【書方箋 この本、効キマス】第62回 『朝、空が見えます』 東 直子 著/荻原 裕幸

記憶に干渉する365の空

歌人であり小説家である東直子さんの、はじめての詩集となる『朝、空が見えます』がナナロク社から昨年末、刊行された。2017年の元日から大晦日までの、ツイッター(現X)上に投稿したことばから、日々の空の様子についての記述だけを抜き出し、詩として構成している。365のフラグメント(断章)は、それぞれが一行の詩であり、全体がまた一篇の詩としてまとまっているので、どのページから開いて読んでも楽しめる一冊である。

〈いつもと同じように晴れていて、しかし今日だけの空なのだと思います。〉
〈野外劇場をすっかり撤去した後にふさわしい青空です。〉
〈壁紙にしたいようなかわいい空です。〉

東さんのツイッターの投稿は、アカウントを開設したはじめの頃から、空の様子について記述することに偏愛的な傾向を見せていた。その後も、記述の量はどんどん増え、ユニークな記述のあらわれる頻度も増えていったようだ。そして、2017年には、一年間休まずに書き通し、一冊の詩集に相当するほどのクオリティを得るに到ったのである。

世にはカレンダーと詩とをセットにした商品もあるけれど、あらかじめ準備されたことばとは違って、現実の、毎朝の空を眺めて書かれたリアルタイムのことばは、鮮度も、リアリティも、そして美しさもきわだっている。

〈もしも鳥だったら、高く高く飛んでたわむれてみたい、美しい晴天です。〉

たとえば、こんな一行がある。読者の想像力でひろがる青空を、仮想された一羽の鳥がどこまでも上昇する。同時に、その一羽の鳥の視線でこの世界を見下ろすようなイメージがひろがる。実際に見たその日の空を、ただそのまま再現するのであれば、ことばは、写真や映像の力を超えられないだろう。ここではむしろ、わざわざ再現度を落とすような主観的な表現が用いられ、写真や映像での再現とはまったく異なる、多角的なイメージを生んでいるように思う。

〈姉と一緒に傘をさして学校へゆっくり歩いていった朝を思い出します。弱い雨が降っています。〉
〈東京の冬は晴れた日が多いんだな、と、東京に来たばかりのころ思って、それは何度も思って、そして今日も思いました。晴れています。〉

また、こんな記述もある。空の様子が、記憶をめぐる何かを刺激して、姉との思い出のシーンや東京に転居して来た日々のことなどを引き寄せている。フランスの長編小説『失われた時を求めて』において、香りが記憶に干渉するプルースト効果さながらに、ここでは、空の様子が記憶に干渉しているのだ。

だとすると、はじめに、どのページから開いて読んでも楽しめる、と書いたけど、通読して、フラグメントをつなぎあわせて、はじめて見えて来る人物像などもあるのかも知れない。再読三読がさらに楽しめそうだ。

(東 直子 著、ナナロク社 刊、税込1870円)

選者:歌人 荻原 裕幸(おぎはら ひろゆき)
1962年、愛知県名古屋市生まれ。87年、第30回短歌研究新人賞を受賞。「東桜歌会」を主宰、同人誌『短歌ホリック』発行人。歌集に『青年霊歌 アドレッセンス・スピリッツ』、『甘藍派宣言』など。最新刊に『永遠よりも少し短い日常』。

レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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