能登半島地震で一時孤立した石川県輪島市白米町。断水の影響もあり、集落のほとんどの住民が出ていきました。唯一、結婚を機に移り住んだ富山市出身の女性だけが、家族とともにこの地で暮らしています。1世帯3人だけの生活を支えているのは自宅近くの湧く “命の源” です。
能登半島の先端に位置する輪島市白米町。あの日から3か月、11世帯、およそ30人が暮らしていた集落は静まり返っていました。
今、この地区に暮らしているのは、富山市八尾町出身の大間久美子さんの家族だけです。
夫 大間正行さん:「ここが命の源です。これがなかったらここには住んでおられませんでした。今このような状態になって初めて水のありがたみというものを感じましたね」
1か月あまりで断水が解消されるともいわれていますが、先のことはまったくわかりません。
妻(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「もう気長に、今ある水で感謝して使わせてもらってます。今までは当たり前でしたからね」
夫が生まれ育ったこの集落に移り住み30年あまり。こんな日が訪れるとは思ってもいませんでした。
最大震度7の地震が発生し、集落は孤立状態に…
元日に北陸を襲った最大震度7の地震。
上空からのヘリリポート:「土砂崩れで道路が寸断されています」
能登半島の海岸線に向かう道路は各地で寸断、輪島市内では少なくとも14地区が一時、孤立状態に。
観光名所・白米千枚田のすぐそばにあるこの集落も孤立しました。
通行止めが解除された孤立集落は…。
嘉藤奈緒子アナウンサー:「もう完全に道がガタガタになって波打ってますね。応急的にここ通れるように整備してあります」
地震の影響で千枚田も無残な姿をさらしていました。
嘉藤アナ:「国道249号ですが、千枚田から名船町の中間で通行止めとなりました。奥を見てみますと大量の土砂で道路が完全に塞がれています」
地震から1か月たち…
地震から1か月がたっても能登半島の海岸線を走る国道249号は広範囲で通行止めが続いていました。
嘉藤アナ:「こんにちは」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「こんにちは…、ワイパーがおかしくなってしまって」
取材中、偶然この地区で出会ったのが、富山市八尾町出身の大間久美子さんでした。
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「ここが納屋です」
嘉藤アナ:「こちらご自宅?」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「そこの梁が、もう柱が傾いて」
人手が回らず住宅の応急危険度判定はまだ受けられません。
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「1週間前に電気きたんですよ。だから本当に世界が変わったと思って…」
嘉藤アナ:「暗い中?」
大間久美子さん:「そうです。懐中電灯とか石油ストーブで灯りを」
孤立した集落の人たちの命を支えたのは…
山から流れる湧き水が集落の人たちの命を支えていました。取材中にも近所の人が…。
嘉藤奈緒子アナウンサー:「卵洗うんですか?」
近くの住民:「ゆでたまご!お食事。水が来ないから」「本当に孤立で輪島も行けないしこっちも行かれないしね」
近所の人と大間さん:「本当に水があるから」「本当にこれが救い救い」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「水がなかったら生きていけない」
嘉藤アナ:「被害があって住まれてるところに不安な気持ちとか」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「それもあります。余震の時も寝れない。目がさえてしまうし。怖い」
嘉藤アナ「避難所とかは行ってない?」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「行ってない」
地震から3か月… 白米千枚田では田起こしが
地震から3か月がたった今月2日。焼け野原のようになった輪島市では復興のつち音が響いていました。
地震の影響で過疎化が進む被災地…それでも春は訪れます。
富山市八尾町出身の大間さんはどうしているのか、輪島市白米町の集落をふたたび訪ねました。
嘉藤アナ:「水道の復旧のめどって、立ってるんですか?」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「立ってないです」
嘉藤アナ「何か変わったこと、ありますか?」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「変わったことは道がずいぶんきれいになりましたね。ちょっとジェットコースターみたいなところはありますけど。舗装していただいて、すごく通りやすくなったのがありがたいです」
自宅の状況は… 集落の人びとは…
自宅は半壊と判定されました。自分たちで添え木をあて応急修理。町が管理する水道の復旧工事は進まず、今もあの湧き水が頼みの綱です。
夫 大間正行さん:「不便と言えば不便ですよね。本来ならここから水が出てくれば一番便利ですし、家内もそれほど苦労することはないんですけど。残念ながらどれだけひねっても出ないものは出ないです」
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「当たり前が当たり前じゃないってことですよね」
嘉藤アナ「水道の復旧のめどって?」
大間さん:「ないです。水はいつになるか分からないから気長に待つつもりで。でないと余計心が折れそうになるもんで」
大間正行さん:「警戒心強いから逃げるかもよ」
相次いで集落から人がいなくなりましたが、輪島市内で郵便配達をする夫とホームセンターで働く息子の3人で今も暮らしています。
嘉藤アナ:「いまみなさん以外に住んでいる人は?
大間正行さん:「いませんよ。住んでいる人」
嘉藤アナ:「寂しくないですか?」
大間正行さん:「いえいえ。家内がいますから、そんな寂しいなんて思ったことないです」
長男 浩平さん:「優しいですね」
当たり前の日常のありがたさを痛感させられたこの3か月。何よりも大切だったと感じたのは『家族の絆』です。
(富山市八尾町出身)大間久美子さん: 「家族がいるから支え合っていけるのかなと。周りには人はいないけど家族がいるってありがたいなと思いますよね。だから自分も元気でいられる。明るくしとれるんかなって…」