なぜNHK『ニュース7』とテレ朝『モーニングショー』が同じ誤報?水原一平疑惑

NHK放送センター(「Wikipedia」より)

米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳、水原一平氏が違法賭博を行っていたとして球団から解雇された問題で、NHK『ニュース7』とテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』が相次いで誤報を伝えたことが問題視されている。報道・情報番組のなかで信頼性が高いとされる2番組で、なぜ誤報が報じられたのか。専門家の見解を交え追ってみたい。

水原氏は賭博でつくった450万ドルの借金を返済するため、大谷のパソコンにログインして大谷の銀行口座から勝手に違法ブックメーカーに送金していたとされる。すでに米メジャーリーグベースボール(MLB)が正式な調査に着手しており、米国の内国歳入庁(IRS)、米国土安全保障捜査局(HSI)も捜査を開始。大谷の代理人も米国の捜査当局に刑事告訴しているため、真相の解明はこれらの調査を待つのみとなっている。

水原氏は解雇直後から行方が不明となっているなか、連日メディアでは最新情報が伝えられているが、3月末と4月初めにNHKとテレビ朝日が相次いで誤報を伝えた。米紙ロサンゼルス(LA)タイムズの報道の内容をきちんと確認していなかったという単純なミスによるものだが、1社だけならまだしも、なぜ誤報の連鎖が起きてしまったのだろうか。日本テレビなどで長年にわたりドキュメンタリー制作に携わった経験を持つ、ジャーナリストで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏にその背景を解説してもらった。

あまりに初歩的で恥ずかしいNHK『ニュース7』

これはテレビの記者をはじめとする制作者にとってあまりに初歩的で恥ずかしいミスです。まずはNHKですが、3月30日(土)夕方の『NHKニュース7』で次のようにアナウンサーが原稿を読みました。

「大谷選手の元通訳、水原一平氏が違法賭博にかかわっていたとされる問題で新たな動きです。アメリカのメディアは、捜査を担当する検事が『捜査は違法なスポーツ賭博組織に対するもので、ブックメーカー側への送金は連邦捜査機関が扱う犯罪に該当しないという見解を示した』と報じました。大谷選手の口座から違法なブックメーカー側に少なくとも450万ドルが送金されていたと報じられている水原氏の違法賭博疑惑。LAタイムズは28日付けの記事で、捜査を担当する検事が大谷選手の弁護士に対し、違法なブックメーカーへの送金は連邦捜査機関が扱う犯罪に該当しないという見解を裁判所を通じて示した、と報じました。検事は『捜査は違法なスポーツ賭博組織に対するものだ』と文書で述べているということで、記事は『国の捜査機関が大谷選手に捜査の対象ではないことを保証したものだ』と伝えています。一方、大谷選手側は、水原氏が口座に勝手にアクセスして送金したとして、窃盗と詐欺の罪にあたるとしていますが、これについて関係機関が捜査を行っているかは明らかになっていません」

アナウンサーが読む原稿に合わせて、LAタイムズのデジタル版が映ったPC画面が流されていました。LAタイムズは大谷選手が所属するドジャースの地元の新聞社で、今回の違法賭博問題で先鞭をつけて報道を行った信頼性が高い報道機関です。そのLAタイムズが、米国の捜査当局者が今後どのような捜査をするかを話した内容を報じたのなら、日本のメディアが全国ニュースで伝える価値があります。ところがLAタイムズの記事には大谷選手の顔写真が掲載されていたものの、記事の大半は大谷選手ではないドジャースの元選手の賭博疑惑に関するものでした。NHKの記者はよく記事を読まないままに原稿を書いてしまったのかもしれません。英語を読めない人がこうした記事の執筆を担当するとは考えにくいですが、ひょっとすると大谷選手の顔写真が掲載されていたので早合点してしまったのかもしれません。

いずれにしても、NHKの全国ニュースという信頼性が高い番組でこのような事態が起きるとは、ちょっと信じられません。それくらい大きなミスです。デスクもきちんとチェックしなかったのだと思います。あまりにもずさんです。公共メディアを標榜しているNHKとしては、とても恥ずかしい出来事です。

訂正して謝罪したのは2日後

NHKがこの誤報について公式に認めて謝罪したのは4月1日(月)でした。

「おとといのこの番組で、大谷選手の元通訳が遺法賭博に関わっていたとされる問題をめぐり、LAタイムズの記事を引用するかたちで、検事が大谷選手の弁護士にブックメーカー側への送金は連邦捜査機関が扱う犯罪に該当しないという見解を示したとお伝えしました。しかし、これは別の事件で捜査対象になった元ドジャースの選手の弁護士に伝えた内容で、犯罪に該当しないという見解は大谷選手ではなく、元ドジャースの選手が対象でした」

このようにアナウンサーは経緯を伝え、「確認が不十分でした。大変失礼しました」と頭を下げました。なぜ謝罪するのが2日後になってしまったのでしょうか。想像ですが、自分たちで気づくことができずに、視聴者などから指摘されて発覚したのでしょう。いずれにしてもお粗末です。

テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』

さらに恥ずかしいのがテレビ朝日です。4月1日、NHKが夕方に謝罪と訂正放送をする半日近く前、朝の情報番組で視聴率トップの『羽鳥慎一モーニングショー』では同じ内容がパネルを使って伝えられ、アナウンサーは「アメリカのLAタイムズ紙によりますと」と伝えました。パネルには「検事“送金は扱う犯罪に該当せず”」「捜査担当検事『違法ブックメーカー側への送金は連邦捜査機関が扱う犯罪に該当しない」「連邦捜査機関が大谷選手に『捜査対象ではないことを保証したもの』」という説明コメントがありました。それをもとに国際弁護士らが解説していったのです。

ここで疑問が生じます。テレ朝は、なぜ数時間後にはNHKが訂正して謝罪することになる内容を報じてしまったのでしょうか。その答えは、実は報道の現場を知っていれば簡単にわかります。テレ朝のスタッフはNHKのウェブニュースか何かを読んで、オリジナルの英文記事を確認することもなく、このニュースを丸写ししたのではないでしょうか。こうなると、誤報を流したNHK以上に、他社の報道をそのまま確認もせずにコピペして報道してしまったテレ朝の行為は、倫理的に問題がありますし、報道に携わる人間としてすごく恥ずかしいレベルのミスだということになります。

さらにもっと恥ずかしいのは、テレ朝が訂正したのは放送から3日後の4月4日(木)だったことです。NHKが1日に謝罪・訂正放送をしたことはネットニュースでも伝えられており、それさえも確認していなかったのでしょう。

なぜこれがとても恥ずかしいことで、かつ深刻な問題なのかというと、報道機関として「事実」を確認して伝えるという根幹に関わる行為が、平素からとてもおろそかになっていることを示しているからです。正確な「事実」を伝えなければならないという報道機関としての役割を担っている以上、事実なのかどうかを必ず確認して裏付けをとって伝えるというのは基本動作です。少なくともLAタイムズの当該記事をよく読むというのは、絶対にやらなければならない最低限の行為でした。おそらく『モーニングショー』のスタッフはNHKのウェブニュースだけを読んで参考にし、自分たちでオリジナル記事を読んで確認することもせず転用したのだと思われます。これでは「こたつ記事」のウェブライターとなんら変わりません。報道機関としてのプライドも使命感もないということになってしまいます。

今回の件は単純ミスを原因とする誤報だといえます。幸い、この誤報で誰かの命が左右されたなどの深刻な影響はありません。誤報としても小さなものといえるでしょう。それでも今回の出来事が、情報・報道番組のなかでは一、二を争うほど信頼感が高い番組で起きたということで、テレビ全体に対する信頼が揺らぎかねないと危惧しています。『モーニングショー』での訂正・謝罪はおよそ30秒で、字幕も出さずにアナウンサーが最後に「お詫びして訂正します」という木で鼻をくくったようなコメントを述べるだけでした。原因にも再発防止策にもまったく触れていません。

こんなことを繰り返していては、ますますテレビへの信頼は失われてしまいます。NHKの原稿を丸写しするだけの安易な報道をしていたのであれば、それを公に認めて、報道機関としての使命に立ち返って、再び同じことが起きないようにしてほしいものです。関係する人たちには今回のことをぜひ深刻に受け止めてほしいと思います。

(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学教授)

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