五輪メダル3個 元スピードスケート高木菜那さんの「転機」先輩からかけられた言葉

高木菜那さん(提供写真)

高木菜那さん(元スピードスケート選手・解説者・タレント/31歳)

2018年の平昌五輪では女子チームパシュートで姉妹揃っての金メダル。マススタートでも金獲得という快挙を遂げた元スピードスケート選手の高木菜那さん。ターニングポイントは五輪初出場だったソチ大会につながる、先輩にかけられた言葉だという。

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「考える」というきっかけになった先輩の一言が私の大きなターニングポイントでした。その言葉のおかげで初めて五輪に出られたと思いますから。だから、私が速くなれたり、強くなれたターニングポイントはそこなのかな、と思います。

そのシーズンはトレーニングを積んでも調子が上がってこなかったんです。体がうまく使えず、いいタイムが出せない状態が続いてました。

所属している実業団で先輩と同じトレーニングをしているのに、なぜ上にいけないのか自分ではわからなくて。自分のコーチや先輩やお世話になってきた人たちに「何がダメなのか」「どうしたらいいのか」とよく聞いていました。

返ってくる答えにはいろんなものがあり、そのアドバイスを試してみてもしっくりこなかったりうまくいかなかったりの繰り返し。

聞いた中の一人の先輩がこう言ってくれたんです。「まずは自分で考えろ」と。

「そして自分で考えたことに取り組んでみなさい」

簡単そうで難しいことで、できる人、できない人といると思うんです。

結果が出なくて、先輩に2度相談

それからはいろんな方からいただいたアドバイスをいったん置いておいて、自分はどうしたら速くなるのかを考え始めました。まず、いろんなスケーターのビデオを見て、研究して勉強したことを練習に移してやってみました。

そういう練習に取り組んでいましたけど、3カ月くらいたってもうまくいかなかったんです。タイムは上がらないし、レース結果にも表れない。自分で選んで自分で行動してみても、すぐに結果に結びつくなんて簡単なことじゃないんですよね。

「今やってることは意味あるのか」と疑問に思いました。選手なら誰でも感じることかもしれません。

実業団では多くの選手がワールドカップに出ているのに、私は国内戦を回っている状況で、シーズンが終わりに近づく時期には「ビデオで研究したり、自分で考えて練習してきたことは全部ムダなのかな」と不安になりました。

その先輩にもう一度相談したんです。

「いろいろやってみたけどうまくいかなくて、このままで本当にいいんですかね」

するとこう言ってくれたんです。

「自分が選んでやっていることが今は結果に残らなくてもいつか自分の力に変わるから。来年、再来年、何年か後には絶対自分の役に立つ。自分が努力してきたことや夢に向かってやってきたことに、ムダなことは一つもないんだよ」

そう言われてからです。「ムダなことってないんだ!」と思えて、努力や挑戦することが怖くなくなりました。

目標に向けて一つ一つやってきたことにはムダなことは何もない。私が速くなれたのは、多分そこからなのかなと思います。

五輪が近くなってくるので、落ち込んだり足踏みしてる時間はないと思い、考えて考えて練習を重ね、少しずついい結果が出せるようになりました。

挑戦することに怖さがなくなると、自分に必要なことは何か? ということにしっかり向き合いながらスケートに取り組めたんです。それが五輪初出場につながったのかなと思います。(※1500メートルとチームパシュートに出場)

妹・美帆の世界記録更新が新たなチャレンジのきっかけに

スポーツ選手が歩んでいく道は、どの道を歩めば正解なのかは誰にもわからないんです。自分の正解は自分で見つけなければいけない。

五輪での金メダルを目指して歩んでいるけど「本当にこの道で正しいのか」は、終わってみないとわからない。だから自分で選んだ練習方法を信じて進むしかない。そこにはすごく怖さがある。アスリートはみんなそうだと思います。

あのタイミングで先輩が2度にわたって言ってくれた言葉があったから怖さはありましたが、最後まで諦めずにチャレンジし続けながら、自分の道を進むことができました。

よく「金メダル獲得の瞬間がターニングポイントになったんですか」と聞かれることもあるのですが、私にとっての転機はいくつかありましたが、特に大きな瞬間はあの言葉をもらった時なんです。

もちろんソチの4年後、平昌五輪の金メダルはいろんな思いがつまった素晴らしい瞬間でした。それは先輩の言葉があったから、私はずっと戦ってこれたのかなと思います。先輩には感謝していますし、今も座右の銘です。

もう一つターニングポイントを挙げるとしたら先ほど触れた平昌で金メダルを2つ獲得した後のことです。

平昌五輪では「金メダルを取る」と明言してきたこともあり、目標を達成したことで、勝ち負けへの執着や悔しいという感情が湧かなくなっていたんです。

「この先続けていっていいのか」「伸びしろがあるのか」と思っていたのですが、妹の美帆が世界記録を出した時に、「悔しさ」を感じて。その瞬間また自分自身が速くなるために新しいことへチャレンジをする一つのきっかけになりました。

北京五輪に出場し、その後に引退を表明しました。今はチャレンジすることの大切さなど私の体験を全国でお話しさせてもらっています。夢に向かう素晴らしさを伝えたいですね。

▽高木菜那(たかぎ・なな) 1992年7月、北海道出身。2018年、平昌五輪でスピードスケート女子チームパシュートで金メダル、マススタートで金メダル獲得。22年、北京五輪でパシュート銀メダル。引退後はタレント活動や講演活動に取り組む。

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