【大阪・関西万博1年】会場のシンボル“世界最大級”の木造建築「大屋根リング」に込められた思いとは 関係者が明かす…前例ない大量の木材確保&強度確保への試行錯誤

大阪・関西万博の開幕まで1年を切りました。万博会場のシンボルと位置づけられているのが、世界最大級の木造建築物である「大屋根リング」です。建設をめぐっては、約350億円の費用がかかることや万博閉幕後の活用方法が決まっていないことなどについて、批判の声が上がっています。そもそもなぜこの「大屋根リング」が建設されることになったのか。設計者や今回のプロジェクトに参加した会社への取材から、シンボルに込められた思いや意義について迫りました。

■世界最大級の木造建築物「大屋根リング」 設計者が語る「世界中がつながる、ひとつの丸に」

大阪・関西万博は2025年4月13日に開幕します。「大屋根リング」は、1周がおよそ2キロ、高さが最大で20メートルで、完成すれば、世界最大級の木造建築物となります。会場のコンセプトである「多様でありながら、ひとつ」を表現するシンボルです。

博覧会協会によりますと、はじめの基礎部分の工事が始まったのは2023年4月のことで、それから1年、「大屋根リング」は現在までにおよそ8割が完成しているということです。工事は順調に進んでいて、9月下旬にはリング型につながる見通しとなっています。

この「大屋根リング」の設計者は世界で活躍する建築家の藤本壮介さん(52)です。藤本さんはこれまでに東京の武蔵野美術大学の図書館や、香川の直島パヴィリオン、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオンなどのデザインを手がけ、最近では麻布台ヒルズに設けらたギャラリースペースの内装デザインも担当しています。藤本さんは今回の設計に至った経緯について、読売テレビのインタビュー取材に次のように話しました。

万博会場デザインプロデューサー 藤本壮介さん

「万博は世界中から多くの国が1つの場所に集まります。集まるだけでも、まさに“多様”ですが、それがうまく響き合って新しい関係が生まれたり、つながり合ったりするということが望ましいなと思いました。なので、“世界中がつながっている”ということを表現しようと思いました。会場の面積や機能性など様々なことを検証したうえで、一番シンプルに、ひとつの丸にメッセージを託そうと考えました」

大屋根リングはただの飾りではなく、①リングの下を来場者が移動するメインの動線として、雨や日差しなどから守ることができること、②上にのぼると、会場や海、大阪の街並みを見渡すことができる展望スペースとしての役割を担うこと、といった機能性なども併せて考慮してデザインをしたということです。

■「世界的に木造建築は注目」パリ五輪会場でも…日本で大型木造建築は増えず

また、藤本さんは「木造」にこだわった理由についても明かしてくれました。そこには、東京とパリに事務所を置き、ヨーロッパでも活躍する藤本さんならではの“気づき”がありました。

万博会場デザインプロデューサー 藤本壮介さん

「この5年くらいで、特に海外のクライアントでは民間・公共を問わず、木造建築に対する期待感というのがすごく増えていて、すでにパリでは高層や大規模の木造建築物の建設が相次いでいます。コンクリートの建物は製造過程で多くの二酸化炭素を出します。一方で、木は切って使っても、また新しく植えて再生していくという、“循環していく素材”で、SDGsの観点から木造がものすごく注目されています」

2024年夏に開幕するパリオリンピック・パラリンピックでは、選手村の8割と一部の競技会場などが木造だということです。

一方で、林野庁によりますと、日本ではデータがまとまっている中で最新の2022年度に着工された公共建築物の木造率(床面積ベース)は3階建て以下の低層では29.2%ですが、中高層の建築物も含む全体で13.5%にとどまっています。

万博会場デザインプロデューサー 藤本壮介さん

「日本は伝統的には木造建築物の分野が非常に強い。1000年以上前の東大寺や法隆寺、京都のさまざまな寺が今も残っています。伝統がしっかりあるのに、大型の木造建築物で、今、世界から遅れを取っているのはもったいないなと思ったのがきっかけで、大屋根リングを木造にしようと考えました。今の日本の技術力を使って、新しい大規模な木造建築物をつくれば、世界にアピールできるんじゃないか。これまでの伝統と未来を繋げて、これからの持続可能な社会への強いメッセージになるんじゃないかなと思いました」

そんな中で、藤本さんが「大屋根リング」の着想を得たのは京都・清水寺の舞台でした。ここで使われている「貫工法」と呼ばれる、木材を格子状に組み上げる伝統的な工法をベースに、それを現代的にアップデートして、世界に発信することにしました。ただ、藤本さんによりますと、こうした取り組みは今までなかなか試みられていなかったということで、建設にあたっては木材の加工の問題や強度の問題など様々なハードルがあったということです。

■課題①大型の集成材の大量生産 木造住宅800棟分の材料を確保するために…

まず、課題となったのが、木材を大量に確保することです。このプロジェクトに携わっている会社によりますと、これまで日本国内で建てられてきた木造建築の最大量は2000立方メートル強でしたが、大屋根リングは世界最大級の木造建築ということで、使用する量はゆうに2万立方メートルを超えるということです。つまり、一気にこれまでの10倍の量が必要になり、これは一般的な木造住宅で言えば、800棟分に相当するということです。

もちろん、単一の木から切り出される木材だけでは大きさや量、強度などの面で難しいことから、木材を接着剤で張り合わせて作る「集成材」が使われることになりました。

柱や梁などに使う大型の集成材を大量に作るという問題に取り組むことになったのが福島県浪江町にある「福島高度集成材製造センター(FLAM)」です。実は東日本大震災からの復興を目的に、新たな産業基盤を作るプロジェクトの一環でつくられ、大型の集成材を作る国内最大規模の工場として2023年から本格的に稼働を始めた、まだ新しい施設です。

この工場では、大型の木材加工が盛んなヨーロッパの最新設備を国内用に組み合わせて導入しています。原木はまず、3Dスキャンで形状を計測し、効率よくカットされていきます。強度別に分けられたあとは、特殊な切れ込みを入れて接着をしていき、できたものを重ね合わせていくことで強度が増した大型の集成材ができあがります。作業工程によっては、これまで半日かかっていたものを10分に短縮するなど大幅に効率化されていました。組み立てる際に必要な穴もデータに基づき瞬時に入れることができ、短期間での量産を可能にしたのです。

また、大屋根リングの北東部分のエリアについては、柱は国産のヒノキとフィンランドのアカマツなどをほぼ半数ずつ使用し、梁には福島県産のスギが調達され、使用されています。

藤寿産業 相澤貴宏 専務

「福島県は全国第4位の森林面積の森林県です。スギやヒノキ、カラマツといった強度の強い木材が産出されています。福島県産の木材の質の高さが活かされているという面で、大屋根リングは非常に大きな意義があると思っています。また、従業員は地元採用を進めてきましたし、福島県の林業の活性化はもちろん、東日本大震災からの福島県の復興を大屋根リングを通じて、国内外に示すことができたらいいなと考えています」

■課題②組み立てた時の強度の確保 “突っ張り棒”の存在

同時に直面したのが、組み立てた際の強度の問題でした。実は、今回の大屋根リングのように大きな木造建築物をつくろうとした場合、木だけを使った伝統的な工法では、現在の耐震基準を満たすことができません。

そこで、必要になったのが柱と梁の間で、いわば“突っ張り棒”の役割を果たす金物の存在です。

北東工区の施工を担当することになったうちの1社である大林組では、場所によって「かたさ」や「つよさ」の異なる3種類の金物を独自開発して、実験を繰り返したということです。実験では実物の大屋根リングに使っている接合部分と全く同じものを使って行い、横方向などに機械で力を加えながら、強度を確認しました。

2020年8月から実施設計が始まり、9月に貫接合の部分と柱脚部分の試験を実施。また、2020年11月から12月にも追加で貫接合部の試験を行ったということで、合計で十数体もの実大モデルを使いながら試験を繰り返し、ようやく強度を確保することに成功しました。

また、施工についても大屋根リングならではの問題があったと担当者は明かしました。

大林組 構造設計部 蔵野昌浩 担当課長

「特殊な建物は過去の類似案件の事例を参考にしながら、施工計画を立てます。しかし、大屋根リングほどの規模の木造建築物は、過去に実績がありませんでしたので、普段、木造を取り扱っている業者さんに複数ヒアリングしながら、施工の計画を立てていくという難しさがありました」

■設計者「万博で“大屋根リング”を見てもらうことが未来への大きな転換点になると確信」

2023年8月、藤本さんは大屋根リングの建設現場を初めてその目で確認しました。自分が思い描いた“多様でありながら、ひとつ”が実際に形になる様子をその目で見た藤本さんは少し興奮した様子で、同行取材をしていた読売テレビのカメラに次のようにその手ごたえを語ってくれました。

万博会場デザインプロデューサー 藤本壮介さん

「1000年以上の日本の木造建築の伝統を我々が引き継いで、しっかり受け止められたんじゃないかなという気はします。万博は何千万人の方を世界中からお招きして、その人たちに驚いてもらいたい、感動してもらいたいというのが私たちの願いです。まだ部分的にしかできていませんが、これは素晴らしいものになるんじゃないかなと確信は持てました」

世界中がつながる“ひとつの輪”…過去に例がない規模の木造建築は、様々な人の思いと苦労を礎に、もうすぐ完成の日を迎えます。

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