「みどり」と名付けられた1本の桜、亡き妻を偲ぶ山桜「このサクラの下で飲む酒が夢」桜守の夫が引退へ…残されたサクラ

今年も見ごろとなりました。
ある男性がおよそ20年にわたって山桜を育ててきた場所が安来市にあります。
先立った妻を偲ぶ思い出の山桜です。男性は年を重ね、サクラを見守ることができなくなりましたが、後世につなごうという思いが引き継がれました。

角清延さん
「このサクラの下で飲む酒が夢」

安来市と松江市の間にある野路山で咲き誇るこちらのサクラ。およそ250本の山桜が植えられています。

毎年、花見シーズンには地元の人を中心ににぎわう、知る人ぞ知るサクラのスポット。平日にもかかわず、この日も多くの人が花見を楽しみに訪れていました。

花見客は
「きれいに咲いてますね。天気もいいのでいい感じですね」

角清延さん
「この(山桜の)木を見てもらうことが多くなるし、恥ずかしながら(育てて)良かったかなと」

これまでおよそ20年にわたりこの山桜を育ててきた、安来市に住む角清延さん。

もともと野路山は、たばこ栽培が盛んで、1950年代には一面たばこ畑が広がっていました。
しかし高齢化で生産者が減り、畑は荒れ果てました。

「このままではいけない」
そう思った清延さんは2005年、地元の中学生とともにこの場所にサクラを植え、花見に来てもらおうと、山道などを整備してきました。

しかし、今年に入り転機が訪れます。

角清延さん
「いろいろと持病があるし、高齢でもありまして、体力・体調に不安があった」

これまでに脳梗塞を患ったほか、立て続けに肝臓も悪くして入院。一時は命の危険もありました。そして今年1月、老人ホームへの入所を決めたのです。

角清延さん
「自分で退路を断って、ここで生活をして終のすみかにしたいと思っている」

サクラを見守り続けることができない状態になってしまいましたが、山桜の心配はしていません。
すでに清延さんの意志は次の世代に受け継がれています。

「まだまだ桜守を引き継ぐには相当勉強が必要かなとは思います。」

安来市に住む角達也さん、63歳。清延さんと同じ日白町内で育ち、子どもの頃からの長い付き合いだといいます。

角達也さん
「自分には父というのがいなかったので、月に1回くらいは清延さんの家に行って、一緒に晩酌するというのが今まで常だった。思ったらすぐ行動という人だから、彼のスペースについていかないといけないというのがある」

清延さんの思いを受け継ぎ、桜守として活動する達也さん。この日は、清延さんが施設に入所して以来、久しぶりに野路山の山桜を訪れました。

清延さんの目の前にあるのは「みどり」と名付けられた1本の桜。
4年前、妻の翠さんが亡くなりました。

この日はまだつぼみのままでしたが、今年もそろそろ花が開き始めたとのこと。

角清延さん
「妻と一緒に来た時には、私が車を運転していて飲めなくて、家内に注ぐだけだった。好きでしたからね酒が。一升瓶持って上がって注いであげた」

野路山に亡き妻偲ぶ山桜。
今年も今まさに、見ごろを迎えようとしています。

角清延さん
「ずっと(この山桜が)残れば、有名桜が1本でも2本でも残ってくるかなと思う。この枝が、空が見えないくらい枝が広がった時が一番この山の一番いいところだと思う。まだまだこれから」

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