柿澤勇人「“まだまだこれから”だと思っている」劇団四季を退団後、「初めて鼻っ柱をへし折られた」思い出の場所

柿澤勇人 撮影/冨田望

劇団四季で俳優活動をスタートさせ、退団後は舞台、映像とジャンルレスに活躍している柿澤勇人。この1月期にもっとも話題を集めたドラマ『不適切にもほどがある!』でも大きな注目を集めた。2022年に源実朝役で出演した大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での好演も記憶に残る。さらに子どものころには、芸事に生きる祖父と曾祖父の姿を間近で見ていたという柿澤さん。そのTHE CHANGEとは――。【第2回/全4回】

過信していた自分に蜷川幸雄の洗礼が

5月から彩の国さいたま芸術劇場で『ハムレット』の舞台に立つ柿澤さん。
取材も同劇場のロビーで行われたが、ここは柿澤さんにとって「特別な場所」だった。

学生時代、サッカーに夢中だった柿澤さん。しかし高校1年生のときに学校の課外授業で劇団四季のミュージカル『ライオンキング』を観たことで、人生が変わった。

そこから俳優を目指した柿澤さんは100倍以上の倍率を勝ち抜き、2007年に劇団四季の研究生になった。瞬く間に主演へとトップギアで駆け上がるも、09年末、劇団四季を退団。11年からは映像作品へも進出した。

――俳優を目指してから、すごい速さで進んできましたが、演出家の蜷川幸雄さん(1935-2016)に出会って「初めて鼻っ柱をへし折られた」とか。

「まさにここ(彩の国さいたま芸術劇場)ですよ。この場所です。おっしゃる通り、最初のころの僕は、全くのド素人だったのに、四季に入って半年で舞台に上がり、オーディションに受かってメインの役をつかみ、主役も務めました。

当時は“自分は天才なんじゃないか”と本当に勘違いしていました(笑)。それで“役者とは、演技とはなんだ”と考えるようになって、ミュージカル以外でも“俺はもっといける!”と思って退団したんです」

襟を正したくなる場所、彩の国さいたま芸術劇場

――とんとん拍子だったからこそ、早く外を見たくなったのでしょうか。

「あの劇団四季に入って2年半で主役まで上り詰めた。だったら外の世界でもいけるだろうと、本気で思っていたんです。でも売れないし、映像作品のオーディションには受からない。

舞台ならいけるだろうと思っていたところに蜷川さんの演出(2012年『海辺のカフカ』)を受けて、まあボッコボコです。僕だけボッコボコ(笑)。何回泣いたことか。泣きながら一人で稽古場に残って必死で練習しても、全然ダメでした」

――ここで居残り練習をしてたんですね。

「四季でやっていたんだからだと思っていましたけど、男優がそんなにいなかったから抜擢してもらっていただけ、運が良かっただけで、別に自分の実力でもなんでもなかった。
もっとできる人はいっぱいいるし、自分より才能のある人もいくらでもいるんだと突きつけられました」

――初めての挫折でしょうか。

「僕だけじゃないんですけどね。藤原竜也さんとか、吉田鋼太郎さんも、蜷川さんのもとでもっと大変な苦労をしてきただろうし、いろんな思いを経験してきただろうと思います。でも、ここに来ると、緊張します。襟を正したくなると言うか」

柿澤勇人 撮影/冨田望

バトンを引き継いだ“理解者”吉田鋼太郎とともに演じ抜く

――泣いて練習したときから12年。今度は、吉田さんが蜷川さんから芸術監督を引き継いだ「彩の国シェイクスピア・シリーズ」でハムレットを演じます。

「鋼太郎さんと最初にお仕事をしたのは『デスノート THE MUSICAL』(2015)のときでした。鋼太郎さんが死神リュークで、僕は主人公のライト。そのときからずっとお世話になりっぱなしです。ドラマでもご一緒しましたし、いろいろと悩んでいることを相談に乗ってもらったりしてきました。

蜷川さんが亡くなって、吉田さんがこのシリーズを引き継いだ1作目が『アテネのタイモン』(2017)。鋼太郎さん、竜也さん、横田栄司さんという錚々たる先輩方の中に入っての初参加。僕はそれが初めてのシェイクスピア劇だったし、わからない事ばかりで毎日やっていました。そしたらある時、鋼太郎さんが演出をガラッと変えたんです」

――というと。

「僕は武将の役だったんですけど、あるとき追放の刑を受けます。それに逆上して、“いつかこいつら全員に復讐してやる!”みたいに決めて国を発つんです。そのとき、国に対して、世界に対して、神に対して怒って叫ぶようなシーンがありました。普通は舞台で暴れまわるイメージですよね。でも鋼太郎さんは僕がひとりで客席に登場して、そこで芝居を完結させるようにしたんです。誰も思いつかないド肝を抜かれるようなシーンになりました」

――屈指のシーンとして評価を受けましたね。吉田さんは蜷川さんとはまた違い、頼れる兄貴的な存在なのでしょうか。

「そうですね。僕が考えていることはだいたい見抜かれているでしょうし(笑)。あ、鋼太郎さんが僕のことを“俺の若いころにそっくりだ”とかって言うんですけど、それは嬉しくないんですけどね」

――(笑)。

「それに僕は芝居のために人生を捧げるみたいな感じじゃなくて、本来はすごく穏やかに生きたい人なんです。ただ、僕のいま置かれている状況や、芝居に悩んでいるといった葛藤が鋼太郎さんには分かるのだろうと思います」

――いま置かれている状況、ですか?

「自分で自分のことを中途半端だと感じている。鋼太郎さんも、今のようになるまではずっと悶々としていたそうなんです。“全員、なぎ倒してやる!”と思っていたらしいです。

“まだまだこれから”だという僕の気持ちを分かってくれているとも思うし、僕に足りないことや弱いこと、逆に強みも分かってくれているのかなと感じます」

柿澤さんから、吉田さんへの信頼が伝わってくる。蜷川さんの魂が残り続ける、居残り練習をした同じ場所で、吉田さんとともにどんな『ハムレット』を生み出してくれるのだろう。

柿澤勇人 撮影/冨田望

柿澤勇人(かきざわ・はやと)
1987年10月12日生まれ。神奈川県出身。
2007年に劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』でデビュー。
劇団四季退団後は、映像作品にも活躍の場を広げる。主な出演作に舞台『海辺のカフカ』『デスノート THE MUSICAL』『メリー・ポピンズ』『ジキル&ハイド』『スクールオブロック』『オデッサ』、映画『鳩の撃退法』、ドラマ『真犯人フラグ』『不適切にもほどがある!』など。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で源実朝を好演したのも記憶に新しい。第31回読売演劇大賞にて優秀男優賞を受賞。5月に上演される彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』でタイトルロールのハムレットを演じる。

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