アングル:欧州政界で高まるTikTokの存在、極右の成功に危機感

Andreas Rinke Matthias Williams

[ベルリン/ロンドン 8日 ロイター] - 間もなくアイルランド最年少の37歳で首相となるサイモン・ハリス氏は「TikTok(ティックトック)宰相」の異名を持つほど、この中国系動画投稿アプリを愛用している。

バラッカー首相の後任となることが決まった3月には、9万5000人のフォロワーに対して、自閉症の弟への教育支援がないことにいら立ちを覚えていた「頑固で情緒不安定なティーンエイジャー」だった自分が、ここまで上り詰めたことへの感謝を伝えた。

ハリス氏の考えでは、ティックトックには情報セキュリティーを巡る不安が確かにあるが、これを通じて若い有権者にメッセージを届ける必要性の方が重要だという。

6月の欧州連合(EU)欧州議会選挙が近づく中で、欧州の既成政党に属する政治家の間では、ティックトックを巧みに利用して勢力を拡大してきた極右などの新興勢力に、主導権を譲り渡す事態に陥ることへの警戒感が広がっている。

一方で、西側諸国においてティックトックは、利用者のデータがティックトックの親会社である北京字節跳動科技(バイトダンス)を通じて最終的に中国政府の手に渡ってしまうとの恐れから、監視の目が強まりつつある。

例えば、ドイツの治安当局はティックトックの利用者データが中国政府に共有されるか、利用者の考えや行動に影響を及ぼす目的で使われかねない、と警告を発した。

米議会下院では、バイトダンスに米国でのティックトック事業を売却しなければ全米でアプリ配信を禁じる法案が可決された。バイデン大統領は習近平国家主席に懸念を伝えた。

<ドイツの閣僚も参入>

ティックトック側は情報セキュリティーを巡る警告は不当で、他のアプリ以上に情報を収集していないと反論。昨年には不安を和らげるため、欧州の利用者データをアイルランドの首都ダブリンで保存する取り組みを開始し、第三者機関がデータの移動を監視する態勢を確保した。

また、バイトダンスは自社製品を通じたスパイ行為を否定し、中国政府もそうした意図は持っていないと強調している。

欧州の政治家として2021年3月にいち早くティックトックを使い始めたハリス氏は今、音楽付きで予算案の概要を説明したり、お茶を飲みながらサッカー観戦する自身の姿を投稿したりするなどさまざまな形で活用。20年にティックトックを始めたフランスのマクロン大統領のフォロワー数は400万人に上る。

ドイツの政治家の間でもティックトックを利用する動きが出てきている。現職閣僚として3月に初めてアカウントを開設したラウターバッハ保健相は、ティックトックなどを活用して党勢を急速に伸ばしている極右のドイツのための選択肢(AfD)に言及した上で「われわれはソーシャルメディアをAfDの手に委ねたままにするわけにはいかない」と力説した。

8日には、ついにショルツ首相もティックトックのアカウントを開き、早速「私たちもあなた方と同じぐらいびっくりしている。(そう、ドイツ首相が今ティックトックに登場した)」との字幕が付いた動画を投稿している。

これまでドイツの政治家は、別のソーシャルメディアを主な活動の舞台としていた。例えば、ショルツ氏やラウターバッハ氏、財務相、経済相、外相はいずれもインスタグラムにアカウントを保有する。

ただ、ドイツでは欧州議会選挙に16歳から投票できるだけに、特に若い有権者とどうやってつながるかが各政治家にとって喫緊の課題になっている。

<板挟みの対応策>

その点でドイツの政党に限れば、ティックトックはAfDの独擅場だ。党としてのフォロワー数は41万1000人に上り、マクシミリアン・クラー欧州議員個人のフォロワーも4万1000人にのぼる。

政治コンサルタントの一人は「他の全ての政党は現在、AfDにこの重要なプラットフォームと若い有権者をそっくり献上させてはいけないと慌てふためいている」と指摘した。

クラー氏は動画を通じて学生らに左派の教師と対決するよう促したり「真の男は右翼で理想を持ち、愛国者なのだ」と訴えて、緑の党に投票しないよう呼びかけたりしている。

このため、既存政党の政治家たちもティックトックを活用したがっているが、権威主義的国家から派生するプラットフォームを本当に使って良いのかどうか疑念との間で、板挟みになっているというのが現状だ。

ラウターバッハ氏はティックトックの有用性は認めながら、データ流出を防ぐために専用のスマートフォンを用意していると明かした。

マクロン氏の陣営も、大統領はティックトックのメリットに目を向け、それを規制する必要性とは別の話だと認識していると説明。あるアドバイザーは「われわれは利用者数(の多さ)を看過できない。その大半はテレビのニュースを観ないし、新聞も読まない」と述べた。

英国とオーストリアは昨年、安全保障上の懸念を踏まえて政府職員が仕事用のスマホでティックトックを使うことを禁止したが、もはやティックトックを無視するのは難しくなる一方だ。

シャップス英国防相は、政府端末でのティックトック利用禁止が発表された際、この方針は妥当で政府端末では使わないと表明しながらも、個人の端末から、2013年の映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でレオナルド・ディカプリオが演じた主人公が「おれは絶対やめない」と語る場面を投稿した。

ベルギーでも閣僚と公務員は、公用端末にティックトックをインストールすることが禁止された。だが、政治家らはティックトックを使う別の端末を用意して対応している。

ある環境主義政党の広報担当者はその理由について、極右や極左の牙城にしたくないことや、若者が主な情報源としているソーシャルメディアの中で、ティックトックが最有力の一つになっていることを挙げた。

ロイター・ジャーナリズム研究所が昨年公表した報告書からは、伝統的なメディアに対する人々の信頼感が低下している半面、ティックトックでニュースを得る傾向が強まってきたことが分かる。

報告書によると、18歳から24歳の20%が情報入手の手段としてティックトックを利用しており、ソーシャルネットワークの中で最も急速に普及している。

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