唯一無二の工藤静香【80年代アイドルの90年代サバイバル】自ら砂漠へと向かう女王の孤独  ロックもバラードも変幻自在に歌の世界で演じ切った工藤静香の90年代

リレー連載【80年代アイドルの90年代サバイバル】vol.5- 工藤静香

「黄砂に吹かれて」で見せつけられた中島みゆきとの相性

工藤静香の魅力は、本当に不思議だ。歌はうまい。表現力も素晴らしい。ヤンキーたちの永遠のマドンナで、まさに “静香姫” と姫をつけたくなる妖艶さを持っている。文句なく美しい。それは重々承知だ。しかし同時に、彼女を見ると、必ず一種の戸惑いを投げかけたくなる。

「なぜ、どんどん一般ウケから離れていくのか」と――。デビューまもない80年代は、バブル期と重なっていたので見た目にもとても派手だった。ただ、ほかのアイドルと違ったのは、噴水の如く立てた前髪の乙姫巻き、へにゃっと垂れる極太泣き眉、紫や黒のルージュ、イケイケのファッションと、全方位、どこをとっても強めに感じる反骨精神。

聴くだけでなく、観るヤンキーアイドル歌謡として最強だったが、“爽やかで健康的” という人気者の王道からどんどん遠ざかる彼女の狙いをどう解釈すればいいのか、うむむと考えることを余儀なくされるのだ。しかも、歌番組で観るたび毎回である。正直、今でいう “カースト上位” なたたずまいは、苦手だった。しかし目が離せない!

私はこれを “工藤静香による美の恐喝” と呼んだ。苦手なのに姿を追ううちに1980年代のラスト、「黄砂に吹かれて」で、まさかの中島みゆきの世界との相性の良さを見せつけられることに。彼女が中島みゆき楽曲とこんなにマッチするとは――。私の思う中島みゆき楽曲と、工藤静香の印象は逆。敗者絶望目線のみゆき節と、圧倒的勝ち組感漂う静香姫のオーラ。接点がないどころか、間にナイル川が流れているくらいの距離の遠さを感じていたのに。

中島みゆき作詞が初起用されたのは1988年にリリースされた4枚目のシングル「FU-JI-TSU」だったが、これは明るい後藤次利のメロディーとアイドルらしい振付というオブラートで包まれ、歌詞にある “街角ピエロ” もファンシーな彩りをもって響いていた。ところが、「黄砂に吹かれて」は違った。強気な彼女から出る哀愁! 一気に大人びて “つらい恋の歌” を聴かせる歌手へと変貌し、手に負えないほどの色気があふれ出ていた。そしてそれは、90年代の “女王の孤独” のターンへと続いていくのだ。

圧倒的な満たされなさと、ヒンヤリとした覚悟、唯一無二の “女王の孤独感”

1990年に入ると、売れっ子ゆえの激務で少々疲れが見え、それがまたアンニュイな魅力となり、中島みゆきの世界にぴたりとハマった。  ちなみに1990年リリースの「私について」を初めて聴いた時のことをよく覚えている。

というのも、商品の宣伝句ではよく聞くが、歌の歌詞として登場するとは思っていなかった “もれなく” という言葉が出てきてビックリしたのだ。この言葉が入ることにより、恋愛で “お互いを知る” という深度の違いからくる絶望感がジワリと出ている。中島みゆきってやっぱりすごい!と工藤静香を通して改めて教えてもらった。

その後も1993年の「慟哭」、1996年の「激情」、1998年の「雪・月・花」と、こちらが忘れたころに中島みゆき楽曲をシングルで出してくる工藤静香。そのたびに、圧倒的な満たされなさと、ヒンヤリとした覚悟を感じた。

そうなのだ。工藤静香は、まるで満たされるのが怖いかのように、自分から砂漠のほうへ進んでいく。何でも持っているように見える人の、誰にも理解されない闇や心の渇きみたいなものを、オラオラと見せてくれる。その “女王の孤独感” は唯一無二だ。

永遠に弾けないバブル、工藤静香

中島みゆき楽曲のほかにも “愛絵理” というペンネームでご本人が作詞している「千流の雫」や、「声を聴かせて」「あなたしかいないでしょ」、アニメ『ドラゴンボールGT』 のエンディング曲「Blue Velvet」など、1990年代の彼女は、バラードもロックも変幻自在に歌の世界を演じている。

けれど、どの歌を聴いても、華やかな舞台の裏にある、寒気がするほど静かな夜を感じる不思議。ダンサンブルなナンバー「Jaguar Line」ですら、観えるのは太陽ではなく、大きな月に照らされた夜の密林。枕を抱えながらひとり、イヤホンでじっくり聴きたくなる。

この工藤静香の不思議な魅力は、解き明かそうとするほうが野暮なのかもしれない。“共感” する部分はほとんどなく “憧れる” にも、難易度が高すぎる存在。同じクラスにいても、絶対友だちになれないキャラクターだ。しかし、だからこそ惹かれる。誰の理解も求めず、孤独をロマンとパワーに変換する彼女は、私にとって、“永遠に弾けないバブル" のようなアーティストである。ただただ、眩しい。

カタリベ: 田中稲

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