「ハッピーバースデー たけちゃん。一緒にお祝いしたかったね」。主役の姿はなくても、思い出があふれた。能登半島地震で亡くなった輪島市の蒔絵(まきえ)師、松井健(たけし)さん。56回目の誕生日パーティーが10日、野々市市に住む長女未来(みく)さん(26)のアパートで開かれた。近くに避難している妻さおりさん(54)も駆け付け、健さんの好物だったチーズケーキとフライドチキンを用意。未来さんはこの日、亡き父に11日に結婚することを報告するメッセージを送った。「既読」にはならないが、花嫁姿を楽しみにしていた大好きな「おとう」の夢をかなえる。
近所ではおしどり夫婦で知られた健さんとさおりさん。地震は未来さんと、金沢で暮らす長男拓さん(24)が帰省し、久しぶりに家族水入らずで過ごしている時に起きた。寝室にいた健さんは倒れたタンスで心臓を強打。しばらくして意識を失い、その後、病院で息を引き取った。
「とにかく優しくて、わが子のことが大好きやった」とさおりさん。喪失感は大きく、地震3カ月に合わせて北國新聞社に寄せたメッセージでは「スーパーに行ったら、買おうとする物全部あんたの好物ばかり」「4月10日、誕生日会しよう。何食べたい?声が聞きたいです」と夫への思いを募らせていた。
●好物のケーキに「56」
この日の誕生会では、健さんの大好物のチーズケーキに「56」と飾り付け、遺骨の前に供え、思い出を語り合った。
その誕生会に同席したのが、未来さんの伴侶となる会社員の谷内研介さん(28)=輪島市出身。未来さんが3年ほど前、谷内さんと一緒に生活するため輪島を出たいと言うと、健さんは何も言わず、谷内さんとも会わなかった。
「おとうはさみしかったんだと思います。意地っ張りなところもあって」と未来さん。それでも、若い2人のことをいつも気に掛けていた。谷内さんは地震後、未来さんにプロポーズ。2人は健さんの誕生日翌日に輪島市役所に婚姻届を提出することにした。
●既読つかなくても
未来さんは10日未明、健さんあてのLINEに結婚を報告するメッセージを入れた。既読にはならないが、「これからも見守っていてね。幸せになります」と誓った未来さん。さおりさんは涙で声を詰まらせながら「たけちゃんが大好きだった家族が増えるよ」と笑顔で遺影に語り掛けた。