辻堂ゆめさん小説「ふつうの家族」連載スタート 10話まで無料公開中、「世代間ギャップ」テーマ挑む 福井新聞D刊限定

辻堂ゆめさん
伊藤健介さん

 4月1日から辻堂ゆめ・作、伊藤健介・画による長編小説「ふつうの家族」の連載電子新聞「福井新聞D刊」で始まりました。辻堂さんは、読み手を引き込む巧みなストーリー展開と、現代社会の深部を見つめるまなざしで、今最も注目を集める若手作家の一人。今作では家族の群像劇を通して、「世代間ギャップ」という誰にとっても身近なテーマに挑みます。新たな勝負作への思いを、辻堂さんが語りました。

 「ふつうの家族」あらすじ100年に1度といわれる大嵐の夜、郊外の街に一軒家を構える桜石家には、家を出た息子と娘を含む4人がたまたま一堂に会していた。どこか間伸びした家族の時間を一変させたのは、いつの間にかずぶぬれの状態で玄関に倒れ込んでいた若者。この男は何者で、嵐の中なぜうちにやってきたのか。誰が彼を家の中に入れ、2人はどういう関係なのか─。遠慮がちに腹を探り合う〝ふつう〟の家族と、高熱に浮かされる謎の若者との奇妙な一晩が幕を開ける。

⇒「ふつうの家族」第1話

⇒「ふつうの家族」第2話

⇒「ふつうの家族」第3話

⇒「ふつうの家族」第4話

⇒「ふつうの家族」第5話

⇒「ふつうの家族」第6話

⇒「ふつうの家族」第7話

⇒「ふつうの家族」第8話

⇒「ふつうの家族」第9話

⇒「ふつうの家族」第10話

⇒D刊で「ふつうの家族」をまとめて読む

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 この10年ほどの間で、社会環境が大きく変化してきたと感じます。

 例えばSNSが普及したことで、何かのニュースに対して「普通はこうあるべきだ」「常識に照らして、こんなことはおかしい」などと主張する強い言葉に触れる機会が増えました。そうした中で痛感するのは、何を普通だと思うかは十人十色だということ。「普通」という言葉自体が揺らいでいる気がしてなりません。

⇒D刊で連載小説「ふつうの家族」を読む

 私には5歳年下の弟がいます。「ゆとり世代」の私と、「Z世代」の弟。たった5年の違いなのに、上下関係への考え方などに世代間ギャップを感じることがあります。ましてや親子ほど歳が離れていたら、そこに横たわる溝も実は相当に深いはずですよね。

 この物語に登場するのは、60歳前後の夫婦、会社員の息子、大学生の娘の4人家族です。

 父親と母親は私自身の両親とほぼ同年齢。私は執筆に当たって身近な人を取材することが多いのですが、今回は何時間もかけて父親からじっくり話を聞きました。すると、初めて知ることの多さに驚きました。若い頃は上司から厳しくしごかれて、自分の部下は優しくケアしなきゃいけない。そんな少し気の毒な世代であることも知りました。

 家族に取材するのは初めてではありません。「十の輪をくぐる」という作品で、新旧の東京五輪をめぐる親子3代の物語を描いた際、福岡県大牟田市から東京に出てきた過去を持つ祖母に話を聞きました。「今までの作品で1番好きだよ」と言ってくれた祖母が他界したのは、刊行から1年もたたない頃でした。

 祖母が私に教えてくれたのは、どんなに平凡に見える人でも、1冊の小説になるような物語を持っているということです。誰にも語られることなく消えていく記憶が無数にある。その事実に私は圧倒されました。

 だから、今作は私の中で「十の輪をくぐる」とつながっているんです。あの時は祖母、今回は両親。家族というものの在り方を考えていく上でも、私にとっていつか取り組まなければならないテーマでした。

 最近はよく「なぜ社会的な題材を扱うようになったのですか?」と聞かれます。デビュー当時の私はファンタジー要素の強い作品や、青春ミステリーを多く書いていました。たしかに最近は、無戸籍者の問題を扱った「トリカゴ」など、作品を通して社会的な問題と向き合うことが増えています。「答えは市役所3階に」では新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)されながら生きる人々を描きました。

 意識的に社会的なテーマを選んでいるわけではないんです。ただ毎回、これまでの自分を超える作品を書こうとしています。その結果、以前なら書く自信のなかった難しいテーマに、少しずつ挑めるようになってきたのだと思います。

 現在、私には幼い娘と息子がいます。執筆に充てられるのは、子どもたちが保育園に行っている間のみ。どうしても時間が足りないときは寝かしつけてから書く、そんな日々です。この子たちと私もきっと、世代間ギャップを抱えながら、これからも多くの時間を共有することになるのでしょうね。

 読者の皆さんにも、世代は違うけれど大切な誰かがきっといると思います。そうした身の回りの人々との関係と重ね合わせながらこの物語を読んでいただけたら、とってもうれしいです。(談)

「ふつうの家族」第10話まで無料公開中

⇒「ふつうの家族」第1話

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 つじどう・ゆめ 1992年生まれ。神奈川県藤沢市辻堂出身。
東京大学法学部卒業。「東京大学総長賞」を受賞。2015年、第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、「いなくなった私へ」でデビュー。「トリカゴ」で大藪春彦賞受賞。「十の輪をくぐる」で吉川英治文学新人賞候補。2022年には青春ミステリー「卒業タイムリミット」がNHK総合で連続ドラマ化された。

 挿絵の伊藤健介さんコメント 一見すると普通に思える人から、びっくりするような過去や経験を聞くことが僕もよくあります。ちゃんと見ないと分からない人間の深みや秘密、あるいは奥行き。それはただ美しいものでもなく、怖かったり、不気味だったり、さまざまな要素を含むはず。イラストによって、そうした小説の魅力の一端を担いたいと思います。

 いとう・けんすけ 1980年静岡県生まれ。広告制作プロダクションを経て、2013年よりフリー。雑誌、新聞、WEBメディアでイラストを手がけるほか、中島京子さん、真下みことさん、美和和音さんらの作品で挿画を担当。イラストレーターズ通信会員。

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