柿澤勇人「心が完全に折れた瞬間でもありました」家族は人間国宝…俳優経験で最も過酷だった経験

柿澤勇人 撮影/冨田望

劇団四季で俳優活動をスタートさせ、退団後は舞台、映像とジャンルレスに活躍している柿澤勇人。この1月期にもっとも話題を集めたドラマ『不適切にもほどがある!』でも大きな注目を集めた。2022年に源実朝役で出演した大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での好演も記憶に残る。さらに子どものころには、芸事に生きる祖父と曾祖父の姿を間近で見ていたという柿澤さん。そのTHE CHANGEとは――。【第1回/全4回】

「やってみる?」と聞かれたものの

舞台での活躍をベースに、映像作品でも存在感を見せている柿澤さん。劇団四季出身の経歴は知られているが、もともと祖父の清元栄三郎(※栄は旧字体)が三味線奏者、曽祖父の清元志寿太夫(※寿は旧字体)が浄瑠璃の語り手で、しかもともに人間国宝という芸事を究めた家の出でもある。

――以前、柿澤さんが「大人になってやっておけばよかった」と思っていることとして、三味線と長唄と答えているのを見ました。習う機会はあったと思いますが、あえて通らずにきたのでしょうか。学生時代はサッカーに夢中だったそうですが。

「幼少のころはサッカー一筋でしたね。芸事に関しては、嫌だったとかではなく、ちょっと怖かったのかもしれません」

――怖かった、というのはどういうことでしょうか。

「祖父も曾祖父も芸事をしていましたが、特に自分には合わないだろうと何となくですが思っていました。どちらかといえば外で遊んで、サッカーをしていたほうが面白いなと(笑)。そもそも父は次男なので、名前は継いでいないんです。

だから、僕もそんなに言われてきたわけではなく。ただ4歳くらいのときかな。“やってみる?”と聞かれたことはあります。“もしやりたいなら、こういう機会があるよ”と。それは記憶にありますね」

――今後もし機会があれば、三味線や長唄を習うこともありそうですか?

「この間も舞台上でギターを弾かなきゃいけなかったりして(『スクールオブロック』)、幅広く色々な事が出来るに越したことはないですし、今からでもやってみたいと思っています」

間近で見ていた曽祖父のプロ意識

―――俳優になるとは考えていなかったとのことですが、芸術の道に進んでみたことで、おじい様やひいおじい様に対する思いが変わった部分はありますか?

「あります。曾祖父は亡くなる寸前まで、100歳まで唄っていたんです。僕はまだ幼かったですけど、よく覚えています。祖父は75歳のときに前立腺がんで亡くなりましたが、旅行に行くにもご飯を食べに行くにも、ずっと三味線を持っていました。

もちろん好きだからでしょうし、もう体の一部だったんだと思います。病院で点滴を打ったり採血したりする必要もありましたが、腕は断固拒否していました。“これは俺の商売道具だ。針を刺すな”と。絶対に拒否。そうした祖父や曾祖父の姿を見ていました」

――すごいことですね。

「本当にすごいなと思います。“ふだんどういう思いで舞台に立っていたんだろう、しんどいときもあっただろうに、どうやって克服していたんだろう”と、今になって思います」

アキレス腱の断裂とともに、心が完全に折れた

――柿澤さん自身がしんどかったときや、克服した瞬間、チェンジを感じたときはありますか?

「舞台上でアキレス腱を切ったときです。いろんなことが、そこでガラッと変わりました。突然、すべてをぶった切られた感じだったんですよね。アキレス腱だけじゃなくて、心が完全に折れた瞬間でもありました」

柿澤さんは’16年の主演ミュージカル『ラディアント・ベイビー 〜キース・ヘリングの生涯〜』の東京公演中に右足のアキレス腱を断裂。大阪公演が中止された。

――でもそこから立ち上がり、いまも俳優として活躍し続けています。

「否応なく休めたのがよかったのかなと思っています。歩けないので、3か月、それ以上、ゆっくりしていたんです。何もしない時間があって、ただ休んでいました。そうなると、不思議とまたやりたくなってくるんですよ。そこまで突っ走ってきて、もちろん気持ちが落ちた瞬間もあったけれど、そのとき、本当に落ちるまで落ちた。で、“またやりたい”という気持ちになったんです」

柿澤勇人 撮影/冨田望

主演を務めていたミュージカルでアキレス腱を断裂。心も体も想像を絶する状態に陥ったはず。しかし体を休めたのち、柿澤さんの心に湧き上がってきたのは「またやりたい」との気持ちだった。

芸術と柿澤さんはやはり求め合っているのだろう。そんな姿をおじい様、ひいおじい様も見てくれているに違いない。

柿澤勇人(かきざわ・はやと)
1987年10月12日生まれ。神奈川県出身。
2007年に劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』でデビュー。
劇団四季退団後は、映像作品にも活躍の場を広げる。主な出演作に舞台『海辺のカフカ』『デスノート THE MUSICAL』『メリー・ポピンズ』『ジキル&ハイド』『スクールオブロック』『オデッサ』、映画『鳩の撃退法』、ドラマ『真犯人フラグ』『不適切にもほどがある!』など。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で源実朝を好演したのも記憶に新しい。第31回読売演劇大賞にて優秀男優賞を受賞。5月に上演される彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』でタイトルロールのハムレットを演じる。

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