウェッジで、今年も西海岸シリーズでチップインを量産していましたから、彼の技術の高さにはほんと脱帽ですよね。

トリーパインズのグリーン周りは芝が“ねちっこい”。松山プロの練習も入念

西海岸の中でも特にリビエラのキクユ芝は“やばい”と評判。ドライバーはフェアウェイキープが必須です。ティショットの精度がどこのコースよりも大切になります。選手の練習ラウンドの様子を見て、その週のミスの傾向をチェックし、「常に準備をしておくこと」も我々レップの仕事のひとつなんです。

グリーンに関しても、目の強いポアナ芝ということで、ファーマーズからジェネシスまではパターを替える選手は多くいます。いつもよりは「ちょっと転がりがいいやつ」を求めて、マレットパターなどやさしいパターに振るケースが多い。普段はピン型しか使わない松山プロも、昨年のリビエラではマレットパターを試していました。

トリーパインズとリビエラの間にある「フェニックスオープン」の会場・TPCスコッツデールは、グリーンがめちゃめちゃ硬いことで有名です。ですから、松山プロがなるべく新鮮なウェッジの溝で臨めるように、例年画策しています。通常であれば開幕戦の「ザ・セントリー」から新しいウェッジを入れるので、ちょうどこの辺りで2本目に替えるいい頃合いでもあります。ただし、前回も話しましたがウェッジの替え時というものも難しい。ですから、いつでも松山プロが“その気になる”ように、新しいウェッジも用意はしておきます。いいウェッジが手元に来たら、それこそこの試合に合わせてなるべくキープしておくんです。

東海岸シリーズは「池」との戦い

ベイヒルは毎ホール池が絡んでくる

フロリダシリーズが始まると、“池”が存在感を出してきます。「アーノルド・パーマー招待」のベイヒル、「コグニザントクラシック」(旧ホンダクラシック)のPGAナショナル、「ザ・プレーヤーズ選手権」のTPCソーグラスなど、池が絡む名物ホールも多く、どれも距離があってタフな歯応えのあるコースが続きます。プレッシャーのかかるショットも多く、ティショットも勇気を持って打たなければなりません。ですからクラブに関しては、ある程度この辺までには“落ち着いていてほしい”。どのコースも、信頼できるクラブでないとスコアを出させてはくれません。

フロリダシリーズまで来ると、ようやく暖かい気候でゴルフができます。3月でも基本的には半袖でプレーができ、しっかり振れるしクラブスピードも出せる。選手によっては、暖かいフロリダに行くまでクラブのテストをしたくないという人もいるほどですからね。

一方でフロリダはまた芝もガラッとかわり、バミューダ芝が存在感を出してきます。バミューダは西海岸の芝に比べたらちょっとスカスカではありますが、ボールが中に入ると飛ばない。松山プロはフロリダのゴルフ場でよく練習していることもあり、バミューダに慣れています。バミューダのラフから距離感を出すの、本当にうまいですよ。

マスターズが終わった瞬間に翌年マスターズの準備が始まる

そして4月の頭にマスターズがやってきます。まさに前半戦の山場といえますが、オーガスタGCは実はレップの仕事がとてもやりづらい。ツアーバンはコースの中に入れず、クラブハウス前のワシントン通りを挟んだ向かいの駐車場にバンを停め、そこでみなクラブを組み立てます。さらには組み立てたクラブをコースに持って入れない決まりもあり、コース内にクラブを持ちこむ場合は、オーガスタの関係者に頼むしかないんです。携帯電話も持ち込めないので、選手と連絡を取ることもままならず、選手がコースに出てしまうと、もうどこにいるのか探すのも難しい。

オーガスタの打撃レンジ。選手に帯同できる人数も限られるため、どこか整然としている

また打撃レンジも選手1人につき2人しかつけないので(だいたいキャディとコーチ)、練習場にも入りづらい。マスターズはツアーレップ泣かせの一週間です。とはいえ、オーガスタに来る前にクラブは決まっている選手がほとんど。松山プロもここまでにほぼクラブを決めて、オーガスタに乗り込みたいと考えています。

松山プロの普段のクラブ選びは「全てがマスターズのため」と言っても過言ではありません。特に年が明けてからはずーっとこの4月頭の大会が照準にあります。クラブだけでなく、ボール、シューズなどを含めて、試合で使うモノは少なくともマスターズの1カ月以上前には体になじませようとしています。全てのギアを万全にした状態で大一番に臨みたいと考えているわけです。

実際、松山プロは「これはマスターズに向けてやってください」と口に出すわけじゃない。ですから初めて彼に帯同した年は、そこに気づかないことが多かった。あるときマスターズの2カ月前ぐらいの試合で急に4番アイアンを頼まれたことがあって、「なんでこの試合で4番アイアン?」って思ったことがあるんです。しばらくして気づきましたが、その時点でマスターズまであと4試合しかなかった。オーガスタで使いたい4番アイアンを、試合で試しておきたかったんですね。

マスターズに対する彼の思い入れが次第に分かってくると、「あ、これはオーガスタに対して言っているんだろうな」と分かるケースが増えてくる。松山プロがマスターズに優勝する前は、それこそ終わった直後の5月から、すでに次の年のマスターズに向けたクラブをリクエストしていました。つまり彼は年間を通して常にジョージア州の外れにあるコースのことを考えているんですね。

松山英樹の最新ウェッジ。バレロテキサスオープンで新しい溝(今年3本目)にスイッチ(撮影/桂川洋一)

もちろんオーガスタは「ドロー有利」が前提。ティショットでしっかりドローを打ちたいホールは多いので、そのあたりも考慮した上でのクラブ選びになります。スプーンもしっかり飛ぶだけじゃなくて、止めることもできるものが欲しい。さらに「止められる4番アイアン」も欲しい。アイアンも点で打たなければいけないので、「ロングゲームで止める要素」がかなり重要になってきます。

同時にグリーンからこぼれることを想定して、ウェッジはちゃんとスピンが利く状態にしておきたい。マスターズまでになるべくウェッジの溝をフレッシュにして、かつ手になじんだ状態で迎えさせたいんです。そう考えるとマスターズ前週のテキサスの試合「バレロテキサスオープン」で、新品のウェッジを投入できるといい流れになるんですよね。今年はそのバレロで“無事に”新しい溝にスイッチできました。

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気づけばもうオーガスタの季節がやってきました。松山プロにとってはこれで13回目の出場になります。何度も現地で見ていますが、オーガスタにいる松山プロの思考や身体、スイングなどは毎年異なります。今年は2月に2年ぶりの優勝を果たしましたし、その後もプレーヤーズ選手権でトップ10に入るなど非常にいい流れでオーガスタに乗り込むことができます。充実した一週間を過ごせるように、チーム松山のサポートメンバーとともに、“今の松山プロ”へ最善の準備をしていきたいと思います。(取材・構成/服部謙二郎)

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