教養系テレビ番組の批評性とは? NHK Eテレ プロデューサー・秋満吉彦インタビュー「鋭さとエンタメ性を保ちたい」

昨年、『名著の予知能力』(幻冬舎)を刊行した秋満吉彦氏は、名著を25分×4回で読み解くNHK Eテレの番組『100分de名著』を10年以上担当するプロデューサー。番組を作っている本人は、いかに本と出会い、名著についてどう考えるようになったのだろうか。(円堂都司昭/3月29日取材・構成)

■本の読み方をSFに鍛えられた

――子どもの頃から本と親しんでいたんですか。

秋満:小学生時代は、マンガばかり読んでいました。手塚治虫、萩尾望都、石ノ森章太郎など神のごとき存在がいましたから。ところが、小学6年生の時、同級生が読書コンクールで金賞をとりまして、恥ずかしいことに、それをカッコいいと思って、自分も中学1年生で本を読んだ。父親の本棚から一番薄いカフカ『変身』を選んだのですが、読むのに難航して4月から7月までかかった。面白いけど意味がわからない。でも、不思議な話が大好きになってSFを読むようになり、SF翻訳家・研究家の野田昌宏さんの『SF英雄群像』を、文庫化された1979年に手にとりました。同書で紹介されていたスペースオペラが面白そうで、東京創元社や早川書房の本を探し読み始めた。『宇宙戦艦ヤマト』、『未来少年コナン』など、SFアニメが盛り上がり始めた頃です。

――『スター・ウォーズ』の製作1作目(『新たなる希望』)の日本公開も1978年でした。

秋満:名著の番組をやっているから、古典を読んでいたと思われがちですが、SF漬けだったんです。天文学者カール・セーガンの本をテレビシリーズにした『コスモス』に影響され、アインシュタインの相対性理論やウラシマ効果を知ったのはその頃。NHKラジオで「ラジオSFコーナー」というSF短編の朗読番組があって、海野十三「生きている腸」が素晴らしかったのも記憶しています。早川書房の世界SF全集を図書館で片っ端から読みました。

今考えると、人間社会や文明を俯瞰的に見るSFの思考実験が、大学で哲学を学ぶことにつながったと感じます。未来をシミュレーションすると今の社会の歪みが見えたりする。エンタテインメントとしてSFを読んだけれど、常識がひっくりかえる快感、SFでセンス・オブ・ワンダーといわれるものが哲学的思考の走りになり、自分の読書の原点となりました。すぐ後には『機動戦士ガンダム』というエポックメイキングな作品に出会い、正義や悪は相対的だと感じたし、『100分de名著』で小松左京やスタニスワフ・レム『ソラリス』といったSFを時々とりあげるのは、本の読み方をSFに鍛えられたからだともいえます。

――文庫にはだいたい巻末に解説がありますけど、まめに読む方でしたか。

秋満:読む方です。SFだと意味がわからないこともありますけど、解説でクリアに説明してくれるのも、ある種の批評でしょう。『SF英雄群像』もガイドブックだけど批評なんですよ。ジャンルの歴史、作品同士のリンクを紹介してくれて、作品を斜めから別の角度で読むことも教えてくれた。

――大学時代の1980年代は、ニューアカデミズムと呼ばれた現代思想がブームでした。

秋満:「知と軽やかに戯れる」なんてキャッチフレーズがありました。僕は真面目に本を読んでいたから、「軽やかに」? と思いましたけど、もっと自由でいいと浅田彰さんや中沢新一さんに教わった。修士までメルロ=ポンティを研究しつつ、現代思想を面白く読みました。大学では三島由紀夫とか、『100分de名著』で紹介したような文学系のものにもたくさん出会って楽しかったですね。それは、番組であつかう本のセレクトにつながっている気がします。

――NHK入社後、『100分de名著』を担当するとなった時は、待ってましたという感じだったんですか。

秋満:僕が新人の頃、哲学の番組ができないかと思っていたら「なにを血迷って一番映像にしにくいものを! ドキュメンタリーを撮れ」といわれ、ドキュメンタリー系ばかりやっていました。知的な解析や、教養から世のなかを見るといったことは好きだったのですが、テレビではできないらしいと早々に挫折して、以後はずっと美術番組を作りたかったんです。ビジュアルのある美術ならテレビで勝負できるし、作品の思想背景も大事になるので。だから、千葉放送局にいて美術番組を1本作った時、そういう番組を担当する部署に異動希望を出したら、美術番組を作るNHKエデュケーショナルには異動できたんですが、『100分de名著』を担当するようにいわれて、えっ、美術番組にまた行けないの? というのが最初の感想でした。とはいえ、本は好きだし『100分de名著』は見ていましたから、実際に番組を担当して2ヵ月目に、こんなに面白かったんだ、自分の天職じゃないかと感じました。

『名著の予知能力』にも書きましたが、2014年12月にシェイクスピア研究者の河合祥一郎さんが講師で『ハムレット』をとりあげた際、司会の伊集院光さんが河合さんも思いつかない解釈を打ち出した。台本にない展開で、それは『ハムレット』が時空を超えて自分の物語になったと錯覚するくらいの衝撃でした。自分がやりたかったのはこれだと、そこでスイッチが入った。私が新人の頃、CGは高価な技術でしたけどコストが下がったため、本を紹介する演出の自由度が高まったことも追い風になりました。今年で番組を担当して11年目に突入しますけど、幸運だったと思います。

■現代に切りこむことを意識して製作

――『100分de名著』の放送開始は2011年でしたが、すでにフォーマットがある番組を引き継ぐのは、どういう感じなんですか。

秋満:番組は東日本大震災直後の4月から始まり、僕が引き継いだのが2014年。テーブルに並べてもらったテキストでいうと、ドストエフスキー『罪と罰』、トルストイ『戦争と平和』をとりあげたのは前任者の時ですね。この仕事をしていれば、自分ならこうするのにと考えることはある。まず変えたのは本を朗読する方の人選。第一線で活躍する方へのブッキングにもチャレンジしようとディレクター陣に相談して、アンネ・フランク『アンネの日記』の満島ひかりさん、シェリー『フランケンシュタイン』の柳楽優弥さん、エンデ『モモ』ののんさんなど素晴らしかった。アニメーションに関しても、哲学系が得意な人、物語系が得意な人、それぞれいるから、2チームを4チームにして番組の引き出しを増やそうとしました。

講師の解説は骨子は決めますけど、ガチガチに決めない。フリートークが面白いので、ディープに語れる仕組みにしようとしました。また、とりあげる本の幅を広げた。以前は著者が故人の古典ばかりでしたが、石牟礼道子『苦海浄土』、大江健三郎『燃えあがる緑の木』は著者が存命中だったし、レヴィ=ストロース『野性の思考』も亡くなって7年後。現代の著作や一般的知名度が低いものにもチャレンジするようになりました。平和論、フェミニズム、パンデミックといったテーマを設定してのスペシャル番組も、現代に切りこむことを意識して製作しています。中興の祖としていいリニューアルができた実感があります。

――私が朗読で印象的だったのは、ミッチェル『風と共に去りぬ』の龍真咲さん、ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』の石丸幹二さん。龍さんは宝塚歌劇版、石丸さんはディズニー・アニメ『ノートルダムの鐘』日本語版に出演した方だけに臨場感がありました。

秋満:『風と共に去りぬ』は講師を担当した翻訳家の鴻巣友季子さんのこだわりもあって、主人公のスカーレット・オハラが表向きに話していることに自身が心のなかでツッコミを入れるところにディレクターが着目してくれたんです。宝塚版では建前と本音を2人のスカーレットが登場して演じる場面があって、それができる人として龍さんにお願いしました。

――番組でとりあげる本には、哲学や評論のようなノンフィクションと、小説のフィクションがありますが、あつかい方の違いは。

秋満:哲学や思想、仏典はあつかいが難しいと思われる方が多い。カント『純粋理性批判』など難しそうですけど、哲学は筋がないぶん意外と換骨奪胎しやすいんです。テーマごとに並べて内容と順序を変えるとか、構成や切り口の面で自由度が高い。普通の文学作品だと起承転結があって、それは入れ替えられない。月に全4回の放送で筋に縛られつつ、各回のテーマを設定するのは難易度が高い。

例えば『風と共に去りぬ』だと、主人公が好きな人を友だちにとられるところから始まりますけど、彼女が挫折を味わう途中が文学的テーマを設定しやすい。鴻巣さんの読み解きは、その先の南北戦争以後の状況が現在のアメリカの分断につながるというもの。同作は映画のイメージが強く、主演のヴィヴィアン・リーは美しかったですけど、原作では特にきれいに描かれてはいない。家も映画ほど豪華ではない。ならば、作者はリアルに書こうとしたという点から1回目を始めるのがいいのではないか。そうしたことを事前に講師と議論しながら決めなければいけない。

――『100分de名著』の100分って時間の長さが絶妙ですよね。映画1本観る時間で名著がわかるといえば手軽な印象だけど、1カ月に4回かけて考えるといえば熟読だと思える。

秋満:見ないで批判する人から「タイパ(タイムパフォーマンス)番組」、「わかった気になるための番組」といわれますけど、実際にご覧になると、通だって唸る部分があるはず。もちろん全部を語るわけではなく、泣く泣く取捨選択しますけど、本のエッセンスを紹介するには落とせないという部分は意識します。

とはいえ、やっぱり原典を読んでほしいんです。そのためにどんな仕掛けをするか。1つは、問いに正解を出しきらず、硬くて消化しにくい部分を残しておく。すると視聴者が「これはなんだろう」と原典を読みたくなる。制作者としては、これであなたは完全にわかると、作品を定義したりしないことを心がけています。

■なにかに導いてくれる批評がなくなることはない

――秋満さんは『行く先はいつも名著が教えてくれる』(2019年/日本実業出版社)、『「名著」の読み方』(2022年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、名著に関する本を出されていますが、昨年刊行の『名著の予知能力』は、名著を通して現代社会を考える内容で、以前の本より批評性が高いと思いました。

秋満:以前はビジネス系の編集者から声をかけられることが多く、サラリーマンが元気に仕事にとりくめる要素を入れてほしいと自己啓発的な内容を求められることが多かった。でも、幻冬舎の竹村優子さんから依頼をいただいた際、僕は自己啓発寄りの提案をしたんですが、そうではない方向に引っ張ってくれたんです。名著を読むと現代社会をここまで映していたのかと戦慄することがある。新書の相談をするうち、番組の舞台裏で感じてきた『名著の予知能力』をテーマにするのはどうでしょうとなって、もともと僕はそういうことが書きたかったので、ありがたかったです。

――最近は批評というものへの風当たりが強くなりましたが、そうしたなかで『100分de名著』のような番組を作る難しさとは。

秋満:「俺が好きなものに面倒くさい理屈をつけるな」という人はいますし、原典自体を楽しむのが一番基本だとは思います。ただ、より深くへ行ける、なにかに導いてくれる批評がなくなることはないし、それこそ僕らの社会が育てていくべき分野でしょう。

実は『100分de名著』には批評的な部分をすごく入れているんです。『名著の予知能力』に名著は現代を読む教科書だと書きましたが、名著に目を通すと現代社会の歪みやまずい部分が、自分の生き方も含め見えてくる。毎回そういう角度を打ち出しています。でも、あまり批評とはとらえられていない。伊集院光さんのキャラクターもあって、得をしているところがあるんです。面白がって自分の解釈をいれたり楽しそうにやっているから、面倒くさい理屈を立てているとは受けとられない。実際は深いところを掘ったり、社会を批判する部分がある。そこはやり方次第かなと最近は思っていて、切っ先の鋭さは保ちつつエンタテインメント性を持たせることを考えています。

批評って一方的な批判になりがちですけど、そうではなく対象に近づき批判をしつつ可能性を引き出す営みだと思います。「批評」という言葉はウケがあまりよくないので、呼び方にこだわらなくてもいいかなとも感じますが。

――秋満さんはテレビを通じて読書の楽しみを伝えているわけですが、電子書籍もだいぶ普及しています。読書環境の変化をどうとらえていますか。

秋満:読書の手段の多様化には肯定的ですし、僕はAudibleを歩く時など移動時間に使っています。耳で聞くとやはり本のとらえ方が変わるんです。なかには、聞くだけではよくわからないものがあって、劉慈欣『三体』は、漢字がないと人物名がすっと入ってこなかったり(笑)。でも今、遠藤周作『白い人・黄色い人』を寝る前の夜中に聞いているんですが、イメージの増幅力や心に侵襲してくる感じが、活字より強度が高い時があって怖くなります。昨今はYouTubeやTikTokなど映像コンテンツにむかいがちですけど、意外と音声だけというのは強い。だから、未だにラジオがなくならないし、ポッドキャストなど音声メディアには豊かな可能性がある。僕らもラジオ特番『101分目からの100分de名著』を2回やって、けっこう好評でした。

また、Kindleなら旅先に本をたくさん持っていかずにすむ。紙と電子と両方役割があって、絶版になった本が電子書籍でまた読めるようになるのは素晴らしいし、共存共栄していけばいい。

一方、『100分de名著』はそれを目指してはいないのですが、タイパ的と思われているふしがある。YouTubeなどに名作が簡単にわかりますといった動画がありますけど、出来の悪いやつは本当に簡単なあらすじだけになっています。わかった気になる、何倍速で見るという流れだけではよくないでしょう。歩く速度でゆっくり味わうことでしか見えない風景は、絶対あります。カミュ『ペスト』は大好きな作品ですけど、番組では主人公中心の話にならざるをえない。僕にはサブキャラがとても面白いんですが、なかなか触れられない。同作に関し、講師を担当したフランス文学者の中条省平さんとゲストの思想家・内田樹さんが出演した最終回では、面白い話がまだつまっているので、これだけで読んだと思わないでくださいと、2人が口をそろえ強調していました。インスタントな理解は要警戒だと思います。

――10年以上、名著の番組をやってきて、名著に関する考え方は変化しましたか。自身の人生を大きく変えた本は。

秋満:そのような本は3冊あって、エンデ『モモ』、フランクル『夜と霧』、岡倉天心『茶の本』です。僕はかつて、名著を読むのは個人的な体験だと考えていました。でも、以前『100分de名著』に出演していた島津有理子さんが、番組で紹介した神谷美恵子『生きがいについて』に感銘を受けたこともきっかけの一つとなり、アナウンサーを辞めるという出来事がありました。彼女は小さい頃に医者になりたかったけれど、女性がなるのは大変だと親にいわれ夢を封印した。でも、同書をきっかけに、今ならギリギリ間にあうかもしれないと、アナウンサーを辞めて大学へ通い、医師になった。そのニュースを目の当たりにして、本が人生を変えることがある、人に与える影響は計り知れないと、覚悟を持って番組に臨まなければいけないと自分を戒めるようになりました。

――今後、番組でとりあげたいものは。

秋満:スペシャル版ではあつかいましたが、レギュラーで1作のマンガを100分読むことはやりたいですね。また、今年3月の最終週に石垣りんさんをあつかいましたけど、詩や俳句も本格的にやってみたい。Eテレには俳句や短歌の番組がありますけど、それらは投稿を募る内容なので、現代の詩、俳句や短歌の名作を深く読む回を作りたい。企画を通すのは大変でしょうが、チャレンジしたいです。

(円堂都司昭)

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