浮気相手との妊娠を隠すため…赤ちゃんを竹林に遺棄 『赤ちゃんポスト』設置の医師が語る悪意ない虐待“愛着障がい”とは【前編】

「これは法廷では言えなかったですけども…。『赤ちゃんポスト』には、いわゆる司法に関係する公務員の方が、2回来たこと(利用したこと)がありました」

証言に立った医師の口からは、思いもよらぬ言葉が飛び出した。

そして「愛着障がい」「ボーダーラインの知的障がい」「自己責任」「自助努力」…。浮かび上がってきたのは、想像を超えた様々な問題点だった。

(この記事は、前編・のうち、前編です。も、合わせてご覧ください)

浮気相手との間に妊娠… 出産、そして遺棄

2022年4月13日、愛媛県新居浜市で、産み落とされたばかりの新生児が近所の竹やぶに放置され、殺害されるという痛ましい事件が発生した。

「交際相手とは別の男性との間に妊娠が発覚したことから、交際相手や同居する家族に浮気がばれることを恐れて犯行に及んだ」(裁判の冒頭陳述)

松山地裁で行われた裁判では、母親の立野由香被告(当時)に対して、懲役4年の実刑判決が言い渡された。

裁判の中では、立野被告(当時)が過去にも自宅のトイレで赤ちゃんを産み落としていたことが明かされた。

赤ちゃん殺害事件 証人に立ったのは「赤ちゃんポスト」の医師

裁判で、弁護側の証人として証言台に立ったのは、いわゆる「赤ちゃんポスト」を約20年前に日本で初めて設置した、熊本慈恵病院の蓮田健医師だった。蓮田医師は、これまでも同様の事件が発生するたび進んで裁判の証言台に立ち、意見書の提出を行っている。

普段は専門医として出生の最前線に立ち続ける蓮田医師。その強い信念を裏付けているのは、自身の経験と思いだった。

「私たちは、赤ちゃんの遺棄や殺人事件の報道があると、その地元の弁護士会や法テラスにお手紙を差し上げて、我々こういう活動していますのでもしご必要ならばご連絡ください、と投げ掛けさせていただいています」

裁判での証言を終えた蓮田医師は、その直後、報道陣の取材に応じた。

「私達がこの活動をしている理由は、大きく2つです」

きっかけは孤立出産「感じた理不尽さ」

きっかけとなった出来事のうちの1つは、5~6年ほど前に、同様の事件の裁判を傍聴した際に受けた印象だったという。

「被告の女性の事情を分からずに、どちらかというと責めるような裁判官の質問とか、検察官の質問があって。そして、かつ検察側の証人の方々も、結構憶測で物を話されるわけです」
「そもそも『孤立出産』っていうのは、産婦人科医も小児科医も経験しないので、だんだん推測を超えて憶測になってしまって、それが結果として裁判で不利に働くわけです。それがちょっと傍聴しながら理不尽だと思ったので」
「『孤立出産』を経験している、知識を持っている人間が、色々なご説明すべきではないかという思いからです。つまり、彼女たちの状況を分かった上で判決を下してもらいたいと。刑を軽くして欲しいとかいう話じゃなくて、分かってもらいたいというところで、お手伝いしたいというのが1つです」

蓮田医師の述べた「孤立出産」とは、妊娠した女性が、専門的な医療を受けることなく、自宅などで1人出産することを指す。

蓮田医師が活動するもう一つの理由は…

そして活動をする2つ目の理由として「再発防止」を挙げた。

「熊本の地では5~6年前でしょうか、『赤ちゃんポスト』は事件の防止や抑止にはならないという議論があった」
「私たちは、そうではない、必要な人たちが『赤ちゃんポスト』の存在を知らないだけ、あるいは遠くて来ることができないのではないかと考えた。だから、各都道府県にひとつずつあると、また状況は変わってくると思うが、これはどうしてもその仮説なので」
「どうして事件に至ることになってしまった女性たちが『赤ちゃんポスト』を使わなかったのかということを、直接聞いてみないといけないと思うようになり、裁判の傍聴や(証言や意見書などの)お手伝いしている」
「しかし更に踏み込めば、再発防止のためには、やはり対策を立てるという意味で可能な限り裁判に関わらせてもらって、次の対策に生かしたいと思っている」

立野被告(当時)の裁判について、受け止めを聞く。

陣痛も「どうしたらいいのか分からない」

「彼女に対して行われた尋問の受け答えにしても、例えば抽象的な事などが表現できず、言葉が詰まってしまうんですよね。色々と思考を変えてとか、次のことを考えようとしても、それがうまくいかない」
「陣痛がきて、その解決策が見出せないからと先送りにしているうちに、本当にもう生まれる直前の陣痛になってしまって、次はどうするとなったときに、それが分からない。その結果こうなってしまったということ。なので、彼女たちを陣痛が来る前に保護しないといけないと思う」

その上で、本来、立野被告(当時)のようなケースにとって、最適な救済策は「内密出産」だったと述べた。

「赤ちゃんポスト」ではなく「内密出産」

「いわゆる『赤ちゃんポスト』というのは、無事に産んだ後に来ることになるので、ある程度しっかりした人が来るわけです。ただ、陣痛が来る前にやっぱり皆さんを保護しないといけないわけで、私は必要なのは『内密出産』だと思っている」

病院の担当者に対してだけ、自らの身元を明らかにする「内密出産」は、2019年、熊本慈恵病院が国内で初めて公式に受け入れを表明した。

病院側の働き掛けを受け、生まれた子どもの戸籍作成などをめぐり地元行政も前向きに取り組む姿勢を見せるようになり、その後、2022年には国がガイドラインを取りまとめるに至った。

この裁判で『内密出産』の重要性をあらためて感じた…

「匿名性を保障しなければ彼女たちは怖くて病院まで来ることができないんです。元々知られるわけにはいかない事情を抱えているわけなので。誰にも知らせないし、名前も名乗らなくていいからっていうことで受け入れるような体制でないと」
「そういった施設が各都道府県にひとつ、例えば松山だったら松山日赤病院さんとかにあって、かつそこの職員さんたちが叱らず、怒らず、よく来た、頑張ったねって言って受け入れるような。そういった施設があって、かつそれを若い人たち、認識可能な年齢の人たちに周知する。それができると今後の再発防止に繋がるかなと思う」

事情を抱えながらも妊娠した女性それぞれの、個別の事情に対応することのできる選択肢をなるべく身近に準備しておくことが、再発防止には重要だと述べた。

「全ての引き出しを用意しておかないといけない。病院職員に自分の姿すら見せたくない人は、やっぱり『赤ちゃんポスト』なんです。だけど本当はより安全な『内密出産』で保護しなければならない。この裁判で『内密出産』の重要性をあらためて感じたので、これが広まるといいなと思う」

「内密出産」に至らなかった2つの理由…

人知れず、医療的なケアを望むことのできない状況下、1人で出産することの危険性を「予見する能力がある」場合であれば、内密出産という手段は大きな救済になり得るのだという。

「基本『内密出産』を希望する女性は、やはり1人で出産するのは怖いんです。だから我々を頼ってくる、そうあってもらいたいんですけど」

しかし、何らかの事情でその「危険性の予見」が困難である場合には、事情が異なってくることになる。立野被告(当時)が「内密出産」に至らなかった理由も、そこにあったと指摘する。本人との面談を重ねた蓮田医師は、救済を妨げる障壁が大きく2つあったと見る。

「ひとつは、いわゆる心理学上の『愛着障がい』です。つまりは親子関係の悪さ。その背景には、虐待もありますし、それから過干渉という虐待もある」
「もうひとつは、本人に軽度の『知的障がい』とか『発達障がい』があったこと。それを理解しない親御さんとの関係の中で、そういった人たちが育っていくと、ああいう感じになってしまう。だから『愛着障がい』『発達障がい』『知的障がい』その“ボーダーライン”が難しい」

「軽度だから危うい」本人も友達も先生も気づかず…

裁判の中で、軽度の知的障がいと認定された立野被告(当時)。とはいえ、逮捕されるまでは飲食店でアルバイトしながら家事をこなすなど、一見、問題ない社会生活を送っているかに見えた。

「彼女の障がいというのは、軽度なんです。軽度だから危ういと思う。明らかな場合は、周りの人が幼少期から理解している人たちがケアをしてくれるから、そこまで生きづらさを感じない。学校でも、この子はちょっと特性あるからみんなで支えてあげてねって言ってもらえるから、お友達もいじめずに支えたりすることはできる。だけど“ボーダーライン”の子だと、もう本人はわかっていない。先生たちもわかってないので、友達もわかっていないからいじめの対象になるわけです」

わがまま、努力不足、なまけ者…自覚もなく進行する孤立

「そうすると、それがいわゆる何でしょうか…そういうネガティブな体験が積み重なってくると、相談もできないし自己肯定感も低いし。だから大事なところを本人も気づいていないし周りも気づいていないような。“ボーダーライン”の知的障がいと発達障がいがやはり心配です」
「裁判の中で精神科の医師が言ったように、一種の性格だという風に見られたのでしょう」
「だからわがまま、努力不足、なまけ者とか、そういうふうな捉え方をされて、ずっと学校では先生たちからも怒られて」
「なんで彼女は過去にも産み落とした経験があるのに、望まない妊娠をしたのだっていう、まさになんでしょうか。例えば学校で、何回言っても忘れ物をする生徒がいたりだとか何回も鍵をなくしたりだとか、なんでそんな失敗を繰り返すのっていうのはそこだと思う」
「あの生きづらさというのは、これまでやはり大変だったろうなと思う」

さらに「心理学上の愛着障がい」の影響についても、詳しく述べた。

心理学上の愛着障がいが影響「99%」

「『心理学上の愛着障がい』という前提でいえば、事件に至ってしまう女性、『赤ちゃんポスト』を利用する女性、『内密出産』を利用する女性、3つのグループとも、99%が影響しています」

「心理学上の愛着障がい」は、親からの「虐待」の一種なのだという。

「虐待といっても、あざが残ったり骨折したりするという虐待、あるいは性的虐待とか、ご飯食べさせなくて痩せ細っているという、明らかなネグレクトではない側面があるのが難しいところなのです」

「お母さんがずっと監視…、心配の度合いを超えている」

「例えば過干渉ですね、過干渉という名の虐待。これがどれだけ子どもの心を蝕むかっていうのを私たちは散々見せつけられてきました」
「だから、そういった意味の『心理学上の愛着障がい』。お母さんがずっと監視しているんですよね、心配の度合いを超えているわけです。子どもの生きづらさに繋がっているような親子関係のひずみが99%影響していると言っていい」

表面に目立った形で現れることがほとんどなく、自覚症状もない「特性」。そして、家庭内で悪意によらずとも起こりうる、見えにくい「虐待」。それらは、水の中を静かに舞いながら堆積していく微細な泥のように、時間をかけて視界や光を閉ざしてゆき、やがては生存に必要となる正常な判断能力をも奪ってしまうのかもしれない。

では『赤ちゃんポスト』の利用者となった公務員、事件になってしまう女性とそうでない女性の明暗を分けた「運」「知識」。そして安易な育児放棄を助長するとも言われる“赤ちゃんポスト”、蓮田医師が精力的に草の根の活動を続けているその理由に迫ります。

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