【コラム・天風録】天下の回り物

 井上ひさしさんはたびたび、岩手県一関市で作文教室の講師を務めた。声がかかると、一も二もなく手弁当で力添えをしたらしい。戦後に一関で過ごした少年時代の苦く、温かい恩義があった▲地元の書店で年配女性に辞書の万引を見つかり、井上少年はまき割りを言い付かる。終えると、辞書と駄賃までくれた。女性はもう、この世にいない。返せぬ恩は別の人に施す。施しは次へ。井上さんには、ぐるぐる回す「恩送り」のつもりだった▲同じく天下の回り物であったお金が滞っている。親を亡くした子どもに奨学金を配る「あしなが育英会」も台所が苦しいようだ。申請件数は過去最多なのに資金が追い付かない。全額給付に切り替えた2023年度は、申請者の半数も受け取れなかった▲あしなが奨学金で進学をかなえた若者たちが20日から、全国で街頭募金に立つ。広島市中心部やJR福山駅前でも呼びかける。行動の底にあるのは、まさに後輩への恩送りの思いと聞く▲井上さんとも親しかった永六輔さんの書いた色紙の一節を覚えている。〈生きていることは/誰かに借りをつくること〉。返すべき相手さえうろ覚えの身としては、せめて恩送りを―と思う。

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