『光る君へ』ユースケ・サンタマリアの安倍晴明は絶品だ 毎回うさん臭い大河の「あきら」

NHK大河ドラマ『光る君へ』において、ユースケ・サンタマリア演じる安倍晴明が登場するたびにワクワクする。画面に映るだけで空気を一変させるその不穏さは、この物語が単なる絢爛豪華な平安絵巻ではないということを教えてくれる。

安倍晴明といえば、“神秘的なイケメンサイキックヒーロー”のイメージが強い。夢枕獏の小説『陰陽師』シリーズや、そこから派生した岡野玲子の漫画版、野村萬斎や稲垣吾郎らが演じた映像版などで、そのイメージを刷り込まれてきた。

フィギュアスケートの羽生結弦選手が、その映画版『陰陽師』のメインテーマ「SEIMEI」を使用していたイメージも強い。2018年平昌五輪での、この曲を使用しての金メダル獲得も記憶に新しい。

4月19日には、安倍晴明の若き日を描いた『陰陽師0』も公開される。演じるのは山﨑賢人である。ますますイケメンイメージに拍車がかかることだろう。

それらのパブリックイメージに敢然と逆行しているのが、『光る君へ』版の安倍晴明である。

だからこそ、諱の読みを一般的な「せいめい」読みではなく、あえて「はるあきら」読みにしているのではないか。「この物語の安倍晴明は、みなさんのイメージする安倍晴明ではありませんよ」との、メッセージではないか。その辺のことを、脚本の大石静に聞いてみたい。「全然違うよデコ助野郎」と言われるかもしれないが。

そもそも近年の大河において、「○○あきら」読みの人物は、みなうさん臭く不穏だ。

『麒麟がくる』において、土壇場で朝倉義景を裏切る朝倉景鏡(かげあきら)などが、その代表格だ。演じるのは、手塚とおるである。ユースケに負けず劣らず、うさん臭い役が似合う俳優だ。裏切る際のアカンベーが印象深い。ちなみに、この時裏切られる朝倉義景を演じているのは、ユースケだ。

『鎌倉殿の13人』における源仲章(なかあきら)も忘れられない。演じるのは生田斗真である。男前であるがゆえに、よりうさん臭さが際立っていた。鎌倉幕府をさんざんひっかき回した挙句、北条義時(小栗旬)と間違われて殺される。その際の往生際の悪さも、見事だった。

この2人にユースケ晴明(はるあきら)を加えて、「大河3大うさん臭あきら」と名付けた。今。

今作『光る君へ』はあくまで紫式部(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の物語であり、「SF伝奇ロマン」ではない。従って、安倍晴明も非現実的な能力は使わない。メインの業務は天文博士であり、天体観測により天変地異を予測するのが仕事だ。夜勤の仕事のため、昼間に呼び出されると機嫌が悪い。目元の朱がオシャレではあるが、あれは多分、寝不足によるクマだ。

倒れた藤原兼家(段田安則)への祈禱の際、巫女に死んだ藤原忯子(井上咲楽)の霊を乗り移らせるが、それも狂言であった。巫女に合図を送る指パッチンが妙にカッコよかった。

陰陽師といえば、紙人形などに命を吹き込んだ式神を操るイメージもある。もちろん、今作の晴明が式神を操る描写はない。ただ、ダンサーのDAIKI演じる従者・須麻流があまりにも謎めいているため、「式神なのではないか」と噂されているようだ。劇中で言及されてはいないが、そんな想像ができる「余白」を残しているところが心憎い。その辺りも大石静に聞いてみたい。「考えすぎだよデコ助野郎」と言われるかもしれないが。

しかし今作の晴明の怖さは、その「余白」の部分にある。今作におけるリアル晴明は、「中務省管轄の陰陽寮勤務の天文博士」という、今で言う公務員的な人間だ。サイキックパワーを使えるわけではない。

だが兼家に𠮟責された際、「いずれおわかりになるかと存じますが、私を侮れば、右大臣様ご一族とて危うくなります」と返している。「いつでも呪詛して殺せるぞ」と静かに脅しをかけている。

その後、廊下で出会った道長をジッと見つめている時、「こいつは面白そうだから長生きさせてやるか」とか考えていたのではないか。その後の3兄弟の命運を考えると、あり得ることだ。

わかりやすく言及はされないが、「実は超常的な力も使えるのかもしれない」と思わせる「余白」が、ユースケ晴明の最大の魅力だ。

「パッと見、うさん臭くて信用ならないが、どうやらそれだけではなさそうだ」という人物を演じさせたら、ユースケ・サンタマリアは天下一品である。特に『麒麟がくる』における、朝倉義景の初登場時のうさん臭さは必見だ。

高い元結にピンクの着物、大物ぶって常に笑顔だが、意に沿わないとすぐにスネる。志村けんのバカ殿様が、大河に降臨したような風情だった。クソ真面目な明智光秀(長谷川博己)との、「そなた、金がいるのであろう? くれてやろうぞ!」「いただく理由がございません!」のやり取りが、何度観てもツボにハマる。

だが、初登場時こそバカ殿然としていた義景だが、織田信長(染谷将太)との戦いが深まるにつれ、本来のサムライぶりを発揮していった。その最期も、先述の景鏡の裏切りにより、元・家臣たちに取り囲まれて銃口を向けられる。だが、そんな状況でも一切騒がず慌てず取り乱さず。

「ぬしら、誰に筒先を向けておる……。(略)わしは朝倉宗家、朝倉義景じゃー!!」

このシーンが思いのほかカッコよく、「わが生涯に一片の悔いなし!!」の時のラオウに見えた。

バカ殿からラオウ、この振り幅こそが、ユースケ・サンタマリアの真骨頂である。

寺山修司のボクシング小説を、映画『正欲』の岸善幸が映像化した、『あゝ、荒野』(2017年)も必見だ。

この作品のユースケは、閉鎖寸前のボクシング・ジムの会長である。初登場時は、他人のジムの前で自分のジムのビラを配っている。片目が潰れているため、常に黒いサングラスをかけている。もうゾクゾクするほどうさん臭い。

元・半グレの新次(菅田将暉)と、吃音症の理髪師・健二(ヤン・イクチュン)を、なかば無理矢理ジムに連れてくる。ケンカ自慢の新次にグローブをはめ、スパーリングで叩きのめす。

「引退して18年。そんな俺にパンチひとつ当てられねーのが、今のお前。……やろうぜ、ボクシング!」

おとなしく言うことを聞かないであろう相手に、まず力の差を見せつける。「うさん臭いのに実は強い」というギャップが、たまらない。飄々として人を食ったキャラなのに、実はめちゃくちゃ強い師匠。初期ジャッキー・チェン作品の蘇化子(赤鼻の師匠)みたいである。で、ありながら実は恋愛には純粋だったりもして、その辺のギャップも魅力的だ。

「パッと見のうさん臭さと本質とのギャップ」という、ユースケ・サンタマリアの本来の魅力が詰まった作品だ。前後編合わせて5時間強の大作だが、おすすめである。なにも予定のない休日などに、一気観するといいだろう。

このようにユースケ・サンタマリアの演じる役柄は、「初見はうさん臭いのに最終的にはカッコ良く見えてしまう」というパターンが散見される。

『光る君へ』の安倍晴明も、これからさらに本領を発揮することが予想される。ワクワクするではないか。

発揮しなかったら、申し訳ない。
(文=ハシマトシヒロ)

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