親の介護が必要になったら、お金は?生活はどうなる?親が元気なうちから備えたいことを、井戸美枝さんがアドバイス

そろそろ老後について本気で考え始める50代は、一方で、親の介護が現実的な問題として持ち上がってくる時期でもあります。親が元気なうちにやっておきたいことをファイナンシャルプランナーの井戸美枝さんに教えていただきましょう。

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【55歳Mさんの悩み】
遠くに住む80歳の母は、ひとり暮らし。介護が必要になったら母を助けたいのですが、私にも仕事があるし、老後資金の準備も必要です。親の介護に、どう備えれば?

【井戸さんのアドバイス】
・親の介護は親のお金で、が鉄則。親が元気なうちに経済状況を把握しておきましょう。
・日ごろから、親の入院、介護について、親やきょうだいと話し合いを。
・病気や介護の負担を軽減する制度、介護のための休業制度を最大限に活用を。
・飛行機での往復には、介護割引やマイレージ制度を活用!

親が元気なうちにやっておきたいこと

50代は、そろそろ老後について本気で考え始める時期。一方で、親が高齢になり、介護が現実的な問題として持ち上がってくる時期でもあります。

私自身も2001年に父を、2016年に母を看取りました。あまりに急に旅立たれてしまったので、「もっとこうすればよかった」と後悔したことはいくつもありましたが、「やっておいてよかった」と思うこともありました。

親の介護で自分たちの老後資金を目減りさせず、後悔しない看取りをするために、私の体験も含めて、親が元気なうちからやっておくべきことを紹介しましょう。

親の困りごとを聞く

介護がいくら心配でも、久しぶりに会った親にいきなり「介護」「終活」「相続」などのワードで話をするのは禁物。「自分が死ねばいいと思っているのか」と、不快な気持ちにさせてしまいます。

まずは、今、どんな持病を抱えていて、どこのクリニックがかかりつけ医なのか、親の体調面を気遣いながら、少しずつ状況を聞き出していきましょう。一度の帰省ですべてを聞き出そうとしないで、何度も帰省しながら「親の困りごと」を聞いて、一つずつクリアしていくといいでしょう。

親の経済状況を知る

親の病気や介護は、親のお金でまかなうのが鉄則です。子どもには子どもの生活があり、教育費や住宅ローンがまだ残っていたり、自分たちの老後資金の準備も必要。親の介護費用を代わりに払ってしまうと、自分たちの老後が大変なことになってしまうからです。

親の介護方針を決めるには、親の年金収入や貯蓄額を知っておく必要があります。とはいえ、親に直接お金のことを聞くのは難しいもの。
次のような方法で試してみましょう。

身近な話題からさりげなく聞き出す

親との会話のなかで、身近な話題からお金の話に振ってみましょう。

たとえば、最近は水道光熱費や食料品など、生活に不可欠なあらゆるモノの値段が上がっています。そこで、「電気代が急に上がっているけど、お母さんは大丈夫?」とたずねてみましょう。「大丈夫?」と心配してみるのがポイントで、「全然平気」という親はほとんどいないはずです。「大変よ」と答が返ってきたら、「生活費は、年金でまかなえてる?」「貯金は足りてる?」などと聞いて確認しましょう。

また、「私もそろそろ老後が心配だから、施設見学に行こうと思うの。お母さんもどう?」と誘ってみるのも一つの方法。自分自身の老後も含めて親子で意見をかわすうちに、親の希望する老後がわかってきます。
そのうえで、「介護の手続きは私がやるから、お金をどこに預けているか教えておいてね」などと伝えれば、親も安心できるのではないでしょうか。

親の老後は、自分の老後の「先行事例」。親の老後の過ごし方を考えるなかで、自分自身の老後についても考えることができます。

口座をいっしょに整理する

高齢になると、口座はメインバンク一つにまとめておいた方が管理しやすくなります。でも、金融機関が破たんした場合、預金保険機構が保証してくれるのは、元本1000万円とその利息まで。万一で資産が減るリスクに備えて、いくつもの銀行口座を開設している親も多いでしょう。

親が要介護になったあと、子どもが親に代わって口座を解約したり、口座に出入金をするには口座ごとに「委任状」や「身分証明書」等が必要で、手間も時間もかかります。親が元気なうちに、銀行口座はメインバンク以外解約しておいてもらいましょう。

その際、親に同行して手続きを手伝うのがおすすめ。私も、母が元気なうちに銀行に出向いて不要な口座を解約しました。おかげで、母の資産を知ることができましたし、相続の手続きもスムーズにできました。親の経済状況を知るのに、とてもいい機会だったと思います。

親の入院時に備える

高齢になると、急なケガや病気で入院する可能性も高まってきます。親やきょうだいと話し合いながら、以下の準備をしておきましょう。

・健康保険証、お薬手帳、かかりつけ医の診察券、マイナンバーカードなどは、置き場所を決めてひとつにまとめ、すぐ持ち出せるように保管する。

・入院が決まったらすぐ「入院保証金」を支払う場合があるので、お金はどうするか、入院費の支払いについて親に確認。親に替わってお金を引き出すことも想定して、キャッシュカードの暗証番号も聞いておく。

・民間の医療保険に加入していないか、親に確認して、保険証券をチェック。

・きょうだいがいるなら、親が病気で倒れたとき、誰が「キーパーソン」になるのか、話し合っておく。具体的には、親の入院時の「緊急連絡先」「保証人」に誰がなるか、主治医から治療方針、経過、退院の目安などの説明は誰が受けるか、など。

・きょうだいでSNSでつながって、「連絡網」を作っておく。

急な介護に備える

高齢になると、ケガや病気からある日突然介護が始まることがよくあります。そうなったとき、知っておくと頼りになるのが以下の3つです。

<病院の入退院支援室>
入院して病気やケガが回復したものの、「ひとりで生活できるほど体力はない」「リハビリが必要」といったとき、相談に乗ってもらえるのが「入退院支援相談室」です。ほとんどの大病院に設置されていて、介護保険や施設利用についても相談でき、必要に応じて、リハビリ病院や介護保険のケアマネジャーなども紹介してもらえます。

<地域包括支援センター>
保健師や社会福祉士、主任ケアマネジャーが常駐し、高齢者のさまざまな悩みを無料で相談できます。「ひとり暮らしの親が心配」「親の介護保険を申請したい」など、介護に関する相談も可能。おおむね中学校区ごとに設置されているので、親が住んでいる地域のセンターに相談するといいでしょう。

<介護保険の申請方法>
介護が必要なときの申請は、市区町村の窓口か、地域包括支援センターへ。申請後は、市区町村の調査員や保健師などが家に来て、認定調査を行います。あわせて、かかりつけ医の「主治医意見書」を提出すると、2つに基づいて要介護度が決まります。
その後は、ケアマネジャーがたてたケアプランに沿って、介護が受けられるようになります。

お金の負担に備える

高額療養費

1カ月あたりの医療費が一定額を超えると、超えた分が健康保険から還付される制度。上限額は、年齢や所得によって異なります。

例)70歳以上、年収370万円未満の場合の1カ月の負担の上限
外来…1万8000円(年間上限14.4万円)
入院…5万7600円

上限を超えた額が、あとから払い戻されます。
申請は、健康保険の窓口(国民健康保険では市区町村の窓口)。
入院が決まっているときは、あらかじめ「限度額適用認定証」を申請しましょう。医療機関の窓口で認定証を提出すれば、請求されるのは上限額だけですみます。また、マイナンバーが利用できる医療機関なら、認定証がなくても、限度額を超える支払いはありません。

高額介護サービス費

1カ月あたりの介護保険のサービス利用料が上限を超えると、超えた分が還付される制度。上限額は、同じ世帯の人の収入によって異なります。

例)夫婦2人暮らしで、2人とも70歳以上、住民税非課税…上限は2万4600円

高額医療・高額介護合算療養費

1年間にかかった医療費と介護サービス費を足した額が一定額を超えると、超えた分が還付される制度。高額医療費と高額介護サービス費は1カ月ごとの費用がおさえられますが、これらの制度を利用しても年間の医療費と介護費の負担が大きいとき、年間の費用をおさえてくれます。

例)70歳以上で、課税所得145万円未満…上限は年間56万円

制度を活用して、介護離職はしない

厚生労働省の雇用動向調査によると、2020年に介護離職をした人は約7.1万人。そのうち、男性は約1.8万人、女性は約5.3万人と、女性の方が多くなっています。年代別にみると、男性は「65歳以上」、女性は「55~59歳」が最多です。

親の介護をきっかけに60歳の定年前に離職する人もいますが、人生100年の時代、親を看取ってからも40年、人によっては50年ほどの長い老後が待っています。再就職先が見つからないと、老後破綻に陥る可能性もあるので、慎重になりましょう。

介護をしながら60歳の定年退職を迎え、その後も65歳まで再雇用で働き続けて、自分の老後を守ってほしいと思います。
そのために役立つのが、以下の2つの制度です。

介護休業制度

小さい子どもを育てている人が育児休業がとれるのと同じように、要介護状態の家族を介護している人は介護休業がとれます。

注意したいのは、ここでいう要介護状態は、介護保険制度の要介護状態と同一ではないこと。要介護認定を受けられなかったり、要支援の場合でも、「ケガや病気などで2週間以上常時介護を必要とする」なら、介護休業を申請できます。

対象となる家族の範囲は、配偶者(内縁を含む)、父母、祖父母、子、孫、兄弟姉妹、配偶者の父母。休業期間は、対象家族一人につき、3回を上限として、通算93日まで。つまり、必要に応じて、3回にわけて休業が可能です。

介護休業中、雇用保険の被保険者は、原則「介護休業給付金」が受給できます。給付額は、原則として、休業開始前の給与水準の67%(休業中に給与が出ない場合)。
取得できるのは、対象となる家族を介護する労働者です(日々雇用の人は除く)。

介護休暇制度

通院の付き添いや、介護サービスを受けるための手続き、ケアマネとの打ち合わせなどは、平日に行うことがほとんど。そんなとき、時間単位でとれるのが「介護休暇」です。

介護を必要とする家族が1人の場合は年5日、2人以上の場合は年10日を限度として、取得が可能。休暇中の賃金の有無は、勤務先によって異なります。
対象となる家族は、介護休業と同じく、配偶者(内縁を含む)、父母、祖父母、子、孫、兄弟姉妹、配偶者の父母。
雇用期間が6カ月未満だったり、日々雇用の人などは取得できません。

ほかにも、介護者が申し出た場合には、会社側は深夜(午後10時~午前5時)に労働をさせてはいけない、所定労働時間を越えて労働させてはいけない、などの規則もあります。

困ったときは、地域包括支援センターや担当のケアマネジャーなどに相談しながら、制度を生かして仕事と両立させていきましょう。

ワンポイント!「介護割引」やマイレージを貯めて、航空料金の負担を軽減

実家が遠い場合、飛行機での往復は料金が負担になりがち。各航空会社(日本航空、全日空、スタフライヤーなど)では、介護のための帰省などに、航空料金の割引が受けられます。

割引率は、日本航空の例で、各種チケットから10%割引。早期割引や往復割引などのチケットと組み合わせて使えます。ほかに、航空会社や便、チケットの種類で割引率が変わる航空会社も。自分がよく使う路線で、有利なものを選ぶといいでしょう。

適用されるのは、要介護または要支援と認定された2親等以内の親族などを介護する場合。条件は、マイレージクラブの会員であることなど。申請には、介護保険被保険者証、戸籍謄本または戸籍抄本などが必要です。

また、飛行機に乗るたびマイレージを貯めて、無料の特典航空券を利用するのもおすすめ。クレジットカードを搭載したカードなら、光熱費や通信費の引き落とし、ふだんの買い物の決済などでもマイルが貯まります。
詳細は、各航空会社のホームページで確認を。

プロフィール
井戸美枝
いど・みえ●ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)、社会保険労務士、国民年金基金連合会理事。生活に身近な経済問題、年金・社会保障問題が専門。「難しいことでもわかりやすく」をモットーに、雑誌や新聞に連載を持つ。近著に『フリーランス大全』(エクスナレッジ)。『親の終活 夫婦の老活 インフレに負けない「安心家計術」』(朝日新書)、『一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください!増補改訂版』(日経BP)など著書多数。
ホームページ:http://mie-ido.com
Twitter:@mieido


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