「誰に頼んだらいいか…」おひとりさまの高齢女性が終活に抱いた不安、悩みを打ち明けた相手とは

厚生労働省の推計では認知症患者は2025年に700万人を超えると見込まれていますが、認知症の人の法的権利をサポートする成年後見制度の利用は2022年末で25万人程度にとどまっています。理由としては、一度後見人が選任されると生涯にわたって後見人となり途中で交代するのは難しいこと、後見人には報酬を支払い続ける必要があること、などが挙げられています。中には、後見人制度の上にあぐらをかいて、報酬を得ながらほとんど仕事をしていない後見人もいるようです。

地域の拠点病院で医療ソーシャルワーカーをしている相馬香菜さん(仮名)は、職業柄何人もの後見人の仕事ぶりを見てきましたが、中でも感銘を受けたのが、ある司法書士の後見人の、自分が紹介した高齢女性へのサポートだそうです。相馬さんに詳しい経緯を話してもらいました。

〈相馬香菜さんプロフィール〉

神奈川県在住

39歳
女性
医療ソーシャルワーカー
会社員の夫と小学生の長女の3人家族
金融資産800万円(世帯)

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医療ソーシャルワーカーの私が司法書士の長島さんと知り合ったのは、長島さんが私の勤務先の病院に入院していた患者さんの成年後見人を務めていたことがきっかけでした。

成年後見人とは、認知症患者など判断能力が不十分な人に代わって財産を管理したり契約を結んだりしてくれる人のことで、家庭裁判所が選任する仕組みです。

民法に基づく制度ですが、制度自体が日本ではまだ認知されているとは言いにくい状況で、それゆえ後見人と被後見人の親族の間に行き違いやトラブルが生じることも少なくありません。私が知っている成年後見人の中には、安からぬ報酬を得ながら被後見人やその親族との面談は年に1度、しかも30分だけという大物弁護士の先生もいました。

しかし、長島さんは真摯(しんし)に被後見人の方と向き合っていて、年がら年中、本業そっちのけで被後見人のために飛び回っていました。ですから、高齢の入院患者・佐々木よし江さんから「私が死んだ後に後始末をお願いできる人を探している」と相談された時、真っ先に頭に浮かんだのが長島さんの顔でした。

おひとりさまになった佐々木さんが抱いた不安

佐々木さんは70代で、4年前にご主人を亡くしていました。聞けば、佐々木さん夫妻は20代の頃にご主人の親が経営する建設会社で出会い交際を始めましたが、ご主人の親が身寄りのない佐々木さんとの結婚に猛反対したため、駆け落ち同然で上京したのだそうです。奮起したご主人は都内で電気整備の会社を興し、一時は従業員を10人近く雇うまで大きくしました。

しかし、跡取りの一人息子を交通事故で亡くしたこともあり、5年ほど前には事業を清算し、あらかじめ2人で決めていた老人ホームに入居しました。肩の荷を下ろしてほっとしたせいか、ご主人の方はその翌年脳梗塞で倒れて寝たきりになり、佐々木さんの懸命な看病もむなしく、息を引き取ったということでした。

佐々木さん夫妻はそのうち2人でお墓を探そうと、亡くなった息子さんのお骨も手元に置いたままでした。一人ぼっちになった佐々木さんは、ご主人の相続が一段落して自分の終活を始めようとした矢先に体調を崩して私の勤務先の病院を受診し、末期のすい臓がんという診断を受けたのです。

「会社も自宅不動産も処分して身軽になったつもりだったけれど、お父さんの葬儀や相続の手続きをするのはなかなか大変だった。自分にはそういうことを任せる身内がおらず、身内以外で誰に頼んだらいいかも分からない」

佐々木さんが涙した、長島さんの丁寧な仕事ぶり

佐々木さんには、ご主人から相続した分も含めて2億円近い金融資産がありました。きちょうめんな字でその詳細を書き留めたノートを大事そうに抱えて相談に訪れた佐々木さんを見た時、「この人を放っておいてはいけない」という責任感のようなものが込み上げてきて、すぐに長島さんと連絡を取りました。

長島さんは忙しいスケジュールの合間を縫って翌日には病院を訪れ、佐々木さんと面会してくれました。そして、佐々木さんに負担がかからないよう休憩を挟みながら時間をかけて話を聞いた上で、「私がお手伝いさせていただきますから、安心してゆっくり療養してくださいね」と優しく声をかけました。佐々木さんは涙を流して喜んでいました。

佐々木さんの病状は予断を許さない状況で、すぐに家庭裁判所に成年後見人の申請をする必要がありました。佐々木さんの老人ホームの担当者やケアマネジャーと相談の上で、後見人候補として中島さんを推薦しました。推薦した人が確実に後見人に選ばれる保証はなく結構気をもみましたが、結果的には既に成年後見人として実績のある中島さんが選任されました。

そして、そこからようやく佐々木さんの終活が本格的に動き始めたのです。

●長島さんのきめ細やかなサポートで早速開始した終活。中でも佐々木さんが最期に必ずかなえたいと思っていた希望がありました。それは一体何だったのでしょうか? 後編【「本当にありがとう。さようなら」最期の願いをかなえた資産家女性が、手紙にしたためた感謝の想い】で詳説します。

※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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