『プリシラ』ソフィア・コッポラ監督  ビジュアルで物語を伝える志向性を貫いて【Director’s Interview Vol.398】

巨匠フランシス・フォード・コッポラを父に持ち、20代で監督デビューした『ヴァージン・スーサイズ』(99)以来、アカデミー賞脚本賞を受賞した『ロスト・イン・トランスレーション』(03)、そして『マリー・アントワネット』(06)など独自のセンスで作品を撮り続けてきたソフィア・コッポラ。『SOMEWHERE』(10)ではベネチア国際映画祭金獅子賞、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(17)ではカンヌ国際映画祭監督賞に輝くなど、もはや父と肩を並べる映画作家になったともいえる。

その新作は、エルヴィス・プレスリーと恋におち、妻となったプリシラの物語。彼女の回顧録「私のエルヴィス」を基に、世界的なスーパースターとの関係、一人の少女の成長をソフィア・コッポラらしいビジュアルセンスとともに描いていく。プリシラ役のケイリー・スピーニーは本作でベネチア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞。北米では前作『オン・ザ・ロック』(20)に続きA24が配給を手がけるなど、映画ファンの注目も集めるこの『プリシラ』にどう取り組んだのか。ソフィア・コッポラにインタビューした。

『プリシラ』あらすじ

14歳のプリシラは、世界が憧れるスーパースター(エルヴィス)と出会い、恋に落ちる。彼の特別になるという夢のような現実…。やがて彼女は両親の反対を押し切って、大邸宅で一緒に暮らし始める。魅惑的な別世界に足を踏み入れたプリシラにとって、彼の色に染まり、そばにいることが彼女のすべてだったが…。

本人から聞いたエルヴィスとの映画館のエピソード


Q:『マリー・アントワネット』や『ブリングリング』(13)と同じく、『プリシラ』には原作が存在しています。今回の脚本化はどんなチャレンジでしたか?

コッポラ:原作を翻案するというプロセスは、まず本を選ぶ段階から気持ちが上がります。ですからチャレンジというより楽しい作業ですね。今回はプリシラの回顧録の中から私の心に最も深く残ったパートをセレクトしていきました。それらを一つのストーリーとして組み立てると、流れもできあがっていきます。その結果、プリシラがグレースランド(エルヴィス・プレスリーの邸宅)に迎え入れられ、そこを離れるまでの期間を作品の中心にしたのです。

Q:そもそも原作のどんな部分に惹かれたのでしょう。

コッポラ:原作を読みながら、思いのほか共感している私がいました。これは多くの女の子が経験する物語なんです。ファーストキスをして、人生で大切な相手を見つける。そして母親になる。私が驚いたのは、プリシラが高校生であまりに多くのことを経験した事実です。エルヴィスとの生活がどのようなものだったのかは想像の域を超えており、私が独自の判断を下すのは難しいとも思いました。

『プリシラ』©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

Q:その意味で、プリシラ本人に脚本の段階から協力してもらったのですね。原作には書かれていないエピソードも入っているのですか?

コッポラ:はい。プリシラが私の前で人生を語ってくれて安心しました。私との対話で、彼女自身もあの当時の思い出が鮮やかに蘇ったようです。そこで原作に書かれていないエピソードも話に出てきました。たとえばプリシラとエルヴィスの映画館でのデート。『悪魔をやっつけろ』(53)を観ながら、エルヴィスはハンフリー・ボガートのセリフを映像に合わせて復唱します。暗記するほど観ていたんですね。その直後の車の中のシーンで、エルヴィスは『波止場』(54)のマーロン・ブランドを絶賛し、彼やジェームズ・ディーンの演技に憧れていることをプリシラに力説します。ミュージシャンとしては最高の人気を得ていたエルヴィスが、俳優業ではキャリアに不満をもち、屈折感も抱えており、そうした感情はプリシラから直に聞いたことで脚本に入れ込むことができました。いずれにしても私は彼女のストーリーを正確に伝える責任を感じたのです。

Q:実在の人物ということでは、マリー・アントワネットとも共通しています。

コッポラ:映画という短い時間で特定の誰かを表現すること。そして主人公の視点など、2作には共通点があります。一方で私が描いた主人公が生きているかどうかは大きな違いで、今回は不明なところはプリシラに質問して解決しつつ、完成作を当の本人が観ることを覚悟して、作品のバランスを慎重に考えました。それは『マリー・アントワネット』で考えなかったことです。

無意識に出てしまう「自分らしさ」


Q:実際にプリシラは映画についてどんな感想を話していましたか?

コッポラ:全体をざっとつないだ初期のカットを観てもらった時が一番緊張しました。プリシラが「これは私の人生」と言ってくれて安心したのを覚えています。ケイリーの演技のおかげでもありますね。

Q:最初にプリシラ役のケイリー・スピーニーをキャスティングし、その後にエルヴィス役のジェイコブ・エロルディを選んだそうですね。

コッポラ:ケイリーとはコーヒーを飲みながら、時間をかけてプリシラの人生について説明しました。おたがいの意図を理解し合って、彼女がプリシラ役に決まりました。ジェイク(ジェイコブ・エロルディ)とは撮影現場で会っていたので役をオファーしました。心配だったのは、撮影までに2人を一緒にスクリーンテストできなかったこと。どんな相性か確信が持てなかったのですが、彼らは事前に連絡を取り合ってくれたようで、撮影開始時にはすっかり打ち解けていました。実際に撮りながら、私が予想した以上に2人の間からエネルギーが生まれるのを感じたのです。ジェイクには根っからのカリスマ性が備わっている上、誰に対しても安心感を抱かせる資質があるようです。

『プリシラ』©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

Q:映画のオープニングで、ふかふかのカーペットに素足が沈み込む映像が出てきますが、いかにもソフィア・コッポラ作品らしいと感じました。

コッポラ:そのように言いたい気持ちはよくわかりますが、あの映像が私らしいかどうか、自分で判断することはできません。ときどき無意識に撮りながら「ああ、これは私の映画の常套手段だ」と感じることはあります。ベッドルームで女の子が横たわっていたりするシーンですね。でも意識的かどうかは、あまり考えないようにはしています。

Q:ただあなたの映画の独特のビジュアルセンスには、多くの人が夢中になっているのも事実です。

コッポラ:たしかに映画製作で私が最もテンションが上がるのは美術の作業です。今回は、あの時代の航空券を再現する作業や、雑誌の表紙用にジェイクを撮影する際の衣装やメイク、出産前で苦しんでいるプリシラが病院へ行くために付けるつけまつげなど、とにかくディテールへこだわることを楽しみました。ビジュアルでストーリーを語る私の志向性が、1960年代という時代、およびそこに生きる女性を表現するうえで役立ったのでしょう。

選曲にはミュージシャンの夫の協力も


Q:そしてあなたの作品では音楽も重要です。今回の選曲について聞かせてください。

コッポラ:基本的に時代に合っている曲、およびプリシラの感情を代弁する曲を選びました。いくつか使用許可が下りない曲もありましたが……。脚本を書きながら、夫(トーマス・マーズ。バンド「フェニックス」のボーカル)の助けも借りて、このラブストーリーにふさわしいロマンティックな楽曲を探していったのです。夫が作った曲にもインスピレーションを受けましたね。ドリー・パートンの「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は脚本を書きながら思い浮かんだのです。彼女があの曲の権利を保持するために苦労した経験が、プリシラの決意と重なると思い、使うことにしました。

Q:おそらく撮影していた頃に、もうひとつのエルヴィスの映画が公開されていたと思いますが、気になりましたか?

コッポラ:バズ・ラーマンの『エルヴィス』(22)は、本作の撮影が始まる前に観ましたが、全く方向性が違ったので影響を受けていません。同作にはプリシラが少ししか登場しませんから。この2作は、それぞれ別種の感情を描いていると思います。

『プリシラ』©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

Q:インディペンデント映画の世界で活躍を続けるあなたにとって、現在の製作環境をどう感じていますか。

コッポラ:難しい状況は変わりません。アルゴリズムで視聴者へのオススメが表示される配信の活況で、独自の作品を製作するのはどんどん困難になっています。相変わらず製作の決定権や資金調達は男性がメインですし……。女性を主人公にした映画が人気を集めることもありますが、私はヒットを狙うのではなく、あくまでも作りたい映画を撮り続けたい。他とは違う新鮮な体験となる映画を待ち望む、若い観客が増えることを祈るしかありません。

Q:最後に改めて、この『プリシラ』が、あなたにとってどんな映画になったのかを聞かせてください。

コッポラ:一言で表現するのは難しいけれど、私は一人の人間が自分のアイデンティティを見つけることに興味があるのだと再認識しました。そしてこの時代は私の母の世代と強く結びついており、そこから私へ、そして私の娘へと変化したもの、さらに変わらず共有できるものなどに思いを巡らせる作品になったと思います。

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© Melodie McDaniel.

監督/脚本:ソフィア・コッポラ

2017年、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』でカンヌ国際映画祭史上2番目の女性監督として監督賞を受賞。監督デビュー作は『ヴァージン・スーサイズ』(99)。ピュリッツァー賞を受賞したジェフリー・ユージェニデスの同名の小説を映画化し、カンヌ国際映画祭でプレミア上映された。次作『ロスト・イン・トランスレーション』(03)はトロント国際映画祭、ベネチア国際映画祭、テルライド映画祭で上映され、アカデミー賞脚本賞を受賞、監督賞と作品賞にもノミネート。長編脚本・監督第3弾は、『マリー・アントワネット』(06)。アントニア・フレイザーによる伝記『マリー・アントワネット』の一部を原作とし、カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞。『SOMEWHERE』(10)は、コッポラが脚本、監督、製作を務め、第67回ベネチア国際映画祭でプレミア上映され、金獅子賞を獲得。その他、実際に起きた事件をベースに、ハリウッドでスリリングな窃盗を繰りかえし、世を騒がせた少年少女らの様子を描いた『ブリングリング』(13)、コッポラが脚本、製作総指揮、監督を務めた『ビル・マーレイ・クリスマス』(15)、ラシダ・ジョーンズ、ビル・マーレイ、マーロン・ウェイアンズが出演する『オン・ザ・ロック』(20)などがある。

取材・文:斉藤博昭

1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。クリティックス・チョイス・アワードに投票する同協会(CCA)会員。

『プリシラ』

4月12日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

配給:ギャガ

©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

監督写真 / © Melodie McDaniel.

© 太陽企画株式会社