◆これまでのあらすじ
数年ぶりに再会した中高の同級生3人。医師の陸、外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。陸とミナトがセックスレスの話をしていると、幸弘は「妻とは両手ほどもやってない」と言い捨て、自宅には帰らず彼女の元へ…。
▶前回:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態とは
弁護士、小野幸弘(33)の日常
月曜日、午前4時54分。
スマホの目覚ましは5時に設定しているが、幸弘は大抵、アラームが鳴る前に目が覚める。
大きなキングベッドは幸弘専用。
「深夜に帰るし、朝も早いから。寝室は別々にしよう」
新婚初日から、夫婦の寝室は別だった。
「そうね。私、睡眠が浅いから、その方がいいわ」
琴子も特段そのことに不満げな顔をせず、現在まで不都合もなく過ごしている。
幸弘は、広尾の自宅を出て30分ほど近所を走った後、シャワーを浴びた。
ネスプレッソマシンでコーヒーを淹れると、スマホでニュースを確認。
妻の琴子が起きてくる6時30分には、すでに、事務所に着いていた。
午前7時15分。
白い光が、静かな事務所内を明るく照らす。
幸弘にとって、1日の中で一番好きな時間だ。
他の従業員たちの出社前に、大事な資料に目を通していると、LINEの通知音が鳴った。
週明けで、サイレントモードにするのをすっかり忘れていた。
幸弘は、邪魔されたことに軽く苛立ちを覚えながら、スマホを手にとる。
ロック画面には、琴子からのLINEの一部が表示されていた。
『今週末、ご両親が来るそうなんだけど、幸弘の予定はどう?この間いらっしゃった時に…』
その文面が目に入った幸弘は、思わず眉間に皺をよせ、ため息を漏らす。
― またか、面倒だな…。
『今週末は仕事で忙しいわ。俺から両親に連絡を入れとくよ』
幸弘は素早くと打つと、琴子の返事を待たずにLINEの通知をオフにした。
そもそも親というのは、どうしてあんなに身勝手なのか、と幸弘は思う。
幸弘の家は、祖父が政治家で、父親は官僚で事務次官を務めたこともある。現在は引退し、独立行政法人で理事を務めている。
幸弘は小さい頃から進学塾に通い、毎日のように「お父さんのようになりなさい」と言われて育った。
父親は仕事でほとんど家にいなかったし、母親は専業主婦だったが父のサポートで忙しくしていたため、幸弘には、両親と遊んだ記憶がない。
学校以外の時間を一緒に過ごすのは、家庭教師か塾の先生。
東京大学に進学した幸弘は、同じく官僚を目指せという父に背き、初めて自分の意思で進路を決めた。
― 父とは違う道を歩んでやる…。
だが、父は言った。
「弁護士になるなら、必ず大手事務所に入りなさい」
結局、父親が裏で口を聞き、幸弘の入所はデキレースとなっていた。
妻の琴子との結婚も、両親が決めたようなもの。
琴子の父親も官僚で、幸弘の父の部下だった。現在は琴子が勤める、通信会社の役員をしている。
学生時代、家族で外食に行くと、何度か“偶然”琴子の家族と出くわした。
琴子とは大学も同じだった。たまにキャンパスでもすれ違うこともあった。
「琴子ちゃんだ、可愛い」
周りが彼女をチヤホヤしたが、琴子は誰にも興味を示さない。そんな姿が、印象的だった。
弁護士になって数年が経った時、親に呼ばれた席で再会したのが琴子。
この時の幸弘には、結婚も恋愛もすべてが面倒だった。
それは、琴子も同じように見えた。仕事を持ち、幸弘に興味を示さない。
― どうせ親の決めた誰かと結婚させられるのなら、俺と同じくらい冷めている人がいい。
だから、幸弘は琴子との結婚を決めたのだ。
― これで親も大人しくなるだろう。
そう踏んでいた幸弘だっただが、今度は「孫はまだか」と遊びに来るようになったのだ。
◆
深夜になり、仕事終わりにLINEを確認すると、琴子からメッセージが届いていた。
『今週やっぱり来るって。泊まっていくみたいだから、朝少しでも顔を見せてあげてね』
疲れた体がさらに重みを増したように感じる。
年を取り、時間ができたのか都合のいい時だけ押しかけてくる両親。
自分に直接LINEしてくれと毎回言っても、琴子なら断らないだろうと計算する狡さ。
幸弘は、小さく舌打ちをするのだった。
小野琴子(31) 大手通信会社勤務
午前7時05分。
琴子が朝の支度を整えていると、LINEが鳴った。
幸弘のお母さんからだ。
『今週末、遊びに行くね!!幸弘に、お土産何がいいかしら???そういえばこの間ね…』
彼女からは3日に1回、LINEや電話が来る。
厄介なのは、彼女に時間の感覚がないこと。
フルタイムで働く琴子には、緊急ではない場合、返せないこともしばしば。
けれど1時間でも返さないと、『どうしたの?体調大丈夫かしら?』などと、催促の“追いLINE”が届くのだ。
毎回長文と絵文字たっぷりで送ってくるので、正直胸焼けをおこしそうになる。
それでも、そんなことは言えるはずもなく、琴子はいつものように丁寧に返事した。
子どもを持つかどうかの選択
「お入りください」
午後7時。
琴子は、前から予約していた銀座にあるレディースクリニックを訪れていた。
「あら、琴子ちゃん、お久しぶり。今日はどうしたの?」
「杏ちゃん、お久しぶりです。ちょっと最近生理不順で、出血量も多くって…」
クリニックの経営者で院長の杏は、幸弘の同級生・陸の妻だ。
幸弘に紹介され、クリニックを訪れて以来、プライベートでも仲良くしている。
「あのさ、これは全員に聞かないといけないんだけど。現在妊娠の可能性は?」
「え?あ、ないです。ないない」
「そっか。じゃあ触診の後、超音波で確認してみるね」
杏は慣れた手つきで装置を用意すると、琴子を診療台に寝かせ、下腹部にプローブを当てる。
「うーん、小さい子宮筋腫が見えるね。大きさはまだ小さいので大丈夫だと思うけど、経過観察が必要ね」
「筋腫…?」
「そう、この黒いコブみたいなやつ。ただ厄介なのが、場所的に、将来妊娠の邪魔をする可能性もあるわ。子どもを産みたいなら、早い方がいいね。それか、筋腫が大きくなる前に、ちゃんと処置してね」
杏の言葉に、琴子は戸惑った。
帰り道、琴子がぼんやり考えながら歩いていると、スマホが震えた。
義母:『この間、お友達のところに孫が産まれたの、可愛いでしょう???秘訣を教えてもらったらね、やっぱりお魚がいいって。あとね、腰に枕を置くといいらしいわ♡』
思わず、琴子は顔をしかめて画面から目を背ける。
正直、子どものことは、今は考えられない。仕事が楽しいし、ちょうど昇進したばかり。
それに、幸弘とはもう2年ほどしていない。お互いに忙しく、なかなか時間が取れない、というのを言い訳にしているが、琴子自身性欲が少ないのもある。
それでも、夫婦仲は悪くないし、今の状況に大きな不満はなかったのだが…。
「私、子ども産めないのかな…?」
いざそう考えると、琴子は急に怖くなる。
◆
午後8時30分。帰宅した琴子は、1人で食事をして入浴を済ませた。
いつもは幸弘が帰ってくる前には寝ているが、この日はどうしても寝られなかった。
― ガチャリ…。
深夜1時、ドアが開いた音がする。
「琴子、どうした?まだ起きてたの?」
幸弘に優しく声をかけられ、琴子は迷いながらも、聞いた。
「あのさ。今日杏ちゃんの婦人科で診てもらったんだけど…、その…。子どもを産むなら早い方がいいって。ちょっと、子宮の状態が良くないかもって」
「……」
恐る恐る幸弘の顔色を確認する琴子。
だが、キッチンの電気をつけずに水を飲む彼の横顔からは、表情が読み取れない。
しばらく無言の後、幸弘が口を開いた。
「俺さ。子どもって、欲しいと思ったことないんだ」
「えっ?」
「それより、体調は大丈夫?仕事辞めたかったら辞めてもいいよ?別に働かなくたっていいし。じゃあ俺、風呂入ってくるわ」
幸弘は琴子の頭にポンと軽く手を置くと、風呂場へと行ってしまった。
▶前回:「実は、奥さんとずっとレス…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態とは
▶︎NEXT:4月19日 金曜更新予定
義両親からの“子ども産め”プレッシャーに揺れる琴子。一方ミナト夫婦にも問題が…。