『愛と死の間で』名脚本家の筆致とケネス・ブラナーが絶妙に溶け合った輪廻転生サスペンス

90年代初頭と言えば、『羊たちの沈黙』(91)や『ミザリー』(90)を筆頭に数々の優れたサスペンス映画が生まれた時代。その真っ只中で公開を迎えた『愛と死の間で』は、決してアカデミー賞や国際映画祭で受賞を重ねた作品ではないものの、クレバーな筋書きとアンサンブルの軽快さに一度観たらすっかり虜になる。知る人ぞ知る秀作とはまさにこのことだ。

監督、主演を務めたのはケネス・ブラナー。80年代、シェイクスピア作品をはじめとする舞台芸術で頭角を現した彼だが、20代の終わり、さらなる挑戦を求めて映画界へと船出し、ありったけの情熱を注いで作り上げた初監督作『ヘンリー五世』(89)が評判を呼ぶ。この成功を機に彼のもとにはたくさんの映画の企画や脚本が押し寄せるようになり、舞台公演中のロサンゼルスの楽屋で、当時の妻エマ・トンプソンとたまたま目を通して気に入ったのが『愛と死の間で』だった。

この脚本を手掛けたのはスコット・フランク。ブラナーと同じ1960年生まれで、大学卒業後はバーテンダーをしながらデビューのチャンスを窺っていたが、秀でた才能が映画業界のプロデューサーたちの目に止まるのも早かった。キャリア最初期に『リトルマン・テイト』(91)や『愛と死の間で』で世間をあっと言わせた彼がその後いかに大成したかは、『アウト・オブ・サイト』(98)、『マイノリティ・リポート』(02)、『LOGAN/ローガン』(17)といった名脚本のタイトルを挙げるだけでお分かりいただけると思う。近年ではドラマシリーズ「クイーンズ・ギャンビット」(20)を成功に導いた立役者(脚本、監督、製作)としても有名である。

『愛と死の間で』予告

輪廻転生を巧みに取り入れたストーリー


本作はとにかくその筆致が面白く、グイグイ読み進めさせる疾走感がある。現実に根差したサスペンスかと思いきや、途中でツイストして、大胆に型を破っていく驚きがある。もっと具体的に言うならば、この物語の核となるのはなんと、輪廻転生とカルマなのだ(決してネタバレではなく、これを前提に話が展開する)。

主人公は4人いる。まずは1940年代に生きた音楽家の男女。二人は愛し合い結婚するものの、ある日、女が刺殺されたことで男に容疑の目が向けられ、やがて殺人犯として死刑判決が下される。果たして彼は本当に女を殺したのか。それとも他に真犯人がいるのかーー。

こういった未解決の謎を提示しつつ、舞台は90年代へ。記憶喪失の女性の身元調査を依頼された私立探偵マイクは、ひょんなことから催眠術をたしなむアンティーク商と知り合い、試しに術を受ける中で、いつしか女性のみならず自分の前世さえも垣間見ることに。どうやら両者の間には切っても切れない因果めいた関係性があることを知る。さてここから、90年代の男女の運命が、驚きの形で動き出していくのだが…。

一人二役で演じる斬新な試み


実のところ、脚本家のフランクが脚本上で想定していた主演俳優の人数は4人。40年代の音楽家の男女、そして90年代の記憶喪失の女と私立探偵は、それぞれ全く別の俳優によって演じられるはずだった。しかし監督と主演を引き受けたブラナーはここで新たな方向性を打ち出す。すなわち、自分自身と当時の妻エマ・トンプソンの二人で、つまり一人二役で計4つの役柄を演じ切ると宣言したのだ。

「輪廻転生」という概念をストーリー上で機能させるには、観客が納得しうる、それ相応の説明的なくだりが必要だ。仮に演者が脚本通りの4人だったとするなら、各々の容姿が全く異なることから、各々の結びつきを示す説明が極めて複雑なものになっていたはず。一方、ブラナーが試みたようにこれを2人で演じると、同一の俳優が二つの時代に姿を現すだけで、そこには何らかの時を超えた繋がりがあることがスムーズに伝わる。もちろんこれを成立させるには、俳優としての揺るぎない力量と二人のコンビネーションの確かさが不可欠なわけだが、結果的にこのケネス&エマの一人二役のキャスティングが本作をわかりやすくしたと言っても過言ではない。

『愛と死の間で』(c)Photofest / Getty Images

脇役ロビン・ウィリアムズが作品にもたらしたもの


とは言え、世の中には輪廻という概念について懐疑的な人も少なからずいる。欧米では特にそうらしい。かくなる土壌で効果的にストーリーを展開させるには一体どうすべきか。

スコット・フランクの脚本が優れているのは、ケネス・ブラナー演じる主人公=私立探偵をまさにその懐疑的な側の役柄に設定し、目の前の事態に「まさか!?」「そんなわけはない!」とリアクションを取らせつつ、彼にとって最も信じがたい顛末へ自らの力で歩んでいかせている点である。

また、輪廻とカルマをよく知る専門家が登場するのも見逃せない。元精神科医で現在はスーパー店員として働くその男を演じるのはロビン・ウィリアムズ。言わずと知れた80〜90年代のスーパースターが、こんな小さな役で出演しているのも驚きだ(どうやらスタジオ側が彼の起用を要望したらしい)。アドリブの宝庫のような演技にブラナーも最初はかなり戸惑ったらしいが、しかしどこか危なっかしくて謎めいた空気を漂わせる彼がスーパーナチュラルな現象について説明してくれることで、一気に物語に説得力が増す。思えばこの時代、『羊たちの沈黙』のレクター博士といい、『バックドラフト』(91)の放火魔バーテルといい、悩める主人公に別の次元から助言を与える特殊な役柄が頻出していたように思えるのは私だけだろうか。

カラー映画にモノクロを取り入れるという決断


作り手たちが下した重要な決断がもう一つある。それは全編カラーで撮影した映像を部分的にモノクロパートへ変えるということだ。過去と現在が入り乱れる複雑な筋書きの中、こうして現代はカラー、過去はモノクロという具合に区別化した方が、観客にとってよりわかりやすいのではないかと考えたのである。

実は、この英断がなされたのは、絢爛豪華な仮面パーティーをはじめとする過去シーンをカラーフィルムで撮り終えた後のこと。これほど大規模なシーンをゼロから作り直すわけにはいかないから、結果、これらの映像は全て後からモノクロ現像されることに。

カラーを念頭に準備を進めてきた衣装、美術、撮影スタッフにとってはショックも相当大きかったはずだ。しかし痛みを伴うこの措置には、誰が見ても歴然とした効果があった。話の流れはこれによって極めて明快に理解できるようになり、クライマックスへ向けてのジェットコースターのような疾走感も増した。まだ30代になったばかりのケネス・ブラナーの統率力、決断力の確かさにはまったく舌を巻くばかりである。

『愛と死の間で』(c)Photofest / Getty Images

ちなみに、若気の至りか、あるいはブラナーならではの禁断症状か、よく見ると細部にストーリーとは関係のないシェイクスピアの小ネタが散見できて、これまたニヤリ。冒頭に登場する囚人番号「25101415」はヘンリー5世のアジャンクールの戦いの年月日だったり、ブラナーが怪しい男と格闘する場所が「シェイクスピア橋」(実在する橋らしい)だったり。他にもこっそり埋め込まれたネタはいくつかあるのかもしれない。

かくも一本の中に、伝えるべき主要な筋書き、それを成立させるための技法やアイデア、よりよくするための決断、はたまた遊び心を詰め合わせた本作。全てのバランスが絶妙で話の流れにもいっさい淀みがないこの映画の輝きは、誕生から30年以上が経過した今なお、宝石のように全く色褪せることがない。何度も見直して堪能したい、それに値する一作である。

参考資料:『愛と死の間で』(パラマウントジャパン)DVD音声解説

文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。

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