大型住宅管理人は住民とのプライベートな会話は厳禁…人妻との不倫など期待することなかれ【65歳アルバイトの現実】

常に低姿勢で「申し訳ありませんが…」

【65歳アルバイトの現実】#17

公営住宅管理人編

◇ ◇ ◇

「林山さん。大型住宅の管理人をやったらどうですか? 楽しそうですよ」

知人の女性からこう言われた。テレビドラマでは初老の管理人が住人と親しく会話し、ときに人妻と不倫を味わう場面などを見かける。「何か良いことがあるかも」と淡い期待を抱いてある会社に応募した。

訪ねたのは都内の公営住宅に管理人を派遣している会社。面接官は社長の倉橋氏(仮名)だ。仕事は午前9時~午後6時で、一日に2カ所の住宅を管理する。午前中に1カ所を終えて午後にもう1カ所に移動。実働8時間で時給は1400円だ。

意外だったのはこの業界は人手が足りているということ。「重労働でないから応募者がけっこういるんです」と倉橋氏は言う。5階建てと6階建ての物件を上から下まで見回りして壁にひび割れや水漏れがないかを点検。電球が切れていたら脚立に乗って交換する。

そのあとは事務所に戻って来客に対応。フリースペースを借りたがる住人に書類を書かせたり、入居を検討している見学客を案内したりと仕事は少なくない。

「書類が数十種類あるのでそれを覚えるのが少し大変です。常識程度のパソコン能力も必要。最初はベテラン管理人がマンツーマンで指導し、問題がなければ採用。防災管理者の資格を取っていただきます」

防災管理者の資格は消防署で2日間の講習を受ければ取れる。費用の6000円は会社が負担するが、勤務開始から3カ月以内に退社した場合は全額を返還しなければならない。

マイナス面はないかと聞いたら、倉橋氏は「う~ん」と首をひねり、「住人に高齢者がいることでしょうか」と答えた。年金暮らしの高齢者は暇を持て余しているため、管理人に会うと世間話を始め、30~40分に及ぶこともある。途中で「サヨナラ」と話を打ち切ると恨みを買うことも。「あの管理人は私を無視した。この住宅に向いていないのでほかの人に代えて欲しい」と管理会社にクレーム電話を入れる住人もいるそうだ。

また、飼い犬が敷地内でウンチをしたため後始末を頼むと、「管理人さん、あなたがやってくださいよ。こちらは管理費を払ってるんだから」と目くじらを立てられるケースも。そこで「犬の管理は飼い主の責任です」と反論すると、相手を逆上させる恐れがある。

「大切なのは短気を起こさず、常に『申し訳ありませんが……』と低姿勢でお願いすること。人柄が穏やかな人にふさわしい仕事です」

いろいろと苦労が多いが、うまくすれば人妻とお近づきになれる。いい思いをするには我慢が重要だ……。と考えていたら、「個人情報の交換はダメです」と欲望にクギを刺されてしまった。

住人とプライベートな会話をするのはご法度。「管理人さん、どこにお住まい?」と聞かれて教えるのもルール違反だ。私的な質問を受けたら「会社の決まりでお答えできません」と拒否しなければならない。

「今は個人情報にうるさい時代。朝帰りが続く女性に『夜のお勤め、ご苦労さまです』と声をかけ、『あの管理人は水商売の私をバカにした』と抗議されたケースもあります。本人はほんの挨拶のつもりでしたが、やむなく解雇しました」

なるほど世間は厳しい。かくして私のアバンチュール大作戦は実行前に頓挫したのだった。 (つづく)

(林山翔平)

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