企業再生のプロが明かす、優れた戦略以上に「飲みニケーション」が企業再生に重要な理由

「もう、我慢できません!コンサルタントってここまでやらなければいけないんですか?」こういい残して一人のコンサルタントが、事業再生の現場から去っていった。彼は一流企業で華々しい実績を挙げてコンサルタントになった。その経験を活かして不振企業の復活のお手伝いがしたいといってコンサルタントになったのだった。
しかし、現実と理想のギャップはあまりに大きかった。華々しいキャリアといっても、所詮は大企業の枠組みの中で決められた定型業務をしていたに過ぎない。再生の現場では、戦略より人とのコミュニケーションが復活の決め手になる。使えない正論より「具体的な客」「明日の資金」のほうが大事だし、瀕死の重症を負った組織には、レポートよりも「この人となら地獄の果てまでついていく」という信頼感のほうが重要だ。だから、地頭のよさよりも人望、リーダーシップといったヒューマンスキルや最後まであきらめない粘り強さ、そしてどんなことがあってもめげない、打たれ強さが求められる。

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有名コンサルファームの提案書がほこりをかぶっている理由

最近、「あなたの職業は何ですか」と聞かれて答えに困ることが増えてきた。我々の仕事が変わってきているのだ。

「レポートはいりません。お客さんを紹介してください。実際に実務を助けてください」

我々が再生支援先の顧客から言われる言葉だ。実際、我々のプロジェクトのキックオフでは、「ほこりをかぶった提案書」の熟読からスタートすることになることがある。事業が毀損する前に入ったコンサルタントが手掛けた分厚いレポートだ。

我々のようなコンサルティングファーム後発組は、「現実に成果を出すための支援」にこだわらなければ仕事はこない。世の中のコンサルタントが成果にこだわっているのは知っている。しかし、現実は、多くのケースにおいて「成果にこだわるレポート」を出しているに過ぎない。我々は、成果は具体的な行動からしか生まれないし、具体的な行動は「実際にやって」見せて、はじめて組織に定着されることになると思っている。

我々の仕事は事業再生である。しかし、事業再生といっても財務のリストラでもなければ人のリストラでもない。それら「過去の清算」が済んだ後に組織に入り込み、現場と一緒に汗をかき、現場と一緒に戦略を組み立て、時に、我々が自らライン責任を持ち事業を推進する。我々の人脈を使って取引先や顧客を紹介し一緒に営業に出る。現場とひざ詰めの議論を繰り返し、「頭でわからない」のなら、「我々が代わりにやって」見せる。一緒に仕事をすることで、「プロの仕事の仕方」が現場にしみついてゆく。現場が活性化し組織が自ら考える力を持ち、事業競争力が高まってゆく。だから、「かっこいいコンサルタント」のイメージを持って入社してくる「エリート君」たちは3カ月と持たないことになる。「こんなことなら前の会社のほうがよかった」となってしまうわけだ。

過去を否定できない体質を生み出す致命的な構造

私たちの再建計画を聞いて、既存組織の経営陣は頭を抱えていた。涙を流しているものもいる。「自分たちのやってきたことが、現場を知らない素人に全否定されている」ように聞こえるからだ。

我々のような外部人材に支援を求める組織が業績不振に陥ったのには、さまざまな原因が大きく3つのパターンに類型化できる。

ひとつは、社長の放漫経営である。社長以外の役員はみなそれに気づいている。しかし、誰もそれを言わない(言えない)。

過去、神風が吹いて大成功を遂げた企業が、成功体験から抜けきれず、世の中が変化しているのに自己改革を怠った結果というケースもある。その場合は、「お前ら素人に何がわかる」という態度となる。彼らは、この期に及んでも自己否定をしない。頭ではわかっていても体がついていかない状況になっている。

最後に、組織全体がサラリーマン化し、自分でリスクをとる仕事の仕方をしてない。外の環境はどんどん変化し、中国などから安価な競争品が入ってきているにもかかわらず、ゆで蛙のように昔の仕事のやり方を続けていたために業績不振に陥ったケースだ。この場合、我々からの反省論は「右から左」に流れ、誰も聞く耳を持たない。

いずれのケースにおいても、現状の組織の状況を客観的にデータで示しても現経営陣と信頼感は生まれず、むしろ抵抗勢力と化すことが多い。伝え方を含め、事前のコミュニケーションなどの「地ならし」が最も大事だ。

事業再生プロジェクトを始めるために必要な3つのポイント

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不振企業に入り込むときに必要なものは3つある。

ひとつは、明確な成長戦略のコンセプトだ。

経営のセオリーにしっかり裏打ちされた原理原則が後ろのあることが大事だ。小手先だけのテクニック、狭い範囲の経験談など役に立たないだろう。再生が進むにつれ、プロジェクトは紆余曲折し、不信感と倦怠感から進むべき方向性に疑問を呈する声があちこちから聞こえてくる。そんな時、誰も否定できない筋が一本通った明確なコンセプトが必要なのだ。「1年以内に、XXX社と取引を開始する」など、できれば期限を設ける。目標は具体的であればあるほどよい。

2つめが適切な組織、体制の構築である。

従来の組織の延長で再生プランを手がけても、うまくいかないことが多い。こうなるまで放っておいたのは既存の組織だ。その組織が心を入れ替え、明日から全く違うやり方をするというのは考えにくい。志の高い若手社員が組織の論理に埋もれていたり、部署同士の政治ゲームに巻き込まれたりと、不振企業の「不振の原因は組織にある」ことが多い。「戦える組織」を作るため、徹底して現場のヒアリングを繰り返し、既存組織のヒエラルキーに当てはまらない抜擢人事を行うことになる。必要とあれば外部から専門家をつれてきて実務補完を行って組織を作り上げる。ここは、できるだけ外部の目をいれ、客観性を担保したいところだ。

最後に、「絶対に再生できるという信念」だ。とくに、改革の先導者たる者、毎日のように現場を鼓舞し、常に明るい将来を語らなければならない。再生現場では、改革が遅々として進まず株主や社員などから責任追及されることもあるし、鉄砲玉は味方から飛んでくることも日常茶飯事だ。また、極限状態に陥った人は、失敗した場合は自分の進退さえ頭によぎることがある。そうなれば、誰でも保身に走り、エクスキューズ(弁明)を他責に求めるのは心情だ。こうした心に打ち勝つためには、誰よりもその事業を愛し、その事業が必ず復活できるという信念が必要になるというわけだ。

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「クイックヒット」を数多く打て!

クイックヒットをできるだけはやくに出すことが大事だ(Delmaine Donson/istock)

再生が始まった組織では、度重なるリストラと「土足で上がりこんでくる外部の人間」に、不安と疲弊が入り混じった状態になっている。彼らにとって真っ先に必要なのは「短期で出せる成果」による「成功体験」だ。我々は、こうした「短期に出せる成果」のことを、「クイックヒット」と呼んでいる。

クイックヒットは必ずしも経営課題と直結していなくてもよい。成果の大きさよりもスピードのほうが大事だ。我々の経験から言えば「最初のクイックヒットは1カ月以内に打て」である。

「成長は成果を生み出す」というが、現実は逆で、「成果が成長を生み出す」というのが我々の実感である。とにかく小さな成果を組織で共有し、挙げた成果を全員で喜ぶ雰囲気を作り上げる。こうした「小さな成果」の積み上げによって、組織の戦闘能力はどんどんあがってゆく。

復活の秘訣、「ABC」の徹底とは?

再生事業を復活させることができる秘訣を一言でいえ、といわれれば、我々は「ABC」と答えることにしている。

ABCというのは、「A=あたりまえのこと」を「B=ばかにせず」、「C=ちゃんとする」の頭文字をとったものだ。業績不振企業に入り込むと、我々のような外部スタッフに、一振りしたらすべてが変わる「魔法の杖」を期待している人が多いことに驚く。しかし、我々が手伝えることは、経営と実務のPDCA (Plan Do Check Action)をひたすら実直にまわすことだけだ。こんな当たり前のことができていない、また、我々から言わせればやり方が甘いのが現実だ。「改革のレバー」(ここを引けば改革が進む)は、ABCプロセスの中にあることが多い。

たとえば、大した調査もせずに海外の市場は駄目だという。私が「そんなことはない」といっても、聞く耳を持たない。二言目にはネガティブな意見を言ってお茶を濁す。そんなときは、「なら、一緒に調べに行きましょう」と海外に同行する。現場に出て、現実に海外の顧客と交渉をする。もちろん、うまくいくこともあるし、失敗することもある。しかし、不振企業の組織では、こうした「即実行」というアクションがとられず、企画に対しての検証が放置されていることが多い。「海外出張は金がかかる」とか「この大事なときに旅行か」などと嫌味を言われ、つぶされてしまうのが落ちだ。また、なぜか日本人的発想というか、海外出張に行けば、必ず成果をあげてこなければならないという恐怖感から出不精になる、また、こういうやり取りが面倒くさいから海外に行くのをためらってしまう。こんな理由で、社内に評論家が増えてゆくのである。

飲み会から逃げてはいけない

最近では、「最後は飲みニケーション頼み」という管理職はダメ上司の典型として茶化されているが、現実はそんなことはない。レポート業務中心のコンサルタントならいざ知らず、我々のように現場に入り込んで実務を行う側からしてみれば、飲み会は信頼を得るためのきわめて重要な場である。特に、業績不振の組織では旧体質の文化が残っており、いまだに「夜の居酒屋」で重要事項が決定することが多い。また、「飲み屋で最後まで付きあえる人」に対して信頼感を感じるというのも事実だ。特に、アジアなどの現地法人とのコミュニケーションは「酒の酌み交わし」は信頼獲得の必須条件である。

飲み会が批判されるのは、酒の勢いに任せて上司や会社の悪口を一緒に言ってしまうからだ。また、生産性のない議論を延々としてしまい、次の日に遅刻をするとか、ノミュニケーションに参加できない人が仲間はずれにされてしまうからである。

だから、酔ったとしても正論を言い続ける、会社の悪口を言い始めた社員に対して毅然として夢を語るなど、自分のスタンスを守り抜けばよい。

そうした負の部分さえしっかりコントロールさえすればプラスの効果、たとえば、そうすれば、本音を聞き出し、たまっている鬱憤をテーブルの上にだすことで人として信頼を確認できる場としてこれほどよい場はない。もちろん、すべての人に飲みニケーションを勧めるわけではないが、可能であれば積極的に参加し、現場に交わろう。

現場の信頼を得てはじめて戦略が正しく実行される

再生支援に入った企業から、ほこりをかぶった戦略コンサルタントのレポートを渡されたとき、内容を読んで何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。アカデミックなコンセプトと最新の経営用語が横文字で並んだ提案書は複雑すぎて、誰に対して何をすればよいのか書かれていない。

部分的に拾い読みしてみれば、それらしいことも書かれているのだが、その裏にあるロジック、背景にあるメカニズムやリスクについては読み込めない。少なくとも経営の勉強をそれなりにしてきた私でも内容は分からなかった。

実際、ある戦略コンサルタントのいうとおりに問屋をはずして「中抜き」をした結果、中間流通から総スカンを食らい、工場稼働率が半分に落ちて大赤字になった製造業の建て直しを行ったこともある。

その提案書には「段階的に直接取引の可能性を模索しながら、注意しながら進めてゆく」と書かれてあった。しかし、「注意しながら」で済まされるほど現場は甘くない。現場はもっとドライで冷徹だ。「俺は、やる気はなかったのだが、先生(コンサルタント)が言うことだからやってやったよ」という態度だ。信頼感なくして正論を説いても、正しいメッセージを伝えられないということはこんなところからもわかる。

現場に対する配慮が大事

現場のやり方を変えるときは、その意思決定のプロセスに現場を巻き込む。重要な意思決定の事項ほど「一緒に作った」という共有感が大事なのだ。少なくとも、既存の決定事項をトップダウンで落とし込むというやり方はできるだけやるべきではない。

一方、こういうステップをきっちり踏んでいると、当初目指していた方向感がずれてくることがある。

このとき、譲れない部分と現場に任せる部分の見極めが大事になる。明らかに間違った方向に議論が進んでいるということが分かっても、そのままやらせたほうが無理に軌道修正するより成果に直結することが多い。経験が少ない人は、この段階で判断に迷い、現場と喧嘩することが多い。「このとおりやったら自動的に成果は出てくる」ということはほとんどない。担当者が「腹落ち」し、心のそこから納得している時にだけ成果は出せるのだ。また、成果がでたら、「本当はもっとよいやり方があった」などと言ってはいけない。「そのやり方だから成果が生まれた」と積極的に評価をしてあげることが大事だ。こういう地道なコミュニケーションを通して現場は活性化してゆくのだ。

事業再生の本質とは何か?

昨今のコンサルブームからか、事業再生という言葉の響きからか、「私も再生をやりたいです」という候補者の多くが当社の門をたたくようになった。彼らに、「なぜ再生をやりたいのですか」と聞くと、判を押したように「人助けをしたいです」という。また、裏では冒頭に上げた新人のように、「大企業で勤めた経験」を自分の力と勘違いし、人にものを教える立場に立ちたいという意識も見え隠れする。

しかし、我々は「人助け」と思ってこの仕事をしたことは一度もない。再生の局面ではむしろ「人いじめ」のような判断さえ必要になってくるからだ。再生の現場は、強いトップダウンによる戒厳令体制に近いといったほうが実情を表している。だから、誰にでもよい顔をしてもうまくいかないのだ。自分が全知全能の神になったつもりで乗り込んでも、現実はコンサルタントの名刺を持っているだけ、「実際は自分は人間だった」と気づくだけである。だから、こうした時、再生支援をする側に必要な意識は、なによりも事業に対する正しい評価に徹することだ。「この事業は残すべきだ」「この事業には将来性がある」という目と確信である。事業を残せば結果的に社会のためになり、結果として人のためになる。こうした考え方が、どの局面においても一本筋の通った判断を可能にする。

我々が、事業再生という仕事をあくまでも「事業視点」で考える最大の理由はここにある。

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プロフィール

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

筆者へのコンタクト
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