ヨルシカ、『月と猫のダンス』追加公演で描いた物語とは 新たな可能性を見せたライブのあり方

ヨルシカが、4月6日、7日に有明アリーナにて『ヨルシカ LIVE 2024「月と猫のダンス」』を開催した。本公演は昨年リリースされた音楽画集『幻燈』を題材としたツアー『月と猫のダンス』の追加公演。本稿では7日の公演をレポートする。

音楽と朗読劇が組み合わさった独特のライブを展開するヨルシカ。この日もほぼ“演劇”と言えるような朗読劇の合間に、いくつか楽曲が演奏されるヨルシカならではのスタイルで進んでいった。

劇の主演を務めるのは俳優の村井成仁。村井の凄みのある演技に圧倒されるかのように、観客は終始着席しながらまるで観劇するかのような雰囲気で物語の世界に入り込んでいた。

朗読劇は、ひとりの画家の男のストーリー。画家として売れない自分自身に対する心の迷いやもどかしさなどを独白していくような語り口で描かれていく。そしてその主人公のもとに動物が次々に登場し、主人公の弾くピアノに合わせて踊ったり、反応したりするというもの。

宮沢賢治の名作『セロ弾きのゴーシュ』を彷彿とさせるような、動物たちの奇妙な行動に徐々にインスパイアされていく主人公が、画家として成長していく様子が丁寧に描かれる。別れた元恋人との関係性もポイントで、この公演ではその役をボーカルのsuisが演じていた。

音楽パートのサポートメンバーはギターに下鶴光康、ベースにキタニタツヤ、ドラムにMasack、ピアノに平畑徹也。演奏陣はあくまでボーカルのsuisの歌声を立たせつつ、楽曲に合わせてパンチの効いた力強い音を奏でたり、繊細で落ち着いたタッチを見せたりとメリハリのあるパフォーマンスでライブを作り上げていた。

「ブレーメン」、「雨とカプチーノ」と続いたオープニングを経て、序盤は疾走感のある「又三郎」で会場を温め、サイケデリックなアニメーションがスクリーンに映し出された「月に吠える」では演奏テクニックで観客を魅了し、「451」ではn-bunaがハスキーな歌声を披露してくれた。さまざまな音を使って動物を表すなど、音楽ライブならではの表現もあり、随所に遊び心があるのも面白い。こうした音楽パフォーマンスもヨルシカのライブの魅力のひとつだ。

ライブが後半に差し掛かり、主人公の男が画家としてのモチベーションを取り戻していくシーンで演奏されたのが、音楽画集『幻燈』に収録されていた「第五夜」。歌のないインスト曲でありながらも、沸々とエネルギーが湧き上がってくるようなこの曲の演奏は素晴らしく、この公演の空気感を一変させていたように思う。

一音一音を確かめるように奏でられた「雪国」や、suisの儚いボーカルが印象的な「いさな」といったゆったりとした楽曲では、会場が静寂に包まれた。特に青い照明が全体に放射された「いさな」は、まるで海のなかにいるかのような美しい景色が広がり、楽器の低く深い音色がくじらの鳴き声のようにも感じられた。音だけで聴いていたヨルシカの楽曲が、視覚的な情報を得ることで鮮明に具現化されていく。

終盤は「斜陽」や「春泥棒」、「アルジャーノン」といった人気の楽曲が立て続けに奏でられていく。最後は暗闇の会場に無数のライトが星空のように散りばめられ、なんとも美しい情景が広がった。会場全体から大きな拍手が巻き起こった。

今回の公演は、ステージで展開されるストーリーからひとつの物語としての独立性が強く感じられた。おそらくそこには、役者を起用したことが大きく作用していると思う。これまではn-bunaが物語を朗読することが多かったが、そうなるとヨルシカの世界の“内部”で起きている物語のような印象を受けるだろう。

だが今回のように、物語をヨルシカとは別の第三者が朗読することで、“物語”と“ヨルシカの音楽”が並列して舞台上に存在し、相互に影響し合いながらストーリーが展開していくような感覚を覚えた。どちらがいいということではなく、音楽と物語が融合したライブにおいては非常に大きな違いであり、ヨルシカのライブ史としても重要な公演になったと感じる。

今後、既存の演劇や物語を独自にヨルシカがアレンジして、コラボレーション的に披露するような公演が展開されることもあり得るのかもしれない。本公演はそれだけ可能性を感じさせてくれる、完成されたものだった。

(文=荻原梓)

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