『虎に翼』伊藤沙莉にしか表現できない寅子の求心力 「盾みたいな弁護士になる」の誓い

穂高(小林薫)の引率の下、課外授業として裁判の傍聴にやってきた寅子(伊藤沙莉)たち女子部の面々。寅子たちが「原告は敗訴、着物は取り戻せない」と結論するに至った裁判の行方は、「被告は原告に対し、別紙目録記載の物品を引き渡すべし」という思いがけない、そして当時としては画期的な判決内容となった。

『虎に翼』(NHK総合)は、第2週より早くもリーガルドラマという朝ドラとしてはこれまでにない様相を呈している。だが、第10話時点では寅子は傍聴席からの参加。寅子が地獄の道の先で女性弁護士としての夢を叶えてからが、本当の意味でのスタートと言えるだろう。

改めて、今回言い渡された判決の主旨は、人間の権利は法で定められているが、それを濫用、悪用することがあってはならないという、新しい視点に立った見事な判決。寅子たちが、裁判官の自由なる心証に希望を託した結果だ。

判決を不服とした被告側の東田(遠藤雄弥)が、原告側の峰子(安川まり)に殴りかかろうとしたところに咄嗟に割って入る寅子。「ちょっと待ったー!」というドスのきいた叫び声も爽快だが、「にゃにゃにゃにゃ!」とネコの引っ掻くマネで東田をたじろがせる動きも痛快だ(寅子という名前から来た必殺技なのだろうか)。

その様子を見ていたよね(土居志央梨)は、「殴らせればよかったのに」というゾッとする一言をつぶやく。そうすれば反省の色が見られない東田を暴行罪の現行犯で逮捕できたからだ。この第2週は、優三(仲野太賀)が寅子に話した「法律って自分なりの解釈を得ていくもの」という考えがテーマにもなっている。「法は悪い人を殴る武器」だという考えのよねに、寅子は「法は弱い人を守るもの。盾とか傘とか温かい毛布とか、そういうものだと思う」と自分の考えを伝える。

互いに相容れない意見。無理に一緒にいなくてもと涼子(桜井ユキ)は諦め顔で告げるが、寅子たちは明律大学女子部法科の学生として、地獄の道を行く同志。「考えが違おうが共に学び、共に戦うの。だから私、よねさんをもっと知りたい」と寅子はよねに寄り添う。思わぬ言葉に一点を見つめた、声を震わすよね。勉強熱心ではっきり物事を言えるところは寅子と似ており、似合っている男装姿に、何より知らない誰かのために涙して憤慨できるよねが好きだと寅子は真っ直ぐに伝える。よねは怒りをエネルギーに換え、常に虐げられている女性の立場を変えようと戦っている。その向かう先は寅子と同じだ。

いつものように寅子たちを突っぱねながらも、揺れ動く心の機微をその表情の微細な変化で表す土居志央梨。対して屈託のない笑顔を見せる寅子に、女子部の生徒たちにも笑顔が連鎖していく。第9話で裁判所への課外授業に「行くに決まってるだろ」とよねが返事をした際の、子供のように顔を綻ばせる芝居もそうだが、伊藤沙莉にしか、伊藤沙莉でしか見たことのない動きであり、いつの間にか寅子が女子部を先導する存在、そして彼女の周りには多くの同志がいるという様子をセリフや語りなくして体現したシーンである。

扉の小窓から法廷を覗いていた桂場(松山ケンイチ)。「どこまでが先生の思惑ですか」と尋ねられた穂高はどことなくしたり顔だ。第9話放送後の『あさイチ』(NHK総合)の朝ドラ受けにて、鈴木奈穂子アナウンサーが「女性が傍聴席に多かったとしても判決はそう簡単には……」と話していたように、その考えは誰もが一度はよぎるだろうが、その真実は田中裁判長(栗原英雄)のみぞ知ること。世の中を変えていく、小さな積み重ねの一つであることに変わりはない。

軽やかな足取りで家に帰ってきた寅子は、台所に立つはる(石田ゆり子)と花江(森田望智)に「もしこの先、結婚に絶望しても私が絶対助けてあげる。私、盾なの。盾みたいな弁護士になるの」と誓う。2階に上がっていく寅子に直言(岡部たかし)が「俺は助けてくれないのかー?」と声をかけるが、本放送の前にオンエアされていた事前番組にてこの先の展開を知っている筆者のような視聴者にはドキッとするセリフでもある。

第10話のラストにはカフェー「燈台」でボーイとして働くよね、令嬢として厳しい母親のしつけの下にいる涼子が映し出される。恵まれた場所で生まれ育った寅子がまだ知ることのない2人の姿。第2週はよね、涼子、梅子(平岩紙)、香淑(ハ・ヨンス)といった寅子の同級生が初登場を飾った週であったが、涼子のお付きである玉(羽瀬川なぎ)が甘味処「竹もと」でみつまめを口にし頬を緩めたり、傍聴席にて思わぬ判決から嬉しさのあまり笹山(田中要次)の袖を引っ張っていたりと、セリフが数少ないからこそところどころで印象を残すチャーミングな存在に思えた。

(文=渡辺彰浩)

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