あまりに自然な怪異日常譚『となりの妖怪さん』が教えてくれる、共生の困難と尊さ

不思議なんだけど不思議じゃない、ちょっと不思議な日常譚。

年数百作品の漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。第二十五景目は『となりの妖怪さん』です。

人間と妖怪が共に生き、神様がそれを見守っているという世界観と、心温まるストーリーが印象的な本作。4月6日よりTVアニメが放送開始となった今、読むべき漫画として紹介します。

nohoによる漫画『となりの妖怪さん』

『となりの妖怪さん』は、イラストレーター/漫画家のnohoさんのXと、出版社イースト・プレスのWebサイト「マトグロッソ」で連載されていた漫画です。

本編は全4巻で完結。完結後から連載中のスピンオフ『となりの妖怪さん 外伝』もあり、こちらは上巻まで刊行。続刊に向けた連載は現在準備中とのことです。

上記の通り、4月6日からTVアニメが放送開始となりました。後述する登場人物の猫又・ぶちおがめちゃ可愛いです。

妖怪と人間と神様と あまりに自然な共存関係

『となりの妖怪さん』は、タイトルにとなりの妖怪、とあるように、妖怪が非常に身近にいる世界観の漫画です。

ふと空を見上げると、巨人伝説が日本各地に残るデイダラボッチがのっそり歩いていて、川では龍神様が静かに泳いでいる。右を向けば妖怪がいて、左を向けば神様が御座す。そんな世界の物語。

本編から遥かに遡り、原始の時代。八百万の神々と人が暮らす日本で、神様から命を授かる、あるいは人々の心や言霊から妖(あやし)が生まれます。

不可思議な姿と力を持つ妖は、やがて人々に受け入れられるようになり、多くの神が天上に帰った後も、人の“となり”に在り続けて──そして現代に至るという筋書きです。

作中には人間と妖怪の混血児も当たり前に登場します。姿も様々な子どもたちは、これまた姿形の異なる先生たちの授業を受けている。大人も人妖の区切りなく共に仕事をしている。愛し合う者たちもいる。

作者のnohoさんが人と妖怪のあまりに自然な共存を描いているので、すんなりとそういう世界なのだな、と腑に落ちる、あの初読の読後感。なかなか味わえるものではないので、ぜひ実際に読んで体感していただきたいところ。

では、以下からネタバレありで内容に触れていきます。未読の方はご注意ください。

ほのぼのとした雰囲気と、SFの絶妙なバランス

『となりの妖怪さん』は、多数の登場人物たちによる群像劇になっています。

妖怪、人間、神様と多くの登場人物がいて、その中でも物語の中心になっていくのが、好奇心旺盛な人間の少女・むつみ(杉本睦実)。彼女を見守るカラス天狗のジロー(縁火山次郎坊)。飼い猫から猫又に新生したぶちおの3人です。

山合いの風がよく吹く町、縁ヶ森町(静岡県西部の遠州地域がモデル)に暮らす彼らは、家族や友人との暮らしを営みながら、手を取り合って助け合い、成長していきます。

雰囲気は全体的にほのぼのとしているのですが、虚数次元あるいは虚無と呼ばれる謎多き概念や、と呼ばれる危険な生物も登場します。それらは善悪で推し量れるものではなく、ただそこに在るだけなのですが、人間と妖怪に危害を加えることもある存在です。

また、作中では並行世界、いわゆるパラレルワールドが確認されており、別の世界からの干渉を受けることもあります。読者としてはそうしたSF的設定にワクワクしてしまうものの、これらは作中の穏やかな日常を揺るがす事件を引き起こします。

この事件に登場人物たちがどう立ち向かっていくのかが、本作の見せ場となります。

“となり”にいる誰かに、気持ちを言葉にして伝える大切さ

『となりの妖怪さん』は、人間と妖怪。同族同士。ひいては今“となり”にいる誰かへ、気持ちを言葉にして伝えることの大切さをテーマにしていました。

虚無の中に消えた父親に寂しさを募らせるむつみと、むつみを守ると言いながら彼女の意思に向き合いきれないジローの関係性は、このテーマを色濃く反映しています。

時折虚無に引かれるむつみをジローは守ります。一方で自己犠牲の性質が強く、1人で色々な事を抱え込んでしまうジローを、むつみは何とか助けたいと思っています。

しかし、ジローはむつみを危険な目に遭わせたくないと一線を引くのです。大人としては正しい判断でしょう。むつみは何の力もない子どもです。

が、いつまでも大人の庇護下にいるのでは、子どもは成長できません。対等な関係は築けない。ジローは肝心なところでむつみと言葉を交わしてこなかったことで、彼女を悲しませてしまいます。

そんなジローへむつみが、意を決して自分もジローを守りたいと言葉にして伝えるいくつかの場面は、本作のハイライトです。

また、猫又に新生した意味を考え続け、答えを見つけたぶちおが家族に想いを伝える場面。

長らく折り合いがつかなかった家族と向き合う化け狐・百合のエピソードや、河童の女の子・と人間の男の子・りょうの恋物語。

長年連れ添ったパートナーに先立たれて、自分の死を見据えてしまう和彦と、彼に今を生きてほしいと願う車の付喪神・千彰

ほかにも、様々な縁で繋がる数多の関係を丁寧に紡いでいった本作は、他者と生きる困難と尊さを描いた名作です。

TVアニメ放送中で盛り上がる今こそ、読んでみてください。

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