【タイ】観光に打撃続き、健康懸念も[社会] チェンマイ大気汚染改善へ(上)

昨年12月初旬には青空が広がっていたチェンマイ(左)だったが4月初旬の空は一変、大気汚染で真っ白だった(NNA撮影)

タイ北部の観光都市チェンマイの大気汚染が今年も深刻だ。県政府によると、微小粒子状物質「PM2.5」の濃度は前年比で大幅に低下したが、依然として安全基準値を大きく上回っている状況。観光業界関係者は、今年も大気汚染の悪影響が続いていると口をそろえる。一定以上の所得のある家庭には空気清浄機が普及しているものの、マスク未着用の市民も多く、長期暴露による健康被害リスクの上昇も懸念される。【天野友紀子】

月初に訪れたチェンマイの空はスモッグでまっ白だった。雄大な山々に囲まれた風光明媚な都市として知られるが、山々は、うっすらとその輪郭を確認するのがやっとだ。

モバイルアプリで大気汚染濃度を確認すると、空気質指数(AQI)は180。PM2.5濃度(1立方メートル当たり)は111.8マイクログラムに達していた。世界保健機関(WHO)が推奨する24時間平均の環境基準値(人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準、15マイクログラム以下)の7.5倍だ。それでも地元住民は「AQIが200以下ならましな方」だと話す。

■汚染が閑散期を助長

チェンマイ観光業の最盛期は10~12月だ。雨の心配がなく、気温も高くないためベストシーズンとされる。大気汚染が深刻化する3~5月は暑季に当たり、猛暑日が続くため閑散期となるが、大気汚染が観光客のさらなる減少を招いていると業界関係者は嘆く。

ハイシーズンには外国人・タイ人観光客でにぎわう旧市街地は、午後8時の時点で人通りがほとんどなく閑散としていた。しゃれた雑貨店や飲食店が多く観光客に人気のニマンヘミン通り近くでは、営業時間内であるにもかかわらず店を閉めている旅行会社もあった。

現地で観光客・出張客向けのチャーター車サービスを手がける男性はNNAに対し、「もともとローシーズンだが大気汚染でさらに旅行者が減っている」と語る。汚染物質の濃度を知って出張を取りやめたり、車の予約をキャンセルしたりする客が多いそうだ。

中国からの観光客を中心に伝統衣装のレンタルと記念撮影サービスを提供する「チャーミング・オブ・チェンマイ」のマネジャーは「SNS(交流サイト)で問い合わせを受けた後で、『大気汚染がひどそうなのでやはり旅行をやめる』と言われるケースがある」などと話した。

旧市街地の飲食店。夕食時も客の姿はまばらで閑散として見えた=2日、タイ・チェンマイ(NNA撮影)

旧市街地のホテル「パラソル・イン」に併設された旅行会社のスタッフは「(予約状況は)昨年に比べればましだが、大気汚染の影響がないとは言いきれない」とコメント。今年はタイ正月(ソンクラーン)のお祝い期間が例年の3日間(4月13~15日)から21日間(4月1~21日)に延長されたため「状況が上向く」と期待しているが、2日の時点で「まだ予約が増える兆しはない」と述べた。

米国出身の観光客からは「大気汚染がひどいことは知っていた。数日間の滞在なので気にしていないが、チェンマイに住むなら空気清浄機は欠かせないと思う」という声が聞かれた。

■域外から飛来多く、対策に限界

国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)は2019年末から23年2月にかけて、チェンマイの大気汚染とその影響の緩和に向けたプロジェクトを実施。市内7カ所に汚染物質濃度を測定するセンサーを取り付けるなどの支援を行った。

ESCAP環境・開発部門のマシュー・パーキンス氏は「残念ながら現在も、ピーク時のチェンマイの大気汚染は世界最悪の水準だ」と語る。市政府は影響の緩和に重点を置き、オンタイムで汚染濃度の情報を発信するなどしているが「域外から飛来する汚染物質が多いため、都市単独で問題を解決することができない」ことがネックだという。

チェンマイの大気汚染は、乾期・暑季に多発する野焼きと森林火災が原因だ。パーキンス氏によると、衛星データで確認されたホットスポット(野焼きや森林火災が発生しているとみられる高温の場所)の数を国別で比較すると、11~1月はカンボジアが最も多く、2月以降はミャンマーが多くなる。規模(燃えている場所の広さ)のデータでも、カンボジアの火災の規模はタイとは比べものにならないほど大きいことが分かっている。

同じ場所で何度もホットスポットが確認されている場合は「人の手によって火災が引き起こされている可能性が高い」と同氏。ESCAPがまとめた02~19年のデータによると、カンボジア、ラオス、ミャンマーでは、17年間で4回以上ホットスポットになった場所が全体の約15%から20%以上を占めている。

■健康「心配」、新生児にも影響

PM2.5などに長期間さらされると、肺機能の低下や慢性的なせきの症状、気管支炎などの呼吸器系疾患だけでなく、心血管疾患を起こすリスクも高くなることが分かっている。

パーキンス氏はさらに「大気汚染は妊婦の健康にも悪影響を及ぼす」と指摘。ESCAPの報告書によると、子宮内が低酸素状態になるなどの影響が出て、心臓などに先天性異常を持った子どもが生まれるリスクが高まるそうだ。大気汚染は子どもの認知・行動面の発育にも影響を及ぼし、「自閉症スペクトラム障害」や「注意欠陥多動性障害(ADHD)」との関連性も確認されているという。

ESCAPは研究結果を踏まえて約20台の空気清浄機を調達し、市内の妊婦に2年間、無償で貸し出す活動も行っている。

PM2.5濃度が100マイクログラムを超えていても、市内のマスク着用率は半数に達しているかどうかといった印象だった。毎年この時期だけのことと、大気汚染に慣れてしまっているのかもしれない。

一方で市民5人に空気清浄機の必要性を聞いたところ、4人が「必要であり自宅に置いている」と答えた。運転手の男性は「みんな持っている。政府の対策が限られているので、自分の身は自分で守るしかない」とコメント。旅行会社勤めの男性は「今年も汚染はひどい。健康への害を心配している」などと話した。

県政府はマスク着用を推奨しているが、子どもを含めノーマスクの市民が目立つ=2日、タイ・チェンマイ(NNA撮影)

■多国間協力で改善へ

チェンマイの状況を抜本的に改善するためには、周辺国と連携した取り組みが不可欠だ。パーキンス氏は「東南アジア各国には、大気汚染の解決に向けて協力することで多くの恩恵が得られるという共通認識がある。協力に対する熱意は数年前とは比べものにならないほど高まっている」とコメント。各国政府による今後の取り組みに期待感を示した。

ESCAPとしては、昨年11月に多国間協力事業「エアシェッズ・プロジェクト」を始動した。東南アジアの3カ国が対象となり、大気汚染物質がどこから来てどこに行くのかを対象域内で観測。3カ国でデータを共有し、26年までに汚染管理の協力体制を整えるほか、データを基に改善に向けた都市レベルのアクションプランを策定することなどを目標に掲げている。対象国は未発表だが、タイが含まれるとみられる。

連休明けの17日付では、大気汚染改善に精力的に取り組むニラット・チェンマイ県知事の単独インタビューを掲載する。

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