国体見直し

 そういえば県と市町の間でどちらがより多く負担するのか押し付け合っていたのを思い出す。長崎がんばらんば国体の5年前。体育館建設といった施設整備に使う費用を巡り「県の財政支援は他県より見劣りする」「いや、できる限りはしてるんですけど」と譲らぬ両者。そんな話だった▲もうそれから15年。たぶんこの間も全国の開催県で同じような“内輪もめ”が起きていたんじゃないかと想像する▲全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事が国民体育大会から改称した国民スポーツ大会を「廃止も一つの考え方だ」と踏み込んだ提案をした。理由は持ち回りで開く自治体の人的、財政的負担の重さ▲「白紙で議論した方がいい」と強調しつつ、有力選手は世界選手権などを優先して出場しないし、人口の多い都道府県の選手層が厚くなる中で順位を競うことに本当に意味があるのか、とも。全国の知事からは賛否の渦▲福岡などにある国体道路が象徴するように、国体は戦後のスポーツ振興だけでなくインフラ整備にも大きな役割を果たした。廃止になった場合、マイナー競技の活躍の場など気になることがあれもこれも▲それでもあえての一石なのだろう。少し大げさに言えば、昭和の当たり前が令和の非常識になってきていませんか、と問いかけているようにも映る。(竹)

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