森永卓郎さんの覚悟は古賀茂明さんのそれと相似形 胸の中で「I am MORINAGA」を掲げてみる(松尾潔)

森永卓郎氏(C)日刊ゲンダイ

【松尾潔のメロウな木曜日】#80

「森永卓郎さんがご自分で『遺書』と言いきっている新刊、読みました? いきなり松尾さんの話がかなり長く出てきますよ」

きっかけは、ぼくが出演するラジオのリスナーから寄せられた情報だった。経済アナリスト森永卓郎氏の新刊『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』(三五館シンシャ)が、昨年のベストセラー『ザイム真理教』に続き爆発的に売れていることは知っていた。その本になぜ自分が? 彼の専門領域である経済について、これまでぼくは踏み込んだ発言をした覚えがない。

もちろん森永さんの存在はメディアを通して一方的に存じているが、お目にかかったこともなければ、不勉強にしてご著書を読んだこともない。まずは実際に読まねばと早速ネットで注文。ところが品切れ状態がずっと続いたのだ。版元が大手ではないという理由もあるにせよ、ほんとによく売れていることを痛感した。ようやく入手したときには注文から3週間経っていた。

まず目を奪われたのは表紙の帯文だ。

「2023年12月、ステージ4のがん告知を受けた。『命のあるうちにこの本を完成させ世に問いたい』私はそれだけを考えた」

鬼気迫る文言ではないか。そんな〈遺書〉になぜ音楽プロデューサーの自分が? 疑問はつのるばかり。今度は裏表紙を見る。帯には表よりはやや小ぶりの文字でこうあった。

「メディアでは、けっして触れてはいけない『タブー』が3つ存在した。1、ジャニーズの性加害 2、財務省のカルト的財政緊縮主義 3、日本航空123便の墜落事件。この3つに関しては、関係者の多くが知っているにもかかわらず、本当のことを言ったら、瞬時にメディアに出られなくなる」

なるほど、ジャニーズ問題も取りあげているのか。ならば、ぼくへの言及がその話題に関してであることはまず間違いない。ではどんな文脈で語られているのか。それが気になる。賛同なら素直に嬉しい。でも批判だとしても、正面から受け止めねばならない。何しろ、森永さんが余命をつよく意識しながら著した〈遺書〉なのだから。

本を裏返して再び表紙を見た。するとどうしたことか、さっきは迂闊にも見落としていたイラストの図柄が、今度はくっきり目に飛びこんでくる。著者とおぼしきスーツにメガネの男性が、ショベルを片手に瓦礫の縁に佇んでいる。「財務省」と書かれた看板とともに、瓦礫に埋もれた額装画。そこに描かれているのは──あの有名な〈キャップをかぶったジャニー喜多川〉だった!

メディアのタブーに触れる覚悟

『書いてはいけない』は全4章の構成。第1章から綴られるのは、先述の3つのタブー。つまり〈ジャニーズ問題〉〈財務省のカルト教団化〉〈日本航空123便墜落事故〉について。それぞれに1章ずつを割き、ファクトと問題点の双方を平易な語り口で説明していく。第3章を読み終えた時点で、読者は3つのタブーを支える構造が相似形だという著者の指摘に大いに納得するだろう。

そして第4章「日本経済墜落の真相」。本の副題ともなっているこの章で、著者は日本経済転落の理由を、財務省の財政緊縮政策と、日航123便墜落事故に起因する形で日本が経済政策をアメリカ任せにしたことの2つに求めている。その話運びはロジカルなのにスリリング、ゆえに怖ろしくもあった。筆の力!

日本もう無理じゃん。多くの読者が抱くであろう諦めに対しても、森永さんは処方箋を用意している。〈あとがき〉には「ジャニーズ問題のときのようにメディアが動いてくれさえすれば、事態は変えられるのではないか」とある。ジャニーズ問題の風化に加担するような最近のメディアのへっぴり腰に呆れているぼくとしては、森永さんの意見に首肯するのはいささか躊躇してしまうのだが、財務省と日航機墜落事故への言論統制はその比ではないということもよくわかった。

メディアのタブーに触れる覚悟。連想するのは、2015年1月、元経済産業省キャリア官僚の古賀茂明氏がコメンテーターを務めていたテレビ朝日「報道ステーション」で掲げた「I am not ABE」だ。古賀さんの覚悟と森永さんのそれはまさに相似形ではないか。ぼくもいま胸のなかでそっと「I am MORINAGA」を掲げてみる。TVカメラに向かってではないけれど。

最後に、本のなかの〈松尾潔〉について。なんと9ページもの長さにわたって紹介されたり、コメントが引用されたりしていた。はたしてどんな文脈で出てきたか。書きだしはこうである。

「2023年6月30日に音楽プロデューサーの松尾潔氏が、15年間所属したスマイルカンパニーという事務所を突然退所した。いつも理路整然としたコメントをする松尾氏を、私は好感を持って見ていた」

あ、褒められてるぞ。どうにも面映いが、その先に続く文章への警戒心も高まる。素直に喜んじゃっていいのか? さて──このあとは実際に本を手にとってお確かめいただきたい。

(松尾潔/音楽プロデューサー)

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