【史実】なんて恐ろしい…19世紀、死者が相次いだ「悪魔的に美しい色」の正体

(※写真はイメージです/PIXTA)

19世紀に開発された美しい緑色、「エメラルドグリーン」。当時はあらゆるものがこの顔料で染められ、飛ぶように売れました。人々は理解していなかったのです。このエメラルドグリーンが、心のみならず“命”をも奪う危険な色であることを…。歴史系YouTuber・まりんぬ氏の著書『思わず絶望する!? 知れば知るほど怖い西洋史の裏側』(佐藤幸夫氏監修、KADOKAWA)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

19世紀、上流階級の女性がこぞってつくった「死のドレス」

「わぁ、明るい! なんて美しいんだろう」と、人々は目を輝かせました。19世紀のイギリス、街や家は前例のないほどの明るさで照らされました。この明るさをもたらしたのは、ガス灯の普及でした。それまでは、人々は夜になるとオイルランプやキャンドル、そして焚き火などのぼんやりとした光の中で過ごしていました。ガス灯の登場によって、人々は快適で明るい環境を手に入れたのです。街の夜景が輝き、家庭でも明るさが広がりました。ちなみに、当時キャンドルは動物の脂で作られたものが一番安く、火をつけると煙たく、悪臭を放ちました…。

さて、初めて明るい世界を体験した結果、人々はあるものに夢中になってしまいました。それは、美しく麗しいエメラルドグリーン。鮮やかで深みのあるその色合いは、ガス灯の光に照らされると、より一層その彩りが引き立ちました。光の下でキラキラと輝くその美しさは、思わずため息をついてしまうほどだったのです。そこで大流行したのがエメラルドグリーンのドレスでした。「私も、あの美しいグリーンをまといたいわ…」と、19世紀の上流階級の女性たちはこぞってオートクチュールのドレスをオーダーしました。

さて、ガス灯も新しく登場したものでしたが、エメラルドグリーンという色も当時はまさに新たな発見で、注目を浴びる存在でした。1775年、スウェーデンの科学者カール・ヴィルヘルム・シェーレが鮮やかな緑の顔料を開発しました。その後、ドイツで改良が加えられ、1814年には宝石のような美しい緑色の顔料が誕生しました。人々はその美しさに魅了され、この色を「エメラルドグリーン」や「パリスグリーン」と呼ぶようになりました。これらの名前自体も、魅力的なおしゃれな響きで、思わず欲しくなってしまいますよね。ドレス以外にも、ストッキング、アクセサリー、そして家具など、あらゆるものがこの顔料で染められ、飛ぶように売れました。

当時のエメラルドグリーン、実は「ヒ素入り」だった

ある時、一人の女性が緑の美しい手袋を購入し、早速身につけておしゃれを楽しんでいました。ところが手袋を外した際、彼女は愕然とします。手に謎の水ぶくれができていたのです。また同様に、エメラルドグリーンの壁紙の部屋で過ごした人々も不快な気分を味わっていました。その壁からは気持ち悪い臭いが漂い、特にネズミの死臭のような嫌な臭いがしたとの報告が相次ぎました。一体なぜなのでしょうか?

答えはエメラルドグリーンの顔料に含まれるヒ素です。ヒ素は鉱石から銅などの金属を取り出す工程で副産物として大量に生み出されており、当時安価で手に入りました。しかしヒ素はご存知の通り猛毒で、少量でもヒ素を長期にわたって浴び続けると、皮膚に潰瘍やただれなどが起き内臓に障害が起きたり、がんを引き起こしたりします。一部の医師たちは早い段階からこれを把握しており、「英国で遅発性の中毒が大量発生している」と声を上げていました。けれどこの時点で決定的な証拠はなく、まだヒ素が毒であるという認識もなかったため、上流階級や中流階級の人々はこれを信じませんでした。なんと言われようと、エメラルドグリーンは美しいのだから…!

【ご参考】ヒ素を含む染料で染められた鮮やかな緑色のドレス(1870年頃) 出所:The Metropolitan Museum

少女・マチルダの中毒死で「ヒ素の危険性」が明示されるも…

そしてついに、恐ろしい事件が起こってしまいます。19歳のマチルダ・ショイラーという美しい少女は、造花職人として働いていました。彼女の仕事は、造花の葉をふわりとさせ、そこにエメラルドグリーンの粉をまぶすことです。しかし1861年のある日、マチルダは突然泡を吹いて倒れました。彼女は緑色の水を吐き出し、白目や爪も緑色に変色していました。「目の前のすべてが緑色に見えるんです!」と、彼女は医師に訴えました。そして、悲劇的な結末を迎えてしまったのです…。死後に行われた解剖によって、マチルダの胃、肝臓、肺からヒ素が検出されました。彼女はエメラルドグリーンの顔料により中毒死を遂げたのでした。

この悲劇的な事件は、エメラルドグリーンに含まれていたヒ素の危険性を明確に示すものとなりました。実はかのナポレオンも遺体からヒ素が検出されており、幽閉されていたセント・ヘレナ島の住まいの壁紙がエメラルドグリーンだったことが関係しているのではという説があります。

その後、19世紀に発明された高価ではあるものの安全な緑の顔料であるビリジアンが、エメラルドグリーンの代わりに使用されるようになっていきました。ただ、驚くべきことに、危険なヒ素入りエメラルドグリーンはその後も生活の中で使用され続けました。20世紀に入ってからようやくヒ素の規制が行われるようになりましたが、実は今でも世界各地の地下水からはヒ素が検出され、中毒死する人も出ています。

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【まりんぬ'sコメント】

ちなみに、19世紀から20世紀初頭のアンティークを買う際には注意が必要。緑色が使われていると、ヒ素が混じっている可能性があります。お気をつけてくださいね。

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【著者】まりんぬ
歴史系YouTuber。イギリス在住。イギリスを中心に主にヨーロッパのニッチな歴史ネタを紹介し、支持を集めている。動画は著者自らが出演、ストーリーテラーとなる形式で、中世~近代の王家・貴族から庶民の話まで、多ジャンルにわたる。ゾクッとするような内容もユーモラスかつ丁寧に解説し、女性を中心とした歴史ファンに人気。チャンネル登録者数30.1万人(2024年3月時点)。

【監修】佐藤 幸夫
代々木ゼミナール世界史講師。エジプト在住。世界史ツアーを主催しながら、年3回帰国して、大学受験の世界史の映像授業を収録している。世界102ヵ国・300以上の世界遺産を訪れた経験をスパイスに、物語的な熱く楽しく面白い映像講義を展開する。2018年からは「大人のための旅する世界史」と題して、社会人向けの世界史学び直しツアーを開催。また、オンラインセミナーとして「旅する世界史」講座を実施、世界史×旅の面白さを広げている。著書に『人生を彩る教養が身につく 旅する世界史』(KADOKAWA)などがある。

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