ワールドワイド/上智大学アジア人材養成研究センター所長・石澤良昭氏に聞く

◇アンコールワット西参道修復完成/修復を通じた人材を育成
カンボジアの世界遺産「アンコールワット」。寺院正面へとまっすぐ延びる「西参道」で、日本が主導する修復工事が2023年に完成した。修復工事に携わったのは、上智大学が33年以上にわたって育ててきた遺跡修復を担う「保存官」や石工などの人材だ。カンボジアの人々が、民族の誇りであるアンコールワットを自らの手で修復する活動を、人材育成を通じて支援し、見守ってきた同大学アジア人材養成研究センターの石澤良昭所長に話を聞いた。
--アンコールワットの修復と現地人材の育成に携わった経緯は。
「学生時代の1960年に初めてアンコールワットを訪れた。その際、巨大な石造りの建造物を保存・修復し、維持管理を行うカンボジア人の保存官約40人と知己を得た。しかし、70年代に知識人の大虐殺を行ったポル・ポト政権下で、友人だった保存官の大半が行方不明となり、生きて戻ったのはわずか3人だった。現地の遺跡担当とも相談し、遺跡の保存に関する知識や技術を持つ人材の育成に乗りだすことにした」
「1991年にカンボジアに入り、王立芸術大学の考古学科と建築学科の学生を遺跡現場に連れて行き、遺跡実習を始めた。以来アンコールワットの西参道で人材育成の研修と修復工事に取り組み、33年かかってやっと完成にこぎ着けた」
--西参道の修復を通じて人材育成をどのように進めたか。
「研修は午前7~11時に遺跡現場で仕事をして、午後4~7時に授業を受ける。基礎的な数学から応用の構造力学まで一から教えたため、育成に時間がかかった。遺跡に積み上げられている石は一つ一つ異なる。修復時に石が割れたり削れたりする恐れがあるため、修復箇所と同様の石積みのモデルを外部に造り練習した上で、本番の修復に取りかかった」
「アンコールワット以外の遺跡を含め実習を兼ねて見回りと点検作業を行い、石柱や壁面の倒壊や柱の沈下などを現場研修として直していった。石と石の間で木の芽が着床しないように薬を塗ったり、砂岩を砂状にしてしまう黒カビを取り去ったりといったことを教えながら巡回し、学生たちが自らの手で実習を兼ねて直していく作業を正月や祝日を除いて毎日行った」
--技術移転を通じて、日本が学ぶこともあった。
「カンボジアの伝統的な建築技術は世界でも珍しく、石を積み上げる際に接着剤を使用しない。アンコールワットの建設でも、石同士を摩擦で接着して高さ65メートルまで積み上げ、塔を造った。自国の技術を一方的に教えるのではなく、私たち日本人がカンボジアから学ぶ土木工事の技術があるのでは、という謙虚な気持ちが必要だ」
「日本の石工職人が講師としてカンボジアを訪れた際は、現地の方と一緒に土着技術を学び、石を削って、互いの削り方を学び合った。日本に現地の方を呼ぶのではなく、日本側が現地に入って訓練した点も含め、今までの日本の技術移転協力や援助とは異なる交流の形は高く評価されるはずだ」
--西参道の修復が昨年完了した。
「9世紀から15世紀まで約600年間続いたアンコール王朝は、大扇状地が広がる自然の地形を生かし、かんがいによる米の二期作を可能にし、アンコールワットという巨大建築を作り上げられる国力と人力があった。現代でも、アンコールワットは国家の象徴として、そして宗教的な祈りの場として、カンボジア人の心のよりどころになっている」
「昨年11月に開いた西参道の完成式典にノロドム・シハモニ国王が出席し、渡り初めに参加された。集まった国民も完成を祝い熱狂した。カンボジア人自らの手で国の象徴となる遺跡を修復したことが、その大きな理由だろう。上智大学は、1996年に同国内に建設したアジア人材養成研究センターに、人材を配置して支援を続けてきた。今後はカンボジアを基地として、センターを東南アジア諸国連合(ASEAN)の文化協力の研修拠点としていきたい」。

□伝統工法と現代技術を融合□
上智大学アンコール遺跡国際調査団が、カンボジア国立アンコール地域遺跡整備機構(略称=アプサラ機構)と協力して進めていた、アンコールワット西参道の修復工事第2期(第2、3工区)が23年に完成した。可能な限り、アンコールワット創建当時の材料や伝統工法で修復しつつ、要所で現代技術を取り入れながら、安全施工と遺跡の耐久性確保を実現した。第2期の完成により、西参道の修復がすべて完了した。
アンコールワットは世界最大級の石造寺院跡。西参道は寺院本殿に向かうための出入り口となる石組みの橋(全長約190m)で、建立から約900年が経過し、崩壊が進んでいた。カンボジア政府の要請を受け、上智大が1996~2007年に延長約90mの修復工事(第1工区)を実施。16年にスタートした第2期工事(第2、3工区)では、西参道の中央の両側に張り出しているテラスを含め、延長約100mを修復した。
第2工区では、擁壁倒壊などのリスクを回避するため、擁壁の裏側をL字形のRC壁で補強した。第3工区の中央テラスは再崩壊の防止に向け、床板の面積を広げ支持力を分散。床板と梁の機能を組み合わせた逆T型のRC壁を採用した。

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