8年ぶりのW杯予選に挑む“全く文脈の違う代表チーム”フットサル日本代表「Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」

4月17日より、FIFAフットサルワールドカップ予選を兼ねた、AFCフットサルアジアカップが開催される。木暮賢一郎監督率いる日本代表は、4つのワールドカップ出場枠を巡ってグループステージでキルギス、韓国、タジキスタンと対戦。グループ2位までに入って続くノックアウトステージの準々決勝で勝利すれば、晴れてワールドカップ出場決定となる。そこで本稿ではかつてのレジェンドがチームを率い、さまざまな育成環境で育ってきた選手たちが集う日本代表の現在地をひも解く。

(文=河合拓、写真=Noufal Ibrahim/アフロ)

8年ぶりのW杯予選に挑む日本フットサル界の現在

フットサル日本代表にとって2016年以来、実に8年ぶりとなるFIFAフットサルワールドカップ(以下フットサルW杯)を目指す戦いがいよいよ始まる。

2024年4月17日から28日までAFCフットサルアジアカップ(以下アジア杯)がタイのバンコクで開催される。今回のアジア杯は今年9月から10月にかけてウズベキスタンで開催されるFIFAフットサルW杯の予選を兼ねているのだ。

フットサル日本代表は2004年の台湾大会以降、2008年のブラジル大会、2012年のタイ大会とフットサルW杯に3大会で連続出場した。特に2012年大会はサッカー元日本代表FW三浦知良が参戦したことで、各スポーツ新聞のエース級の記者も取材に加わって大会を取り上げ、大きな話題となった。

2000年代前半から新しいスポーツとして注目を集めてきたフットサルだが、ここが人々の関心のピークだったように感じる。この頃、最大で3誌あった専門誌は皆無になり、サッカー媒体でもフットサルが取り上げられることは少なくなった。その一方で指導者として現場で働いていた人が、その能力を評価されてサッカーの現場に行くことも増えている。

フットサル人気の陰りの一因となったのが、2016年のフットサルW杯出場を逃したことだ。2016年にはウズベキスタンでW杯出場をかけたアジア選手権(現アジア杯)が開催された。当時のフットサル日本代表は、大会3連覇を狙う立場だった。2007年に開幕した全国リーグであるFリーグで活躍した選手を中心に構成され、森岡薫を筆頭に前回のフットサルW杯でベスト16に進出した選手たちがいた。また、海外で経験を積んだ選手や活躍を続けている選手もおり、ミゲル・ロドリゴ監督の下で強化を続けられたチームは「史上最強」という前評判だった。

2016年のフットサルW杯はコロンビアでの開催となっていた。アジア予選の突破は確実視されていたため、この大会を現地で取材したメディアは筆者とカメラマンが一人のみと、カズ効果で数十人が大挙した4年前とは、まるで異なっていた。

この大会で日本は準々決勝でベトナムと対戦すると、延長戦を4-4で終えてPK戦で敗れてしまう。それでも5位決定プレーオフに勝てば、フットサルW杯の4大会連続出場の切符を手にすることはできたのだが、プレーオフ初戦でキルギスに2-6の大敗を喫してしまったのだ。

まだまだマイナー競技であるフットサルにとって、日本代表チームがW杯出場を逃し、話題になるチャンスを逃した影響は大きかった。多い時は入場者数5000人以上を集めていたFリーグも、入場者数1000人を越えない試合も珍しくない。

フットサルW杯はサッカーのW杯と同様に、4年に一度開催されている。新型コロナウイルスの影響で、開催が1年遅れとなった2021年のFIFAフットサルW杯リトアニア2020にフットサル日本代表は2大会ぶりに出場して、ベスト16に進出した。だが、この時は新型コロナウイルスでアジア予選は開催されず、過去の結果でフットサルW杯の出場権を手にしていた。そのため、今年のアジア杯が8年ぶりのW杯予選となるのだ。

時代の変遷を感じさせる監督、コーチ、そして選手

現在のフットサル日本代表も、いくつかの点で8年前と似た状況にある。一つは、ディフェンディングチャンピオンとして、アジア杯に臨むことだ。フットサル日本代表は2022年にクウェートで行われたアジア杯で8年ぶり4度目の優勝を成し遂げている。

また、2016年当時は直前の壮行試合でコロンビア代表に2連勝(3-2、4-2)するなど、世界の強豪とも渡り合えていた。現在のチームも2016年のフットサルW杯王者のアルゼンチンに昨年12月に2引き分け(1-1、1-1)し、現在、圧倒的な強さを誇る2021年のフットサルW杯王者のポルトガルとも接戦(1-4、1-2)を繰り広げた。

8年前の敗因の一つに「史上最強」という言葉が強く意識され過ぎてしまい、慢心を招いたことが挙げられた。その反省を踏まえて、あえてその言葉は使わないが、フットサル日本代表チームは間違いなく右肩上がりに成長を続けている。

そのチームを率いているのは、木暮賢一郎監督だ。過去にフットサルを見ていた人なら、ピンとくる名前だろう。現役時代にはフットサル日本代表選手として2000年から2012年まで活躍。セルジオ・サッポ監督時代には絶対的なエースとして君臨し、ミゲル・ロドリゴ監督時代には小宮山友祐(現バルドラール浦安監督)とともにチームのキャプテンも務めた。3度のフットサルW杯出場を果たし、2006年にはAFC年間最優秀フットサル選手賞を受賞するなど、日本フットサル界が最も輝いていた時の中心的存在だ。

2013年に現役を引退してからは、指導者に転身。指導者としても成功を収めており、2017-18シーズンにはシュライカー大阪の監督としてFリーグ制覇を成し遂げている。2007年に開幕をしたFリーグは、これまで17シーズンを消化してきたが、そのうちの16度は名古屋オーシャンズが優勝している。つまり木暮は監督として唯一、名古屋以外での優勝経験者であり、日本人指導者では唯一のFリーグタイトル保持者でもあるのだ。

往年の名プレーヤーが、名監督になっているということに加え、今回のアジア杯を戦うフットサル日本代表には、時代の変遷を感じさせる選手がもう一人いる。名古屋に所属している甲斐稜人だ。

「フットサル」「甲斐」という2つのキーワードでわかった人もいるだろう。日本フットサル界を黎明期から支え、魅了してきたカスカヴェウ(現ペスカドーラ町田)の創始者であり、日本フットサル界のカリスマである甲斐修侍の息子だ。自身は日本代表止まりでキャップを刻むことはなかったが、同じレフティの息子は、すでに日本代表デビューも果たしている。そして今回、22歳で初めてAFCの公式大会に出場することとなった。

「ファイルフォックスの中心選手である木暮が日本代表の監督になり、カスカヴェウの甲斐修侍の息子とともにアジアカップに出場する」という、オールドファン垂涎の出来事が現実となっているのだ。 ちなみに現在のフットサル日本代表のコーチングスタッフには、バルドラール浦安で活躍し、2004年のフットサルW杯(当時は世界選手権)にも抜擢された「シンデレラボーイ」の高橋健介もコーチとして参画している。現役時代に日本代表としての経験や海外での経験も豊富に積んでいるコーチングスタッフの存在は、選手の指導に大いにプラスとなっている。

さまざまな環境から生まれ出る若き選手たち

Fリーグができてから、育成年代から選手が育つ環境も作られてきた。フットサルが日本で流行り始めた頃は、サッカー上がりの選手がフットサルに転向することが一般的だった。現在もそうした流れはあるものの、育成年代からフットサルを専門で取り組む選手も増えてきている。2014年にJFA第1回U-18フットサル選手権大会が始まり、ユース年代の選手が日本一を目指せる大会ができたことも大きい。サッカーの強豪校でこの大会に出場した選手が、高校卒業後にフットサルに転向する例もある。現在の日本代表の石田健太郎は、帝京長岡高校時代にJFA第2回U-18フットサル選手権大会に出場し、大学は全国有数のフットサルの強豪である多摩大学に進学し、在学中から現在キャプテンを務めるバルドラール浦安でプレーするようになった。

また、2024年4月1日からはFリーグに所属する各クラブはU-18チームを保有することが義務化された。すでにFリーグの下部組織出身の選手たちがトップチームでプレーするようになっているが、今回のフットサル日本代表に選出されているペスカドーラ町田の山中翔斗も、町田の下部組織育ちだ。

甲斐稜人と金澤空の2人は、高校年代でJリーグのFC町田ゼルビアユースでチームメイトだった。だが、それ以前には甲斐はペスカドーラ町田の下部組織で、金澤も府中アスレティックFC(現立川アスレティックFC)のスクールで、それぞれフットサルをプレーした経験があった。幼少期に専門的なフットサルの指導を受けていた選手がサッカーチームを経てから再びフットサルをプレーすることで、より順応が早くできるようになっている。

早い年代から多くの選手がフットサルを専門的にプレーしている成果は、国際大会でも出ている。これまで2017年、2019年と2回AFC U-20フットサル選手権が開催されたが、日本はイランで開催された第2回大会で優勝を果たしている。準決勝ではイラン、決勝ではアフガニスタンと対戦して、圧倒的なアウェーの環境だったものの優勝を勝ち取った。この時のメンバーからは山田凱斗が今回の日本代表に選出されているが、その山田は現在スペイン1部インテル・モビスタという世界的な名門チームに在籍して主力として活躍。日本人選手の個の力が上がっていることを示す選手の代表例となっている。

スペインの超名門でプレーするもう一人の選手として、原田快がいる。原田は父も元フットサル日本代表の原田健司氏であり、その父が指導するガット2008というチームで技を磨いた。9歳でブラジル留学、10歳でスペイン留学と幼い頃から海外でプレーした彼は、スペインで開催された大会に出場した際に現地で注目される。そして、スペイン1部バルセロナからのオファーを受けて、サッカー日本代表の久保建英も過ごしたラ・マシア(バルセロナの下部組織の総称。育成年代の選手寮の意味も兼ねる)で生活し、今季からはトップチームでも出場を果たしている。バルセロナで日本人選手がプレーするのは、全競技を通じて原田が初ということだ。前回大会の優勝メンバーの一員である原田だが、今大会はFIFAデイズ外での開催となっているため、日本代表に招集することはできなかった。逆に言えば、それだけ原田がバルセロナでも重要視されているということだろう。

「Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」

2016年にフットサルW杯の出場を逃し、フットサルへの注目や関心が落ち着いたなかでも、日本のフットサルはこのように基盤をしっかりと固めてきた。

4月6日にFリーグ・ディビジョン2のリガーレヴィア葛飾との練習試合(8-0)を終えた後、木暮賢一郎監督はこのように語り、日本フットサル界の全体としての成長に自信を見せた。

「W杯予選を兼ねたアジアカップになると、対戦国は明らかに通常のアジアカップ時よりもお金や時間をかけて準備をしてきます。それに対して我々はW杯予選を兼ねたアジアカップに向けて全力を注ぐスタイルではなく、育成やリーグを含め、常に良い準備をしているという点で全く文脈の違う代表チームだと思っています。自分は間違いなく、日本の取り組みが正しいと信じていますし、W杯予選の時だけガーっと力を入れるところには負けたくない。日本のフットサル全体として、Fリーグや下部組織の組織力を証明したい」

2011年に世界制覇を成し遂げたなでしこジャパンが、一世を風靡したように、今回のアジアカップ、そしてその先にあるフットサルW杯で結果を出すことができれば、フットサルも再び注目を集めることができるかもしれない。

W杯本大会前の9月6日と8日には改修後初となる国立代々木競技場第一体育館での国際親善試合が予定されている。この試合をフットサルW杯に向けた準備の試合にするためにも、まずは来るアジアカップでベスト4進出を決めることが最初の使命となる。

なお大会の開幕を3日後に控えた4月14日には、チームのキャプテンであるオリヴェイラ・アルトゥールとエースである清水和也の2選手が負傷により離脱することが発表された。チームにとっては極めて大きなマイナスであり、木暮監督はフィクソのアルトゥールの代役に仁部屋和弘、清水の代役に安藤良平と2人と異なるポジションの選手を追加招聘した。W杯予選を兼ねた、本当に重要な大会前に主力が離脱したことはネガティブなニュースであり、2016年大会前にも当時の中心選手だった皆本晃が離脱していたことが脳裏に蘇る。それでも戦いは待ってくれない。日本フットサルの底力が試される状況で、新たにチームを引っ張っていってくれるスターが誕生することに期待したい。

<了>

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