全野球ファン必見! 『完全密着 侍ジャパン~WBC全勝優勝の真実~』が捉えた“本気”の思い

大谷が吠える。ダルビッシュが投げる。ヌートバーがペッパーミル。日本中を興奮と感動のるつぼに叩き込んだ「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC」(以下、WBC)。侍ジャパンが劇的な全勝優勝を決めたあの日から、早くも1年が経つ。

あの興奮をもう一度味わいたい。世界一の裏側にあったドラマをもっと知りたい。そう思っている人も少なくないだろう。そんな人なら間違いなく必見なのが、Prime Videoで3月1日から配信が始まったドキュメンタリー『完全密着 侍ジャパン~WBC全勝優勝の真実~』だ。全6話、約300分にわたって、たっぷりと侍ジャパンの裏側を見せてくれる。

本作は、ドキュメンタリー映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』で監督・撮影を務めた三木慎太郎監督をはじめとするチームが再び結集して作り上げたもの。選手、監督それぞれを掘り下げているのが大きな特徴だ。いわば侍ジャパンの群像劇、人間ドキュメントである。

本作のために栗山英樹監督をはじめ、選手やコーチ、スタッフへのインタビュー撮影が新たに行われた。また、これまで未発表だった強化合宿や試合の裏側の映像も大量に投入されている。深い信頼関係を結んだ三木監督にしか引き出せない、選手たちの素顔や本音も見逃せない。

第1話では、ベテランのダルビッシュ有投手(サンディエゴ・パドレス)がチームの結束のために見せた献身的な振る舞いが描かれる。ダルビッシュから最初に教えを受けた戸郷翔征投手(読売ジャイアンツ)は、「わかりやすい」「野球人生の中ですごい財産」と賛辞を惜しまない。若きエース、佐々木朗希投手(千葉ロッテマリーンズ)や宮城大弥投手(オリックス・バファローズ)、高橋奎二(東京ヤクルトスワローズ)にも丁寧に言葉をかけて、高度な技術や繊細な感覚を伝えていく。

ダルビッシュは侍ジャパンのさらに向こう側を見ている。今の球界を見たとき、「監督やコーチの選手に対する言葉に愛を感じない」と語るダルビッシュ。彼にしかできない発言だ。そんな中、侍ジャパンに集まっている選手は、いつか指導者になる可能性が高い。

「若い選手たちが他の人に接する態度や言葉を勉強していくことで、将来的にみんなが監督やコーチになったとき、日本の野球界は変わっていく。そういう部分も自分は意識している」

日本ハム時代に投手コーチとしてダルビッシュを指導していた吉井理人投手コーチ(現・ロッテ監督)は、「やんちゃなダルビッシュではなくなっていました」と目を細める。そんな吉井コーチも若い頃はやんちゃだった。だから野球は面白い。

とはいえ、百戦錬磨のダルビッシュでも、1次ラウンドの韓国戦での先発前は極度の緊張に襲われていた。この年初めての対外試合がWBCの本番。さらに日本で投げるのは12年ぶりだったのだから無理もない。

ブルペンで始球式に備えてキャッチボールをする岸田文雄首相のすぐ脇で、時の最高権力者に背を向けたままイヤホンをつけて寝転がっているダルビッシュの貴重すぎる映像も収録されている。ブルペン捕手を務めた鶴岡慎也は「逆に総理が気を遣ったんじゃないですか」と笑う。世界一を決めた後、シャンパンファイトの締めの言葉を託されたのもダルビッシュだった。どんな言葉だったかは本編で確認してほしい。

第2話では侍ジャパン初の日系選手ラーズ・ヌートバー選手(セントルイス・カージナルス)の思い、第3話では試合中に負傷してしまった源田壮亮選手(埼玉西武ライオンズ)と急遽出番が回ってきた中野拓夢選手(阪神タイガース)、第4話では不調を乗り越えて劇的な一打を放った村上宗隆選手(東京ヤクルトスワローズ)と快足を飛ばしてホームを駆け抜けた周東佑京選手(福岡ソフトバンクホークス)に迫る。

印象に残ったのが、負傷で欠場した源田の「自分がチームのために何ができるのかっていうことだけを考えていた」という言葉だ。自分の代わりに出場した中野がタイムリーエラーをしたときは、ベンチで隣に座って「絶対に大丈夫だ」と言葉をかけ続けた。メキシコ戦でホームランを浴びて、マウンドで悲痛な表情を浮かべる佐々木朗希に駆け寄り、真っ先に声をかけたのも源田である。

図抜けた身体能力と高い技術を持つ侍ジャパンの選手たちだが、それだけではチームは強くならない。きっと全員が多かれ少なかれ、源田のような意識を持っていたのではないだろうか。だから侍ジャパンは強くなったのだ。ちなみに合宿から不調に苦しみ、豪快なホームランを連発する大谷翔平(当時:ロサンゼルス・エンゼルス/ロサンゼルス・ドジャース)のバッティング練習を目の当たりにして自信を喪失してしまった三冠王・村上宗隆を指さして、「負けた? 負けた? 負けた?」と満面の笑顔でとどめを刺しにいったのも源田である。

絶不調だった村上宗隆は、劣勢だったメキシコ戦での終盤の守備について「記憶にない」「立ちくらみをするぐらいだった」と赤裸々に吐露している。しかし、3打席連続三振の後の第4打席で平凡な三塁ファウルフライに倒れたとき、初めていい感触を掴んだという。勝負の第5打席ではWBCで初めていい気分で打席に入り、逆転サヨナラ打を放った。

第4打席の後、SNSは村上と栗山監督への非難で荒れに荒れたが、そんな中、本人は不調脱出のきっかけを掴んでいた。これも野球の面白さを感じるエピソードである。第5打席の初球ファウルを見た瞬間、すかさず「ジャパンはこの打者に賭けるべきだ」と語ったアメリカの実況アナウンサーの慧眼にも恐れ入る。さすが野球の本場で鍛えられた目だ。

第5話は、球史に輝くスーパーヒーロー、世紀の二刀流、泥だらけのクローザー、1000億円の男、大谷翔平。第6話は、「リーダーシップはない。選手を愛しただけ」(出典:THE NIKKEI MAGAZINE)と、らしすぎる名言を放った栗山英樹監督にスポットが当てられている。どちらも見どころ満載である。

まもなくプロ野球が開幕を迎える。海の向こうのメジャーリーグでも、大谷翔平選手がドジャースに移籍、山本由伸投手が大谷選手のチームメイトになるなど、開幕に向けて盛り上がりが高まっている。球春到来、春こそ野球の季節だ。その前に『完全密着 侍ジャパン~WBC全勝優勝の真実~』を観て気分を高めておこう。野球がさらに面白くなるはずだ。

(文=大山くまお)

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