小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=123

 吉本が気炎を上げた。私はピンガ(火酒)を取り出した。和子が朋子に紅茶を運んできた。

「和ちゃんや、朋子はビールの方がいいんだよ」

「あら、いいのよ。折角だもの、紅茶を戴くわ」

 朋子は吉本の言葉を手で制して紅茶を受けた。

「娘さんは母親似ね、中嶋さん。可愛い。そろそろ恋人の欲しい年頃だわね」

 和子はにやっと笑って私の顔を見た。和子には二年程前から付き合っている医大生がいるのだ。親たちはまだ早いと思っていたが、本人は、ボーイ・フレンドがいないのは、もてない証拠だと考えている。本人同志は友だち付き合いだと割り切っていて、結婚まで行き着くかどうかなど考えてもいないようだ。

「和ちゃんもいい恋人を見つけ、そしたら中嶋も落ち着いて、じっくりとわが身の振りを考えるべきだな。時機を逸したら駄目だと朋子女史も言っているだろ。独身生活は気楽のようで、その実、淋しいもんだからな」

「あら吉本さん、独身生活が天下泰平だと言ったのは、誰?」

「人生にはさ、朋子も色々体験していると思うけど、様々な面があるということだ。中嶋の場合だって、和ちゃんの躾というものもあるし、仕事の方だって妻君がいるといないでは大違いさ」

 百万言の悔みの言葉を貰っても、私の心の空虚さは癒されるものではない。が、吉本と朋子の言葉からは暖かさを感ずる。友人とはいいものだ、と改めて思う。気心の知れた歌友同志であってみれば、人間味があっていいと考える。ただ、和子の立場になると感じ方は違うのだ。大人たちの話の途切れた間に奥へ入ってしまった。胸の中で、私はかすかな痛みを覚えた。

 

(四)

 

 和子は、いやにそわそわしている。いつも散らかしている部屋を片づけ、庭を掃き清め、卓に可憐な花を飾っている。そんな日は決まって恋人のロベルトがくる。もう一つ、別な意味でそわそわする時がある。親父に小遣いをせびる時である。黙っていても私には娘の心が読める。

「パパイ、牛乳が冷めてるわ。沸かそうか」

 あまり気の利かない娘が、そんなこと言う時は怪しいのだ。

「今朝は、いやに早起きだな」

「ちょっと、買物があるの」

「……」

 娘の魂胆が解ったので、私は不機嫌になる。

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