岡部たかし『虎に翼』寅子の父語る“人生の暗黒期”は新入社員時代「1年間ほんま辛かった」

(撮影:加治屋誠)

「僕は母が、箸の持ち方をちゃんと教えてくれなかったんです、この年になって初めて(石田)ゆり子さんから『箸の持ち方はこうよ』と教えられて、やってもできなくて(苦笑)。でも、とても幸せな時間でした」

4月に始まったNHK連続テレビ小説『虎に翼』で、伊藤沙莉演じるヒロイン猪爪寅子の父・直言を演じるのが俳優・岡部たかし(51)。

今回の朝ドラは、日本初の女性弁護士で、のちに裁判官を務めた三淵嘉子さんをモデルに寅子が法曹界に飛び込み、道なき道を切り開く物語だ。娘から大学の法科へ進みたいと相談されると、「大丈夫。父さんが全部なんとかするから!」と大見えを切るが、妻・はる(石田ゆり子)にはまったく頭が上がらない父を、ひょうひょうと演じている。

朝ドラの撮影後、ラフなスタイルで現れた岡部は「ヒロインの父といえば、歴代そうそうたる人が演じているので、僕がいちばん有名じゃないんじゃないかな?」

と、はにかんだ笑顔を見せた。和歌山県出身で、ふだんははんなりとした関西弁で話す。

近年、岡部が特に注目された作品といえば、’22年放送の『エルピス』(フジテレビ系)だ。長澤まさみ演じるヒロインに向かって「オバハン」と暴言を吐き、パワハラぶりを見せる一方、心の奥に正義感や志を持つプロデューサー役を演じて、一躍時の人に。

そして前作の朝ドラ『ブキウギ』では、ヒロインの生家の銭湯に集う「アホのおっちゃん」役。アクの強い役柄が光り、名前は知らずとも、顔を見れば「あっ!」と思う人も多いはずだ。

『虎に翼』のオファーを受け、妻役が石田ゆり子と知ると、「いや~まず夫婦として似合えへんのちゃうかなって……」と、岡部自身が戸惑ったという。

「お会いしたら、ぽわ~んとしててかわいらしくて、チャーミングで、みんなを和ませてくれて。僕にも気さくに声をかけてくれて猪爪家の家族は和気あいあいです」

撮影初日は、昭和期のお茶の水をイメージした橋の上でのロケで寅子と2人のシーンだった。

「緊張はありました。監督や皆さんに『ええやん』と言われるかどうか気になって。僕の場合、現場は初日で“これでいけるかどうか”決まる感じなんです」

初日の撮影で確かな手応えをつかんだようだ。主演の伊藤沙莉とも初共演。年齢は上でも「仕事では彼女が先輩」と謙遜する。

「仕事において僕はなんでも“初めて”が多いんです。でも沙莉ちゃんは、すでに経験されている。

だから僕が彼女に『あのスタッフさん、怖くないん?』とアドバイスを求めています。すごく頼りにしております(笑)」

なにより、彼女が現場で「あっ、お父さん!」と、自然に言ってくれるのがうれしいと笑みを浮かべる。

愛する娘を応援したい。同時に“理解ある父”としてカッコつけたい。でもいちばんは妻が怖い。

「人間的にも愛すべきお父さんだと思います。怖い妻の尻に敷かれる直言が“面白い”んです」

この“面白さ”は、自分の母や元妻との関係とも共通しているかもと、自らの半生を振り返ってくれた。

■お調子者だった学生時代から一変、就職した職場では一切喋らず暗い日々

岡部は’72年6月、和歌山県で生まれた。幼稚園のころは泣き虫の母親っ子で、ケンカに負けて帰ると「(相手に)唾でも吐いてくるぐらい強くなれ!」と怒られた。

「母親が強くて怖かったのは猪爪家と同じ(笑)。小学校からは明るくていちびりで、ものまねしたり、周りを笑わせるのが好きでした」

いちびりとは、関西弁でふざけてはしゃぐお調子者を指す言葉だ。小学5年生の担任の先生から「ひょうきん大賞」をもらうほど、クラスの人気者になっていた。

「みんなを集めて野球を始めたり、何かを一緒にするのが大好きで、友達は多かったですね」

中学校入学前に、厳格な母親からずっと欲しかったファミコンを買ってもらえる許しを得たが──。

「勉強せえへんかったら、ガーンと頭こづかれました。テストであかん点数とったらファミコン壊してゴミ箱に捨てられました(苦笑)」

’80年代に流行った『ビー・バップ・ハイスクール』をまねたくて、制服を改造。怖い母にバレないよう友人宅で着替えて学校へ通った。

高校は地元の工業高校土木科へ。『3年B組金八先生』や、トレンディドラマにハマった。

「学級委員にもなりましたが、成績じゃなく、『俺、なるなる!』って感じのノリ。修学旅行でカメラ向けられたら男同士でお尻出したり、とにかくいちびってました」

そんな性格が一変してしまったのが、高校卒業後、大阪の建設会社に就職し寮生活を始めてからだ。母親は安定した会社へ就職できたと喜んだのだが……。

「現場監督をしていましたが、誰ともなじめないし、めちゃくちゃ怒られたり、どつかれたり……。人間関係に恵まれない職場で、まったく人と喋らず、暗かったですね。学生時代と比べると、二重人格かと思えるほど違っていました」

週末に地元に戻り友人と会う時間が唯一の安らぎだったという。

だが、みんなは地元で楽しくやっているのに、なぜ自分だけ──。孤独を募らせて職場で指の骨を折ったことさえ誰にも言えなかった。

「一生ここで働かなあかんと思うと辛かったんです。

ところが上司が腹立つおっさんに代わると、そこから自分もヤンキーみたいに『うっさいなーコラァ!!』と口ごたえするなど、僕の中の“虎”が現れてしまったんです」

退職が決まると、職場の人々は、「俺のせいちゃうよな?」と責任逃れしていたという。

「1年間ですが、ほんま辛かった」

人生の「暗黒期」。今も、なじめない場所や、人見知りをしたときに、この苦しさがよみがえるという。彼の芝居の深みもこの経験があるからだろうか。

【後編】岡部たかし『虎に翼』寅子の父語る元妻への感謝「彼女の一言が僕に翼をくれた」へ続く

(取材・文:川村一代)

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