「百年後芸術祭−内房総アートフェス」レポート 地域性が伝わる作品をピックアップして紹介

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都市と里山・里海の文化が共存する千葉県の誕生150周年を記念し、これからの100年後の未来を考える「百年後芸術祭」。その中核をなす「百年後芸術祭〜環境と欲望〜内房総アートフェス」が3月23日(土) に開幕した。市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市が連携し、5月26日(日) まで開催されている。

総合プロデューサーを音楽家の小林武史、アートディレクターを「いちはらアート×ミックス」などの芸術祭を手がけてきた北川フラムが務め、77組の国内外のアーティストによる作品を展示する「LIFE ART」と、音楽やダンスなどを融合したライブパフォーマンス「LIVE ART」の2軸で展開。古代から漁業が盛んな内房総は、近代以降日本有数の工業地帯となり、1997年の東京湾アクアライン開通後は首都圏の重要な役割の一角を担ってきた。そのような土地を舞台に「環境」と「欲望」の両立や共振を考える。作品が広域にわたるため、3月23日のプレスツアーを軸として地域性が伝わる作品をピックアップして紹介したい。

内房総5都市で展開される「LIFE ART」

木更津市

まず木更津市では、小林が営む「農業」「食」「アート」をテーマとしたサステナブルファーム&パーク「クルックフィールズ」で開会式が行われた。広大な敷地には草間彌生、アニッシュ・カプーアらのアート作品が常設。今回、島袋道浩による土を用いた人形(ひとがた)、名和晃平による《PixCell》 シリーズの⼀作が新たに加わった。

草間彌生《新たなる空間への道標》2016年
小雨降る開会式より

また、木更津駅周辺では槙原泰介、小谷元彦、梅田哲也らの作品を展示。木更津に移住して活動している槙原泰介は、老舗の紅雲堂書店で、盤洲干潟の風景などを題材とした作品を展示。干潟を歩くツアーも実施している(日時は公式HP参照)。小谷元彦は、縄文時代の土偶《仮面の女神》と奈良時代の月光菩薩像と現代の肉体を融合した彫刻を制作し、蔵に展示。また、SIDE COREは、東京湾アクアラインに残る浮島に一棟の住宅を構築。メンバーの高須咲恵が子ども時代、家族で木更津に転居した家をモデルにした。マイホームが夢だった当時から、今でも移住者が増えている木更津の歴史に思いが及ぶ。

槙原泰介《オン・ザ・コース》2024年
小谷元彦《V(仮設のモニュメント5)》2024年
SIDE CORE《dream house》2024年

市原市

千葉県一の面積を誇る市原市。北部の埋立地は、全国上位の工業製品出荷額を誇る工業地帯。南部の里山では、過去3回開催された「いちはらアート×ミックス」の蓄積のもと、閉校舎を再生した内田未来楽校、旧里見小学校、旧平三小学校、月出工舎が会場となっている。なかでも旧里見小学校では、豊福亮が“市原の工場夜景”に想を得て構築した《里見プラントミュージアム》が迫力。1960年代から市原の湾岸部に工場を持つ企業や小湊鉄道など主要産業の歴史とともに栗山斉、原田郁ら5人の工業的なエッセンスを持つ作品が設置されている。ほかにも森靖らアーティストが滞在制作した作品を展示。EAT &ART TAROがプロデュースした地域の食材を活かしたカフェも楽しめる。

豊福亮《里見プラントミュージアム》
森靖の制作風景
エルヴェ・ユンビ《ブッダ・マントラ》2024年 アジアの仏教とアフリカの祖先崇拝との対話を表現

なお、市原湖畔美術館では、リュウ・イ(中国)、チョ・ウンピル(韓国)、リーロイ・ニュー(フィリピン)らを迎えて企画展『ICHIHARA×ART×CONNECTIONS―交差する世界とわたし』が6月23日まで開催中だ。人口の50人に1人が海外にルーツをもつ市原市で、彼らの母国からアーティストを招き、多様な人々が共に生きるために取材などを経て制作した。なお、4月6日に急逝したベトナムの作家ディン・Q・レの作品も見届けたい。ベトナムと市原で集めた古着をベトナム人と日本人、さまざまなルーツを持つ外国人とともに縫い上げた巨大なキルト作品だ。

ディン・Q・レ《絆を結ぶ》2024年 撮影:田村融市郎

また、小湊鉄道の上総牛久駅周辺では7組の作品を歩いて巡ることができる。闇の中、手作業で立体的に編まれた無数の糸と光が行き交う千田泰広よるインスタレーションは幻想的だ。宇宙的でもあり、海底に潜っていくようでもある。一方、沼田侑香は和菓子店と精肉店で、岩沢兄弟は電気店で展示。創業60年を超える精肉店では居合わせたお客から「から揚げが美味しいよ。ウチの息子が子どもの頃から食べて育ったの」と勧められ、商店街で食べ歩きもした。地域の日常が見えるような触れ合いも含めた鑑賞体験を楽しみたい。

上総牛久駅の天井から吊り下がる栗真由美《ビルズクラウド》2022年。改札の向こうは小湊鉄道の車両。
千田泰広《アナレンマ》2023年
東屋精肉店3代目店主。鏡に映る沼田侑香《MEAT SHOP》はぜひ現地で。

袖ケ浦市

東京湾アクアラインで都心へのアクセスが向上し、急速に発展している袖ケ浦市。袖ケ公園にある指定文化財「旧進藤家住宅」では、大貫仁美が衣服をモチーフに、板ガラスに金継ぎを施した作品を展示。ワークショップで住民から集めた言葉も展示している。また、職人肌のアーティスト・東弘一郎は、国指定重要無形民俗文化財である井戸掘り技術「上総掘り(かずさぼり)」に着想を得て、金属の溶接から職人とともに作品を制作。会期中、実際に穴が掘られていく。

江戸時代に御地方役を務めた名家「旧進藤家住宅」
大貫仁美《たぐり、よせる、よすが、かけら》2024年
東弘一郎《未来井戸》2024年

富津市

海苔の生産量が今も県下最大の富津市。五十嵐靖晃は、埋め立ての際に元の漁場の漁業権を放棄し、富津岬の南側に漁場を移して海苔業を続けた人々と協働で編んだ海苔漁の道を下洲漁港に設置した。富津公民館では、中﨑透が地域の人々にインタビューを行い、備品や作品を組み合わせたインスタレーションを展示。さまざまな年代の人の話し声が聞こえてきそうな30を超えるエピソードを巡る。隣接する富津埋立記念館では、丹下健三の「東京計画1960」と掛け合わせ、内房総の湾岸風景を海苔、海面を醤油で制作した岩崎貴宏の作品が見事だ。

五十嵐靖晃《網の道》2024年
中﨑透《沸々と 湧き立つ想い 民の庭》2024年4月9日
岩崎貴宏《カタボリズムの海》2024年

君津市

江戸時代から海苔の養殖業が営まれていた君津では、1961年に製鉄所誘致が決まり、漁業権を放棄。北九州の八幡をはじめ各地の製鉄所から2万人規模の労働者が移住した。深澤孝史はそうした地域住民に話を聞き、 “鉄でできた海苔”を制作。さらに、かつては海苔を収穫する際、「ヒビ」という漁具に「マテバシイ」の枝が使われていたが、「マテバシイ」がもとは九州南部・沖縄から持ち込まれた植物であることを知り、八重原公民館の池にマテバシイの枝を数本組み合わせた「ヒビ」の風景をつくりあげた。どちらも緊張を緩和させるような作風だ。また、佐藤悠は、その場にいる人と即興の「おはなし」をつくるパフォーマンスを行う。これが楽しいのでぜひ参加してほしい。

楽器のように叩ける、深澤孝史《鉄と海苔》2024年
《マテバシイを立てる》について語る深澤孝史
佐藤裕《おはなしの森 君津》。天井から吊り下がっているのは奥能登国際芸術祭で描いた作品群。

また、開発好明は5市で10人の先生を招く講座《100人先生の10本ノック》を開催。富津市「海苔すき先生」、木更津市「ヤンキー先生」など千葉県のユニークな人々に学ぶ。

小林武史プロデュースのスペシャルライブを軸とした「LIVE ART」

一方、「LIVE ART」では、小林武史プロデュースのスペシャルライブ「通底演劇・通底音劇」を4会場で行う。「super folklore(スーパーフォークロア)」(櫻井和寿、スガ シカオほか出演 4月20・21日 クルックフィールズ)、「dawn song(ドーンソング)」(宮本浩次ほか出演 5月4・5日 君津市民文化ホール)、「茶の間ユニバース」(綾小路翔、荻野目洋子、MOROHAほか出演 5月12日 袖ケ市民会館)。アンドレ・ブルトンの『通底器』から「つながるはずのないものがつながる」イメージを込めたと語る通り、さまざまなジャンルが融合する。

「不思議な愛な富津岬」(4月6日、富津公園ジャンボプール)

広大な内房総を周遊するにはドライブがおすすめだ。無料周遊バスやオフィシャルツアーも利用できる。派手さはないが、暮らしの営みが見える芸術祭。100年後もさまざまな異なるものが存在できる千葉県であってほしいと願う。

取材・文・撮影:白坂由里

<開催概要>
「百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」

会期:2024年3月23日(土)~5月26日(日)
休業日:火水(4月30日、5月1日は除く。一部施設定休日が異なる)
時間:10:00~17:00
料金:当日一般3,500円、当日高中小2,000円
※パスポート制
※県内の小中学生は無料引換券を配布

公式サイト:
https://100nengo-art-fes.jp/

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2448890

今後のスペシャルライブ予定
https://100nengo-art-fes.jp/event/通底縁劇・通底音劇/

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