M-1準優勝のヤーレンズ「ウケるならなんでもいいと思っています」

2023年のM-1グランプリで準優勝に輝いたお笑いコンビ・ヤーレンズ。ボケ担当の楢原真樹、ツッコミ担当の出井隼之介の二人からなるコンビは、大阪NSC出身ながら一歩引いた漫才で幅広い世代から人気を博している。ニュースクランチのインタビューでは、M-1を振り返ってもらいつつ、結成の経緯や東京進出、大物からのうれしかった言葉や今後の夢など聞いた。

▲ヤーレンズ(楢原真樹、出井隼之介)【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

「優勝」しか見ていなかったM-1グランプリ

――2023年のM-1決勝は「絶対に行くぞ!」という気持ちで挑んだのでしょうか。意識していたことがあれば教えてください。

楢原:2022年も「優勝」しか言ってなかったんですよ。決勝というか優勝。2023年も、大前提として決勝は絶対に行かなきゃいけないと思っていたし、ずっと優勝しか言ってなかったですね。

出井:そうですね。もちろん優勝なんですけど、まあ決勝に行かないと優勝もできないんで。僕も同じ気持ちでしたね。ただ、もう一回、準決勝で落ちていたら、メンタル的には危なかったかもしれないです。

――2022、2023年と準決勝会場で見させていただいたんですけど、2022年は本当に悔しかっただろうなって……。でも、2023年は絶対に決勝に残るだろうと思いながら見てました。ネタは早い段階で決められていたのですか?

楢原:うーん……2022年よりは早かったかな、くらいです。あの引っ越しのネタができたのは2023年の夏ぐらいで、“このネタで決勝に行きたいな”となんとなく思ってました。まあ、そのときは15分以上あったんですけど(笑)。

出井:そこから決勝までに何百回か、ネタを叩いたんじゃないですかね。

――M-1後というのは、わかりやすく状況が変わったと思うんですが、そのへんはいかがですか?

楢原:仕事の量とか種類がだいぶ変わって、収入が大きく変わったんじゃないですかね。この取材の時点ではまだ入っていないので実感はないんですけど、これから見込みがあるってことで(笑)。引っ越しも業者に頼める! これがうれしいです(笑)。そんな感じで、収入が変わることで選択肢も増えますよね。

出井:あとはやっぱり、お客さんが来てくれるようになったのもすごくうれしいです。最近は自分たちでライブを打っても、ある程度のハコなら埋まる感じの売れ行きなのが本当にうれしくて。

――ヤーレンズさんをずっと見ているのですが、ある時期、それこそ2年前くらいから、劇場がうねるくらいウケるようになってきた印象があって。それは、お二人が意識的に変えたところがあったのか、もしくは今まで通りやってきたら風向きが変わってきたのか、どう思われますか?

楢原:たぶん、どちらもだと思います。変えたところも変えなかったところも、全部が同じ時期にうまくハマったのかな〜と思いますね。

出井:自分は飽き性なのもあるし、結果が出なかったら見切りをつけてマイナーチェンジをしていくタイプの人なので、変わり続けることはずっとやってきたと思ってます。時代とか、自分たちの年齢とか、考え方とか、全部がバチッとフィットしたのが、2年前くらいなのかな。衣装もそうだし、内面も外面も常にアップデートし続けてきているんですよ。

なんとか生き残るしかないと思った

――コンビの名前の由来は、サザンオールスターズの楽曲からなんですよね。改めて、コンビを組んだきっかけを聞かせてもらえますか。

出井:お互い大阪のNSC出身で、相方が一つ歳上なんですけど、当時はそれぞれ別々のコンビでやっていたんです。で、同時期にお互いのコンビが解散したんですよ。4~5年目ぐらいかな? それで僕も芸人を辞めようかなと思ったんですけど、そのときに相方に声をかけてもらって。“これで最後だと思ってやるか”って感じで受けました。

――楢原さんは、もともと出井さんに目をつけていたんですか?

楢原:当時のコンビを解散したとき、今までやってないことをしないと無理かな、と思っていたんです。結局は、相方と組んでも4~5年は結果が出ないまま、なんとなく今のヤーレンズの原型になるんですけど……。当時“こんな感じの漫才をしたいな”と思っていたときに、見た目とかいろいろなものを考えたら、相方が一番合っていてこうなりました。

――“こんな感じの漫才”について詳しく教えてください。

楢原:僕は大阪出身で関西人なんですけど、引きの標準語漫才はそれまでやっていなかったので、そのスタンスでやってみようかなって。

――なるほど、関西出身ではない出井さんがそこに当てはまったと。ネタで、ボケの手数が多い、みたいなことも含まれているのでしょうか?

楢原:うーん、いま思い返したら、そのときから多かったよな。

出井:うん。でも、そこに特化するわけではないけど、たたみかける漫才というよりは、脱力系と言われるような漫才をやろうと。いろんな漫才をやってダメだったから、“もうそれしかねぇか”って感じでしたね。それを突破口にして、なんとか生き残るしかないと思って組んだ感じです。

吉本の黄金ルートには乗れないと思った

――憧れていたとかネタを参考にしたとか、好きだったコンビっていらっしゃるんですか?

楢原:芸風が近かったおぎやはぎさんとは、カブらないように意識していました。僕のボケ数を増やしたのも、その意識からですね。ちゃんと見てくれたら、めっちゃボケてるってわかると思うんですけど、どうしても“ダブルメガネ”ってだけで、おぎやはぎさんみたいだと言われ続けていたんです。

ボケもボケ方も、僕はそこで自分のスタイルが形成されました。おぎやはぎさんはニュアンスとか言い方だけで笑いを取れる方々ですけど、僕はそれをやっちゃダメだから、ちゃんと前に振ってボケることを大事にしてきました。

――関係性とかも含めて、初めて見たときは同級生なのかなと思ったくらいです。

出井:人間的には、ほんと真逆なんですよ。僕はポジティブだけど、楢原はネガティブだし。自己肯定感の高さとかも全然違います。僕は自己肯定感むちゃくちゃ高いんですけど、楢原は自己肯定感がものすごく低くて、自己評価と周りの評価のギャップにずっと苦しんでいるところがあって。彼はそういうタイプの人間だけど、僕はそれをまったく理解できないんです。

――面白いですね。

出井:人間的には全然違うんですけど、面白がることとか、嫌いなものとか、その辺の根底が同じなんですよね。最近、スタッフさんにもすごく言われるんです。

楢原:見てきたもの、好きなものとか嫌いなものが似てるみたいです。

――吉本興業を辞めて上京することになりますが、当時のことを改めて教えていただけますでしょうか。

楢原:そうですね。単純になじめなかったっていうのと、あとは若気の至りでしたね。いま思えば、“残ってもうちょっと頑張れよ”って思うんですけど。当時はそのストレスがイヤだったというか……劇場ランクのなかで生活するのがイヤで、本当になじめませんでした。ガマンしている先輩も後輩もいたんですけどね……。

出井:目立つために、手っ取り早く結果を得るために、漫才を続けていくために、標準語で引きの漫才を選んだので。浮いてしまうのはしょうがなかったと思います。劇場で頑張って、若い頃は番組のレポーターとかやりながら関西で名を上げて、賞を取って、ローカルで成功する、吉本の黄金ルートなんですけど……僕らの芸風だと回ってこないんじゃないかって。

――ヤーレンズさんのロケ、面白いと思って見ていますよ。

楢原:ありがとうございます(笑)。ロケをやらしてもらえているのはありがたいですね。やっていて楽しいです。

出井:でも、なんとなく……、僕ら二人で完結できたら一番楽しいよなあって、いつも思います。

楢原:僕らって、他の人にイジってもらって面白くなるタイプじゃないんですよ(笑)。

▲好きなものとか嫌いなものが似てるんです

ケイダッシュに入ったきっかけはトム・ブラウン

――勝手な推測なんですけど、NSCを出て大阪の劇場にいる以上は、平場などの先輩芸人とのやり取りなどで、キャラを剥がして面白くしてあげようとする文化があるような気がするんです。そのなかで、お二人が目指す芸風を確立していくのは大変だったんだろうなと……。

楢原:うーん、自分たちが面白いと思っていることでウケを取りにいけない、その思いが当時は毎日ありましたね。それをガマンして同じ芸風になっていければ、それはそれでいいんでしょうけど……。

――上京してケイダッシュステージに入りますが、他の事務所に入る選択肢もあったんでしょうか。

出井:ありましたね。いろいろなところで言っているんですが、ケイダッシュに入ったきっかけはトム・ブラウンさんなんです。審査員が現役高校生の賞レースが大阪であったんですけど、そのときにトム・ブラウンさんがむちゃくちゃスベってたんですよ(笑)。

でも、ネタが面白かったから携帯にメモしていて。東京で事務所を探すとなったときに、ケイダッシュステージの所属芸人を見たらトム・ブラウンの名前があって、“あ、この人たちがいるんだ、ちょっと面白いかも”と思って決めましたね。

――すぐになじめましたか?

楢原:すぐというか、感覚的には今もなじんでないんですけど…(笑)。

――え?!

楢原:いや、ホントに(笑)。それこそ吉本を見ていたので、 吉本芸人の関係性が“なじんでいる”と思っているんですよ。楽屋でも全員がそれぞれのノリを持っていて、楽屋でも一緒にいて、飲みにも一緒に行くみたいな関係性。

出井 そういう先輩らしい振る舞い、なぁーんにもやってないです。そもそもいらないですし……そういうノリも苦手で(笑)。

楢原:もう、そういう性格なんで(笑)。そういうノリが得意じゃないところも、僕らは近しいんですよね。

――ケイダッシュステージに入ってから印象に残っていることを教えてください。

楢原:そうですね……ケイダッシュもだいぶ変わったんですよ。昔は派手な人やバカが多くて(笑)、イヤなノリが蔓延していて苦手だったんです。 吉本とかで見るお笑いのノリじゃなくて、もうほんと、大学生の悪ふざけみたいなやつ。

僕は酒を飲まないのもあるし、そもそも社会人として居酒屋とかではしゃぐのが嫌いなんですよ。そしたら、トム・ブラウンさんも、そのノリがマジでわかんなかったみたいで。ヤーレンズが入ってくれてよかったって。

――前にインタビューさせていただいたときも、同じようなことをおっしゃってました。

楢原:芸人が笑ったとて、芸人が食わしてくれるわけじゃないですよね。お客さんがお金を払ってくれているわけなので、お客さんを喜ばせようっていう考えだったんですけど……それが当時のケイダッシュにはあんまりなくて。

出井:そういう人たちと明確に違うのがトム・ブラウンさんでした。彼らは目の前のお客さんを笑わせたい人だったんです。でも、目の前の人には伝わらなくて、袖の芸人にしか伝わってない。その状況が愛おしくないですか(笑)?

松本さんの言葉が本当にうれしかった

――芸人人生で一番うれしかった言葉ってありますか?

出井:たくさんあるなあ。このコンビを組んで、初めて「面白い」って褒めてくれたのはミルクボーイさんで、それはすごく覚えていますね。

楢原:僕が覚えているのは、やっぱ松本(人志)さんの言葉です。M-1のときに言われた「面白すぎてお客さんが笑い疲れていた」っていうのもうれしかったし、すごく良い表現をしてくれて、ありがたかったです。

出井:たしかにね。

楢原:あとは、サザンオールスターズの桑田さんの言葉もうれしかったですね。僕らを認識してくれたっていうのが本当にうれしくて。桑田さんはお笑い好きを公言しているので、何回かテレビ出て入ればいつかは……なんて思ったけど、まさかこんなに早く届くとは…!

出井:あとは、そうだな……最近だと(千原)ジュニアさんに「このくらいの世代やったら、お前が一番うまいんちゃうか」って言われたのがうれしかったです。

▲松本さんの言葉が本当にうれしかったと語る楢原

――楢原さんはネタを作る際のインプットって、どのようにされているのでしょうか?

楢原:なんですかね……昔から映画も漫画もほとんど触れてないんです。

――え、そうなんですか? 固有名詞のボケが多いので、コンテンツを熱心に追ってらっしゃる方なのかと思っていました。

出井:昔から頭に入っていたものが、そのままぐるぐる回っている感じじゃないかな。

楢原:でも僕、記憶力はそんな良くないですよ(笑)。

――そうだったんですね。『ラジオの虎』もめちゃめちゃ面白いです。楢原さんって、どんどん記憶を思い出しながら話が展開していく感じがします。

楢原:そうですね。あと、本当に思い出がないんですよ(笑)。学生時代の友達との思い出がないから、しょうもない芸能ニュースが頭に残っているんでしょうね。学生時代の記憶はテレビしかない。逆に言えばテレビが好きなのかな(笑)?

自分たちの漫才にしっかりお客さんをつけたい

――多忙のお二人、今日もラジオの生放送出演を終えたばかりですが、何をしているときが楽しいですか?

楢原:僕、仕事以外、本当に何もしてないんですよ。家でビーズクッションに突き刺さるように座ってYouTubeを見てるだけ……。ポケモンの実況配信とか見てるんですけど、それも流しているだけなので、本当に何もしてない(笑)。

それで言うと、僕は上沼(恵美子)さんを尊敬しているんですけど、仕事でご一緒させてもらった時が嬉しかったですね。その時にエピソードトークを用意した事がないとおっしゃってて、だから「この前こんなことがあって〜」と話しながら、その都度おもしろい事をすごい頭の回転の速さで、おもしろいエピソードにしていく人なんだと思いました。

僕もエピソードトークを用意して話すのあまり得意でなくて上沼さんのスタイルに凄く憧れてあんな風になりたいなと思います。まぁ絶対無理ですけど笑。

――なるほど。出井さんのすごいなと思う人は?

出井:うーん……先輩だと、小杉さん(ブラックマヨネーズ)とか、後藤さん(フットボールアワー)とか、柴田さん(アンタッチャブル)とかはよく見てました。それこそ、若い頃なんかは文字起こしをして、何がどう面白いんだろうって考えたりしていました。あとは、虹の黄昏の野沢(ダイブ禁止)さんとか。

――後輩からネタの相談をされたときはどうしているんですか?

楢原:人の評価とかではなく、「自分たちが面白いと思うことをやりなさい」って伝えてます。ウケる方法は、あとから勉強したらいい。とりあえず投げたい球を教えてくれれば投げ方を教える、投げ方から聞いてくんなってことです。

出井:僕らだって、M-1でやったネタがベストかどうかもわかんないし、ウケるならなんでもいいと思っています。僕らのポリシーは「ウケる」、ただウケたいだけなんです。

▲周りに優秀な人が多いのはうれしいと話す出井

――コンビとして、個人として、今後やってみたいことや目標があれば教えてください。

楢原:まずは、漫才ツアーですね。

出井:どこにも依存せずに、自分たちの漫才にお客さんをつけたいです。

楢原:例えば、テレビだったら、スポンサーや局のディレクターとかいるわけじゃないですか。そこに確認したり、時には配慮をしないといけないんですよね。

出井:そうそう。そういうことなしに、信頼できる人たちだけの意見を聞きながら、自然体で生きられたら最高だなと思います。

――ありがとうございます。最後に、読者プレゼント用のチェキを撮らせていただきたいのですが……。

出井:あ、僕チェキNGなんですよ、僕が楢原を撮りますね(笑)。

(取材:萌映)


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