大坂はチームに打ち解け、日比野は「有明をやっと好きになれた」…日本に勝利を呼び込んだ選手たちの一体感【BJK杯総括】<SMASH>

ガラガラに枯れた杉山愛監督の声が、この2日間の激闘を、そして日本代表チームが放った熱を物語っていた。

女子テニス国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング・カップ(BJK杯)」のファイナル予選、日本対カザフスタン戦。日本が通算3勝1敗で勝利し、11月に開催されるテニス界のワールドカップこと「BJK杯ファイナルズ」の出場権を獲得した。

振り返れば杉山ジャパンの戦いは、1年半前に有明コロシアムで開催された、日本対ウクライナ戦から始まっていた。客席もまばらな重苦しい空気のなか、日本はウクライナの闘志に押されるように敗退。翌23年シーズンからの監督就任が決まっていた杉山は、その空間に身を置きながら、「こんな寂しい中で、選手たちに試合をさせるわけにはいかない!」との想いに身を震わせた。

そして23年、アジア・オセアニア予選という「どん底」からのスタートとなった杉山ジャパンの戦いは、予選を突破し、有明コロシアムでのプレーオフ、対コロンビア戦の勝利を経て、このカザフスタン戦へと連なる。

今回、日本代表のジャージに身を包んだのは、先のコロンビア戦では悔しい敗戦を喫した日比野菜緒に、予選ラウンド突破の主戦力となった本玉真唯。“最後の砦”として控えるのは、青山修子と柴原瑛菜のダブルスペア。そしてシングルス2に座すのは、昨年7月の出産を経て今季よりツアー復帰を果たした、大坂なおみ。大坂の日本代表参戦は、3年ぶりのことである。

久々に袖を通す代表ジャージに、1年半ぶりに立つ有明コロシアムのコート。それにもかかわらず、大坂がチームに打ち解けている様子は、開幕前日のチーム会見からもうかがえた。
日本語の質問を解する大坂が英語で返答し、隣に座るカリフォルニア育ちの柴原瑛菜に、「エナが通訳して!」と懇願する。質問を聞き逃した大坂に、杉山監督が英語で伝える場面もあった。「シュウコのプレーを見るのが楽しみ」と笑顔を向けた青山修子は、7年前に代表に初選出された大坂を、「グランパジョーク(親父ギャグ)」で笑わせ受け入れてくれたよく知る顏。柔らかな闘志と、チームの一体感が感じられる光景だった。

迎えた初日――。金曜日の14時という時間帯にもかかわらず、有明コロシアムには4,000人を超える観客が詰め掛けた。客席の至る所ではためく日の丸を見ながら、大坂は柴原に「もし負けちゃったら、普段のツアー以上に落ちこんじゃうだろうな」と胸の内を打ち明けたという。

チームの先陣を切ってコートに立ったのは、シングルス1の大役を担う日比野菜緒。対戦相手はダブルス巧者ではあるが、シングルスランキングは900位台のアンナ・ダニリナ。ただでさえ緊張する開幕試合に加え、「勝って当然」と見られる状況を、日比野は「正直、すごく嫌だった」と明かす。

そんな日比野に「次にみんなが控えている。思いっきりやってきてください!」と声を掛けたのは、今回は控えに回る本玉真唯。5カ月前のコロンビア戦では先陣を担い、日比野に「私は初戦好きなので、任せてください」と宣言した若手の成長株だ。

その本玉のエールに送り出された日比野は、相手に1ゲームしか与えぬ完勝を収める。杉山監督も「120点満点」と絶賛するエースのプレーが、チームに勢いを与えた。
続いてコートに立った大坂は、カザフスタンのエース、ユリア・プチンツェワ相手に序盤から気迫のプレーを披露。とりわけサーブが冴えわたる。第1セットは6-2で大坂が奪取した。

第2セットに入ると、杉山監督と大坂が言葉を交わす場面が増えていく。「彼女(プチンツェワ)は必ず、適応して調子を上げてくるから」

監督のその言葉に、大坂の気持ちも引き締まる。実際に相手のサービスが切れ味を増し、一層攻撃性を増すにつれ、監督と選手は状況を言語化し認識を重ねながら、対策も講じていった。6-2、7-6(5)のスコアは、そんな2人の意思疎通の足跡だ。

日本の連勝で折り返し、あと白星1つで勝利が決する2日目。8,000人に迫るサポーターで埋まったコロシアムは熱気がこもり、開始前から両国の応援団がエール合戦を繰り広げる。

前日に続き第1試合のコートに足を踏み入れる日比野は、「次には大坂選手も青山、柴原選手も控えている」と思うことで、勇気が得られたと言った。ただ同時に、「団体戦は何が起こるかわからない。できれば3連勝で決めたい」との思いもあったと明かす。

その思いは、プチンツェワとセットを分け合いなだれ込んだファイナルセットで、一層重みを増していった。先にブレークされる苦しい展開ながら、その都度、奪い返す。一球も無駄にしまいとボールに食らいつく日比野の気迫に呼応して、ポイントが決まるたびに、前列の観客たちは拳を振り上げ立ち上がった。その熱を全身に浴びながら、「この中で自分が勝利を決められたら、どんな気持ちになるんだろう」との思いが、日比野の脳裏をよぎる。
「ファイナルセットの(ゲームカウント)4-5あたりからお客さんのボルテージが上がったのを感じて。ここで、勝ちたいなって思いました」

タイブレークの2-6、相手の4ポイント連続マッチポイントという絶体絶命の窮地で、日比野を突き動かしたのはただひたすらに、その渇望だったろう。

最初のマッチポイントでは、相手がネット際で放つ強打を凌ぎに凌ぎ、ミスを誘った。気落ちした相手が立て続けにミスを重ねた後には、気迫のスイングボレー、さらには会心のエースを叩き込んだ。

試合開始から、2時間10分――相手を振って作ったオープンコートに、柔らかく、丁寧にボレーを沈めた日比野は、線審のコールがかかるより先に、その場にしゃがみ込んだ。追って湧き上がる大歓声が、日本の勝利を熱狂的に祝福する。

「勝利した時の自分は、想像できなかった」という日比野は、自然とこみ上げる涙をぬぐいながら、コートサイドで声援を送り続けた、チームの面々と手を合わせていく。その祝福の列の最後……現役時代からの盟友でもあるBJK杯コーチの奈良くるみと、日比野は固く抱擁を交わした。

その輪に杉山監督が、そして「ツアー優勝した時も彼女の涙を見たことがなかった」と言う長年のコーチ、竹内映二が降り重なる。それは、長く苦手意識を抱いていた有明のコートを、日比野が「やっと好きになれた」瞬間だった。

◆BJK杯1日目(4月12日)結果
〇日比野菜緒 61 60 アンナ・ダニリナ●
〇大坂なおみ 62 76(5)
◆BJK杯2日目(4月13日)結果
〇日比野菜緒 64 36 76(7) ユリア・プチンツェワ●
※大坂なおみ - アンナ・ダニリナ(勝敗決定により行なわれず)
●青山修子/柴原瑛菜 57 63 [9-11] アンナ・ダニリナ/ジベク・クランバエワ〇
[最終成績:日本 3-1 カザフスタン]

取材・文●内田暁

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