堂安律、復調支えたシュトライヒ監督との物語と迎える終焉。「機能するかはわからなかったが、試してみようと思った」

ドイツ・ブンデスリーガ第29節ダルムシュタット戦、SCフライブルクは堂安律の豪快なミドルシュートが決勝弾となり勝ち点3を手にした。堂安は今季リーグ5得点目。5試合連続のフル出場となった。今季序盤、一時は不調に陥っていた堂安はいかにして復活したのか。その背景には今季限りでの退任を発表した“恩師”クリスティアン・シュトライヒ監督の存在があった。

(文=中野吉之伴、写真=picture alliance/アフロ)

シュトライヒ監督を嫌いだという人に会ったことがない

ドイツ・ブンデスリーガのSCフライブルクでプレーする堂安律は、クリスティアン・シュトライヒ監督から多大な影響を受けたことだろう。

選手と監督の出会いは一期一会。選手キャリアの中ではさまざまな巡り合わせがある。相性がかみ合い、信頼し合い、リスペクトし合える関係を築けたら、間違いなく多くのことを学べる。加えて選手が確かな出場機会を勝ち取れたら、加速度的に成長することもある。さらに選手としてだけではなく、人生観にも影響を及ぼす人間性を持った監督から得られることは、計り知れないほど大きい。

堂安にとってシュトライヒはそんな存在となっていた。ドイツでこれまでシュトライヒ監督を嫌いだという人に会ったことがない。他クラブのサポーターや選手、監督でさえ、「フライブルクとシュトライヒ監督は好き」という人間が多いのには確かなわけがある。

2年連続UEFAヨーロッパリーグ出場、2022年にはクラブ史上初となるドイツカップ決勝進出というここ数年の素晴らしい戦績だけではなく、育成型クラブにおける指導者として、明確なコンセプトと妥協なき取り組みで選手を成長させるシュトライヒの手腕に誰もが称賛を送る。

フライブルク一筋12年というクラブとの絆もかけがえがない。フライブルク育成アカデミーの指導者時代を入れると実に20年にも及ぶ。2011年1月、当時降格危機に苦しんでいたチームで監督に就任して以来、常に成功していたわけではなく、何度か2部へ降格することもあった。だが、クラブがシュトライヒに疑念を抱くことはただの一度もなく、一丸となってまた再昇格しようというその関係性は、数多くのクラブが模範とするほどだ。

今後もずっとこの関係性は続くと誰もが思っていた。アイデンティティを超えた存在になっているとさえ感じることが多々ある。それでも、永遠に監督をやり続けることは不可能だ。ブンデスリーガで監督をすることで消費するエネルギーは途方もないものがあるのだ。いつか、どこかで、どのようにか、別れの時がくる。

シュトライヒは熟考の末、今季限りでついにフライブルクの監督をやめることを決意した。フライブルクとシュトライヒとの結びつきをどのように表現したらいいかわからない。「シュトライヒ・ロス」がもたらす空虚感は半端ではない。考えられないし、考えたくもない。その一方で、受け止めなければならない事実なのだ。

「夢を見るな。現実を見続けろ。やるべきことに真摯に取り組め」

堂安はそんな恩師の決断をどう受け止めたのだろう?

「もちろんさみしさはありました。間違いなく僕のキャリアを大きく左右してくれた監督ですし。彼がいなければ、(FIFA)ワールドカップでの活躍もなかったと自分は思っているので、すごくさびしかったです」

3月30日、自身のゴールを含め3-0で完勝したボルシアMG戦後に、監督への思いをそんな風に言葉にしてくれた。自分が成長するために、次のステージに進むためはここがベストと信じて、2022年7月にフライブルク移籍を決断した堂安。

求めていた環境がフライブルクにはあった。シュトライヒの要求はいつもプロフェッショナルで、とても厳しい。さぼることを一切許さない。攻撃的な選手でも守備への動きが少しでも遅れると、コーチングゾーンから烈火のごとく叱責が飛ぶ。サッカーへの情熱はいつもマックスに燃え上がっている。

堂安はどんな試合でも足を止めることなく走る。何度も何度もダッシュで上下動を繰り返し、チームのために身体を張り続けている。

「きついっすよ」

ミックスゾーンではよくそんなことも口にする。充実した表情を浮かべながら。インテンシティ高くプレーすることはゴールではなく、前提条件でしかないことを堂安はよくわかっている。それなくして、どうやってブンデスリーガやヨーロッパの舞台で勝利をものにすることができるのか、と。

シュトライヒは「夢を見るな。現実をその目でしっかりと見続けろ。やるべきことに真摯に取り組め」と選手にいつも強調している。ある時には「テレビを見てもしょうがない。順位表を見ても何も変わらない。何をすべきか。練習しろ。サッカーをしろ」とド・ストレートなメッセージを送っていたこともある。

堂安に新たなポジションを任せたシュトライヒの意図

厳しいだけではない。シュトライヒの選手に対する愛情は激熱で、とても人情味のある御仁だ。だから選手は監督の声にいつでも耳を傾ける。交代で下がってきた選手を抱き寄せて、言葉をかけることを忘れない。試合に出られない選手にも優しく熱く励まし続ける。

今季、キャプテンのクリスティアン・ギュンターが腕の骨折と感染症で長期離脱していた。「監督の存在がリハビリ期間中の支えになったと話していたが、具体的にどんなことがあったのか?」と報道陣に尋ねられると、ギュンターは次のように答えた。

「病室にずっといた僕をね、監督は何度もお見舞いに来てくれたんだ。そしてサッカーのことだけじゃなくて、いろんな話をしたんだよ。あの時間がすごく気分転換になったし、監督の人間性の素晴らしさの表れだよね。サッカーだけじゃなくて、他のことを大事にしてくれる監督だという証だよ。通常業務で忙しいはずなのに、何度も来てくれるというのは当たり前のことじゃないんだから」

堂安もそうだ。今季シーズンスタートからしばらく不調に陥っていた時期があった。得意なはずのプレーがどうにもうまくいかない。普段だったらミスをしないところで足がついてこない。地元記者が「昨季のようなダイナミックなプレーが見られない。どうしてしまったんだ?」と首をかしげる試合が続く。

レギュラーから外れる試合もあったが、シュトライヒは堂安を復調させようと、5バックの大外の右ウィングバックというポジションでの起用を決意した。本職である攻撃的MFと比べたら守備での負担は多くなるし、自由にセンターへと侵入する頻度も減る。だが、そこにシュトライヒの意図があった。

「リツにはサイドラインでプレーをしてもらおうと思ったんだ。彼にはラインが必要だった。そしてサイドラインからゴールへ向かうというプレーをイメージしてもらった。そうすることでプレーがわかりやすく、やりやすくなると思ったんだ。うまく機能するかはわからなかったが、試してみようと思った。パフォーマンスには満足している」

堂安はこの監督の決断を前向きに受け止めていた。後日、次のように心境を明かしている。

「監督は自分の特徴を生かしたいと。チームの特徴を考えるとサイドにボールが行きがちなんで、そこで少し変化を加えてほしいと言われてます。自分的にも調子が悪いときは真ん中でボールをもらうのが難しい。サイドで受ければシンプルに、目の前の敵を抜けばいいだけなので、監督のアイデアも理解してます。もちろん守備でのタスクは増えますけど、そのおかげでサイドの攻防にも強くなってると思うんで、メリットもあるかなと思います」

シュトライヒとの共闘も残りわずか。成長続ける堂安

育成指導者としてのキャリアも豊富な監督だけに、選手の成長に何が必要かを誰よりもよく理解している。ヨーロッパでは、将来有望な選手をかなり早い段階で獲得し、レンタル移籍を繰り返させて成長を待つというやり方をするビッククラブも少なくない。そしてそれを生かしてブレイクスルーを果たした選手だって確かに存在する。だがうまくいかない選手はそのままほったらかしにされたりもする。シュトライヒはそこに疑問を呈する。

「ポジティブな例は取り上げるが、うまくいかなかった他の選手のことはジャーナリストは報じない。表舞台から消えてしまった選手はどこへ行ってしまったのか。他クラブでは1、2年でクラブを去る選手が多いが、フライブルクでは平均すると4年以上プレーしている選手が多い。ケガや不調といった難しい状況でも、長期的に選手の成長を見守らければならないのだ。財布のひもを緩めて補強策を進めるクラブとは違うやり方をしようとする。それが私たちのモチベーションだ」

堂安にとってウィングバックでの経験は、一回り選手としての成長へとつながっている。ハードワークをしながら、頭をフル稼働させて、周囲の状況を即座にスキャンし、危険なスペースを埋め、積極的に競り合いに挑み、そして攻撃でも持ち味を発揮する頻度が増えているのだ。第26節レバークーゼン戦、第27節ボルシアMG戦と連続ゴール、第29節ダルムシュタット戦では貴重な決勝弾を決めている。

そんなシュトライヒとの共闘も残りわずか。

「(監督に)いいシーズンだったと思ってもらえるように」と全力でのラストスパートを心に誓い、恩師の花道を飾るために攻守に奮闘している。

うまくいかないことがあっても支えてくれる人がいる。正面から受け止めてくれる人がいる。そして壁を乗り越えるためにはそこから逃げずに戦い続けることの大切さを伝えてくれる人がいる。そうした環境の中で堂安は自分と向き合い、チームとともに成長し続けている。

<了>

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