「本当にありがとう。さようなら」最期の願いをかなえた資産家女性が、手紙にしたためた感謝の想い

<前編のあらすじ>

医療ソーシャルワーカーの私は2年ほど前、入院患者の佐々木よし江さんから、「私が死んだ後に後始末をお願いできる人を探している」という相談を受けました。当時70代の佐々木さんは4年前にご主人を亡くし、自身も末期のすい臓がんの宣告を受けたばかりでした。

最近はおひとりさまの終活をサポートする団体も増えていますが、佐々木さんにはそばで支える人が必要だと思いました。そこで頭に浮かんだのが司法書士の長島さんです。

長島さんとは、彼女が成年後見人を務める被後見人が私の勤務先の病院に入院したことを機に知り合いました。責任感が強く、被後見人と真摯(しんし)に向き合っている長島さんならきっと、佐々木さんに最期まで寄り添ってくれると思ったのです。

●前編:【「誰に頼んだらいいか…」おひとりさまの高齢女性が終活に抱いた不安、悩みを打ち明けた相手とは】

いよいよ終活スタート。最初に取り組んだのは…

佐々木さんの中で最も優先順位が高いのは、家族で眠るお墓を探すことでした。佐々木さんは「自分だけならいいけれど、このままでは主人や息子も無縁仏になってしまう」と焦りを募らせていました。

佐々木さんご夫妻の「海の見える場所にお墓を建てたい」という希望をくんで、長島さんは千葉県の寺が管理をしてくれる永代供養墓を探してきました。長島さんがスマートフォンで撮影してきた画像を見る佐々木さんの顔は心なしか頬も赤く、いつもより元気そうに見えました。佐々木さんご夫妻の郷里も海の近くだったそうで、「ふるさとのきれいな海を思い出す。東京の海は濁っていていかんね」と笑顔で話してくれました。

お墓の契約が済むと、長島さんは佐々木さんのノートをベースに財産の確認や整理をしながら、佐々木さんの希望を聞いて葬儀の準備も進めていきました。佐々木さんの検査が終わるのを待って医療相談室でコーヒーを飲んでいた時には、こんな話を聞かせてくれました。

「佐々木さんは資産家だけれど、財産管理はそれほど大変じゃないの。本当に、あのノートに書いてある通りだから。ノートを見ると、佐々木さんご夫妻がいかにつつましく誠実に生きてきたかかがよく分かる。佐々木さんにはもっと長生きしてこれまで苦労した分人生を楽しんでほしかったけれど、こうなってしまった以上は一つでも不安や後悔を取り除くお手伝いをしたいと思う」

長島さんも、私が佐々木さんから感じた「この人を放っておけない」という気持ちを共有しているのだなと思い、何だかうれしくなりました。

ついにかなった! 佐々木さんの最期の希望

長島さんの行動力に心底驚かされたのは、その翌週のことでした。

その日、長島さんは佐々木さんと同年代の女性を伴って病室を訪れました。佐々木さんのご友人かと思っていたら、なんとそれは、佐々木さんの亡くなったご主人の妹さんだったのです。

佐々木さんは残った財産を、自分たちの身勝手のおわびを込めてご主人の実家に渡したいと考えていました。しかし、当のご主人がいなくなってしまったことで、自分から連絡するのはためらわれたようです。その最期の希望を、長島さんが見事にかなえたのです。

「よっちゃん、久しぶり」

「あれから50年もたつから、お互い、年を取ったよね」

仲のいい姉妹のように話す2人の姿には、過去の確執は一切感じられませんでした。実は妹さんも、ひそかに佐々木さん夫妻のことを応援していたようです。妹さんは「今は代替わりして私の息子が社長をしておるけど、地方の建設業界は大変。支援してもらえるのは本当に助かる」と話しました。

そして、その後も妹さんは遠路、何度か佐々木さんのお見舞いに足を運んでくれました。

長島さんへ遺された手紙

佐々木さんが長島さんやケアマネジャーさんに見守られて息を引き取ったのは、私のところに相談にいらしてから1年後でした。その頃の佐々木さんは「最近、お父さんの夢をよく見る。長島さんや相馬さんのおかげでもう思い残したことはないから、いつでもあっちへ行ける」と笑って話していました。

佐々木さんが亡くなった後、葬儀や納骨など一切を取り仕切ったのも長島さんでした。現行法では、成年後見人がサポートするのは存命の間に限られます。しかし、長島さんは佐々木さんの意をくんで契約したシンプルな葬儀プランに沿って葬儀を執り行い、翌日には千葉県の永代供養墓への納骨を済ませました。

そして、死後の行政や金融機関の手続き、相続税の申告、ご主人の実家への送金などをつつがなく済ませていったのです。

佐々木さんの遺品の中から長島さんへの手紙が見つかったのは、そんな時でした。

そこには、佐々木さんらしいきちょうめんな字で「長島さんは私の希望です。人生の最期に長島さんのような人と会えて幸運でした。本当にありがとう。さようなら」としたためてありました。

私自身、長島さんの仕事ぶりには常々感服していましたが、佐々木さんのケースは特別でした。まさに「被後見人に寄り添う後見人」の本領発揮で、どこぞの大物弁護士後見人に爪のあかを飲ませたいくらいです。

少子高齢化が進み、今後は佐々木さんのように身寄りもなく死を迎える人がますます増えることが予想されます。死後も含めた後見制度の法制化が急がれますが、まだまだ時間がかかるでしょう。そうした中で、長島さんのような心ある専門家の方々がご活躍されることを切に祈ります。

※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。

森田 聡子/金融ライター/編集者

日経ホーム出版社、日経BP社にて『日経おとなのOFF』編集長、『日経マネー』副編集長、『日経ビジネス』副編集長などを歴任。2019年に独立後は雑誌やウェブサイトなどで、幅広い年代層のマネー初心者に、投資・税金・保険などの話をやさしく、分かりやすく伝えることをモットーに活動している。

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