『怪獣8号』X全世界リアルタイム配信の狙いとは アニメ制作の想いと“KAIJU”文化をPに聞く

『少年ジャンプ+』で連載中の大人気漫画『怪獣8号』がアニメ化され、4月13日23時より放送がスタートする。最新鋭の装備を備えた防衛隊と、無慈悲に襲いくる怪獣とのバトルを描いた本作は、アニメーション制作に『攻殻機動隊』シリーズのProduction I.G、怪獣デザイン&ワークスに『新世紀エヴァンゲリオン』のスタジオカラーが参加。スタッフクレジットを一覧するだけで並々ならぬ本気度が伝わってくる。

そうした作品制作にかかる本気度と同等の衝撃を与えたのが、前代未聞のX(旧Twitter)での全世界リアルタイム配信企画だ。日本でのテレビ放送と同時刻に、世界中の誰もがXで作品を観ることができるというのは、日本のアニメ業界にとって未知のインパクトとなるに違いない。そこでリアルサウンド映画部では、TOHO animationの武井克弘プロデューサーにインタビュー。『怪獣8号』がどのような想いでアニメ化されたのかに迫った。

■アニメ化の1番のモチベーションは「原作をもっと広めたい」

ーー『怪獣8号』のアニメ化にあたり、Xで全世界リアルタイム配信されることに衝撃を受けました。非常に珍しい試みになると思いますが、狙いはどこにあるのでしょうか?

武井克弘(以下、武井):結構思い切ったことをしているという自覚はあります(笑)。実はビジネス的な狙いによるものではなくて、作品が多くの方に観ていただけることが1番いいのではないか、という“想い”によるところが大きいです。むしろビジネス的にはデメリットになる部分もあるとすら思っています。

ーー意外な回答でした。

武井:そもそも僕が原作をお預かりしてアニメ化する時の1番のモチベーションは、「見て見て! ここにすごく面白い漫画があるんだよ!」という感じで、とにかく1人でも多くの人に原作の存在を知ってもらいたい、というところにあるんです。『怪獣8号』はもちろんすでに大人気漫画ではありますが、もっと広めたいと考えたら、Xの企画は有効だと思いました。加えて、原作は連載開始当時から海外の人気がすごくて、そもそも世界中のお客さんに読まれている作品です。それは「MANGA Plus by SHUEISHA」という海外向けマンガ誌アプリのおかげで、そういった原作の“届け方”の部分も含めてアニメで再現したいと考えたんです。

ーーそうした海外のファンも含め、“同時に視聴する”ということに大きな意義があるように思います。

武井:例えば『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される『天空の城ラピュタ』は、もはやX(Twitter)とセットで観ることが楽しさの一つですよね(笑)。そういう楽しい見方を、今回はXだけで完結できてしまうわけなので、ぜひその手軽さを楽しんでほしいです。コロナ禍では映画館も閉まってしまい、映画業界としては大変な事態でした。それでも徐々に規制が緩和されてくるとともにお客さんが戻ってきていただけたのは、やっぱり皆さんが“繋がり”を求めているということもあると思います。みんなで一緒に同時に観るという経験はやはり代え難いんだなと感じ、映画会社の人間としてもそうした経験を大事にしたいと思いました。

ーーとても楽しみです。余談ですが、『天空の城ラピュタ』の「バルス!」的な同時に盛り上がるポイントはあるんですか?

武井: あれは自然発生的に生まれた慣わしだと思うので(笑)。そういったミームが生まれたら光栄ですね。

■世界の「モンスター文化」と日本の「怪獣文化」の違いとは

ーー『ゴジラ-1.0』もアカデミー賞視覚効果賞を受賞して、世界でもまた日本の怪獣文化に注目が集まっています。今回の『怪獣8号』も海外ファンから期待が集まっている作品ですが、世界における「モンスター文化」と日本の「怪獣文化」の違いについてどう考えていますか?

武井:そこは『怪獣8号』というアニメのブランディングを考えた時に話し合いました。結論として「モンスター」という言葉は使わずに、「KAIJU」という言葉を用いることにしました。原作の話なのですが、 怪獣の強さを表す表現として「フォルティチュード」という言葉が使われていて、怪獣は明らかに自然災害のメタファーなわけです。そこは原作を最初に読んで真っ先に素敵だなって思ったポイントでした。1954年のゴジラが水爆の暗喩であったように、日本の怪獣文化の文脈に倣って、『怪獣8号』でもそのメタファーがしっかりと機能しているのがいいんです。

ーーなるほど。

武井:日本は災害の多い国なので、その恐ろしさが想像しやすかったと思うんです。漫画を読んだ時、そこは巧みだなと思ったし、それこそが日本ならではの“自然感”、つまり怪獣であると言えるかもしれないです。

ーー突如現れるだけではなく、そもそも“共生”していると言える存在というか。

武井: 近い概念はあると思っていて、それ前提で生きているというか、それも受け入れざるを得ないという自然観ですよね。自然災害もそうですし、ウィルスもそうですよね、コロナがそうなってしまったように。『怪獣8号』の世界でも、キャラクターたちは怪獣がいることそのものには驚いていません。昔から人間は怪獣の脅威に晒されていた、みたいな歴史が漫画では仄めかされていたりして。Production I.Gさんとご一緒することになって、最初に原作の魅力について語り合ったときも、そこがいいよね、と盛り上がりました。

ーーProduction I.Gさんを制作に迎え、そうした怪獣という存在をデザインするにあたり、どのような考えがあったのでしょうか?

武井:恥ずかしながら、僕自身が怪獣に全く明るくなかったので、それで真っ先に頼りにしたのがカラーさんなんです。それはやはり特撮カルチャーの1番濃い部分をカラーさんが継承されていると思ったので。Production I.Gさんにも賛同いただいて、どうやって描いたらアニメで怪獣を表現できるのか、という教えを請いたい一心で、カラーさんにとてもご助力いただきました。

ーー具体的にはどのような形で?

武井:デザイン面においては前田真宏さんです。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の監督もされているし、デザインや作画など何から何までやられてる方ですけど、今回も多くのお力を借りました。イメージボードを結構な点数描いていただいたり、漫画にはないアニメだけの裏設定を考えていただいたり。原作では名前がない怪獣のネーミングなどもしていただきました。

ーーイメージボードも拝見させていただきましたが、これはファン垂涎の代物ですね……。

武井:アニメの冒頭は1番力を入れるべきところなので、そのセオリーに則って、漫画の第1話冒頭に出てきた巨大怪獣のくだりを、アニメでは相当膨らませています。前田さんから「怪獣の迫力」を描くためのイメージボードをいただき、それをProduction I.Gさんに「防衛隊と怪獣のバトル」として仕上げていただき、一気に『怪獣8号』の世界へと引き込む映像を作っていただきました。それだけでなく、これは『シン・ゴジラ』を作ったカラーさんならではですが、「討伐作戦監修」として、作戦遂行のリアルな流れを考証いただいたりしているんです。要は、怪獣が現れたとなったとき、防衛隊はいつくらいに現場到着して、どれぐらいで体制を立てて、討伐を始めるのか。そしてその作戦立案のシミュレーション自体も作っていただいて、それに合わせて演出をしているんです。 なので、ともに架空の存在である防衛隊と怪獣とのバトルを、リアルに感じていただけるんじゃないかなと思います。それはまさしく、『シン・ゴジラ』で僕らが感じたあのリアルさですよね。

■『怪獣8号』は“前向きになれる”作品

ーー第1話の放送が楽しみです。物語序盤では32歳の主人公・カフカの人生への葛藤のようなものも描かれますが、武井さんはカフカという人物についてどのように見ていますか?

武井:カフカって、誰に頼まれてもいないのに人助けをする人間なんです。最初にレノを助けるところからそうなんですが、2人きりのシチュエーションで、そもそも防衛隊でもないので大きな手柄になるとか、そういうわけでもないんです。でも体が動いてしまう、みたいなものであって。それで怪獣になってからも人助けをするんですけど、それも怪獣になってしまってるから明るみにされないし、できないんですよね。むしろ恐れられたり、疎まれたりする。そういう頼まれもせず、認められもせず、でも人助けをしている。そこがすごくいいなと感じています。

ーーそうしたカフカのキャラクター像に惹かれる視聴者も多いと思います。

武井:僕は松本直也先生のものの考え方がすごく好きで、と言っても漫画を通した感想でしかないんですけど(笑)。それこそさっきの怪獣とか自然観とかにも通じますが、日本人には「お天道様が見ている」というような価値観ってありますよね。誰に見られていなくても良心に従いたいよね、というような。そういう素朴な倫理観が、漫画『怪獣8号』で描かれているように思えるんです。少なくとも僕個人はそこが刺さりました。日常で様々な不条理に見舞われている人もいると思うんですけど、本作には「もう少しだけ踏ん張ってみようかな」と前向きになれる部分があると思うので、つい負の感情に吞まれそうになっているような人たちにこそ、観ていただきたい作品です。
(文・取材=間瀬佑一)

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