上野動物園で決まったサル山のリニューアル 地球温暖化対策だけじゃない「プライベートが必要」な動物福祉の観点

上野動物園のサル山で暮らすニホンザル ※画像は上野動物園【公式】X『@UenoZooGardens』より

日本初の動物園といえば、1882年開園の東京・上野動物園。そこで飼育されているニホンザルが住むのは“サル山”だ。このサル山のリニューアルが決定した、と報じられたのは3月末のことである。今回、改築の運びとなるサル山が、同園内に造られたのは開園から50年がたった、1932年のこと。

それから90年以上がたち、サル山も時間の流れとともに老朽化。さらに、1世紀近い時を経たことで、地球環境も大きく変化。地球温暖化が進んだこともあり、新たに建設されるサル山では”動物の福祉”を意識した環境づくりが進められるというのだ。

夕刊紙記者が話す。

「ニホンザルなどの展示施設として造られた人工的な山のことをサル山と呼びます。このサル山は、今では全国各地にありますが、上野動物園が先駆け。同園のサル山はコンクリート製で、建設当時は千葉県にある房総半島の山々を参考に造られたそうです」

サル山設置当初は周辺に、脱走防止のお堀があったが、幾度かの改修を経て今では完全に埋められているという。

「展示施設内ではプールが造られたり、塀の高さが変わったりと過去に改修が重ねられていますが、サル山の部分は手つかずでした。それが今回は完全にリニューアルされるとのこと。25年3月頃から工事は着工予定。猛暑日が続く東京の暑さ対策として、サルが自然環境で暮らす森を意識したつくりが、検討されているそうです」(前同)

そもそも動物園のサルにとってサル山とは、これまでどういった環境だったのか。またサルにとって理想的な展示施設とは、いったいどういうものなのか。アジア動物医療研究センター長で、テレビ番組でもたびたび、動物を解説をするパンク町田氏に話を聞いた。

「動物園にサル山が造られた経緯としては、サルを観察しやすいということが第一にありました。また、オリをつくるより、コンクリートで山を造ってしまったほうが安上がりといった事情もあったかもしれません」(パンク町田氏)

それが、全面改築となるのだ。その背景には、近年、地球環境に大きな変化をもたらしている地球温暖化の影響も無視できない、ということがあるようだ。

「日本も温暖化の影響で年々、気温が高くなっています。その中で、サル山に使われているコンクリートは日差しを照り返す。その影響は強く、夏には暑さを倍増させることも。このことから、サルも体調を崩します。子ザルや高齢のサルなら、その暑さはますます体にこたえるでしょう。それにサル山には日陰が少ないのも問題です。わずかにある日陰を、群れの中で優位に立つサルが陣取ってしまうため、暑さから逃れられないサルが出てきます」(前同)

■「サル山」が暑さ対策以外に抱える”イマドキ”の問題点

今の地球環境にはそぐわないサル山の実情。さらに前出のパンク町田氏は、サル山が抱える”イマドキ”の問題点として「サルにもプライベートが必要」とも指摘する。

「どこに行っても常に人の目があり、サルがリラックスできない状態は、サルにとって理想的ではありませんよね。そういった意味で、サル山は来園者にとって“サルが見やすい”ということでは100点満点かもしれないけど、サルたちのプライベートがないという点で、改善の余地はあると思います」(前同)

ストレスを抱えたサルは異常行動を起こすことがあるという。

「狭い所に閉じ込めたり、仲間がいなくなったり、人目にさらされ続けるなど、強いストレスを受け続けたサルは、狭い空間をウロウロするといった野生ではやらない動きをするようになります。人間でいえば、貧乏ゆすりや爪を噛むようなものですね。ただし、根本的な原因が取り除かれない限り、その行動を規制すればいいというものでもありません」(前同)

現在、全国各地の動物園では“動物福祉”(アニマルウェルフェア)という概念が広まりつつある。この考えは動物園などで暮らし、人間の管理下にある動物が、よりよく生きることを目指すものだ。

たとえば北海道・札幌市にある円山動物園では、動物の福祉の観点から2015年にサル山を改修。地面はコンクリートから芝生へと変わり、そのほか擬木や池、洞窟なども設置し、自然環境により近い状態を再現しようと試みている。

■「“福祉”をイメージで言っているだけではダメ」

動物の飼育環境を自然環境へと近づける動物の福祉について、前出のパンク町田氏は「試行錯誤し続けることが大切だ」と語る。

「“福祉”をイメージで言っているだけではダメですよね。そして、人間が何らかの形で環境を制限して動物を飼育する場合、自然界をそのまま飼育環境に持ってくることが、必ずしも幸せとは限りません」(前同)

つまりは、サル山なら建設に使われるコンクリートや、飼育のために設置されているオリそのものが悪いわけではないという。サルが暮らすのに十分な広さや隠れる場所、熱のこもらないような地面が飼育施設内に確保されていることが大事だという。

「動物園における動物の“住環境”については、試行錯誤を重ね、その中で良かったものを飼育環境へと取り入れていくことになります。しかし、それも現時点で飼育する側の人間がベターと考えうる環境なだけにすぎません。サル山の暑さ対策のように、数十年後には別の形を模索しなくてはいけなくなる可能性も十分にありますよね。今ある飼育環境が正解の終着点ではないことは意識していきたいところです」(同)

気象庁は、今年の夏も全国的に気温は高く、猛暑が日本列島を襲うと予想している。動物たちにとってストレスのない環境づくりが、飼育施設にも求められている。

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