古事記の「国譲り神話」を再現 島根・美保関の青柴垣神事、5年ぶりにコロナ禍前の規模で復活

新型コロナ禍前の規模に戻った大行列

 島根県松江市美保関町の美保神社で毎年4月7日に営まれる「青柴垣(あおふしがき)神事」がことし、5年ぶりに新型コロナウイルス禍前の規模で執り行われた。港町の人口減少による担い手不足に悩まされる中、地区外にも協力を依頼。多くの観光客や住民が見守る中、壮大な神話絵巻を復活させた。

 「七度半(ななたびはん)でござる、トーメー」。7日午前9時から昼過ぎにかけて、偏木(ささら)と呼ばれる4人の子ども衆が、祭りの始まりを町中に知らせ回る。家々の間を元気良く練り歩く姿に、地元で民宿を営む小豆沢宣子さん(77)は「この風景が戻ってきてうれしい」と目を細めた。

 室町時代中期に始まったとされている神事は古事記などの「国譲り神話」を再現したもので、神社の神職と氏子、双方が役割を持つ。「当屋制度」と呼ばれる氏子体系に組み込まれた人々は、厳しい制限や修行を積み、祭りを迎える。

 2020年、横山陽之宮司(43)が感染症対策のため、祭りの規模縮小を提案。反対の声はなかったが、晴れ舞台を失った氏子たちの目には涙が光った。「何百年やってきたのを縮小させる。もう二度とあんな決断はしたくない」と横山宮司。以来、偏木や神がかりを担う当屋のお供役などの役割を中止していた。

 「ことし戻らなかったらもう戻せない。岐路だ」。昨年5月に新型コロナが5類に移行し、神事の規模復活を志した。祭りが未経験の子どもや、地区外にも声をかけ、担い手を確保。経験者の氏子たちが舞の指導などにいそしんだ。

 神事終盤、氏子たちは儀式を行う船が浮かんだ美保関港から、神社まで行列で戻る。人数が増えたため、参道いっぱいに延びる大行列に復活した。偏木は行列を先導し、舞も披露。お供役の小忌人(おんど)は地面に足を着けないよう、難しいバランスで背負われる。誰もが未経験者だったが、練習を重ねて無事に役目を果たした。

 神事世話人の三角正一さん(66)は「次第が複雑で、口伝の神事。コロナ禍でどうしても記憶が薄れ、元に戻すのにはエネルギーが必要だった」と継承の難しさを語る。それでも、「苦労してでもつないでいかないといけない。来年は今年の経験者が次の世代につないでくれるだろう」。途切れかけた伝統が、また紡がれ始めている。

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