『陰陽師0』佐藤嗣麻子監督 徹底考証した平安装束、当時を再現するVFX【Director’s Interview Vol.400】

『陰陽師0』はそのタイトルが示す通り、安倍晴明が陰陽師になる前の物語。まさに“安倍晴明エピソード0“。昔から原作「陰陽師」の大ファンだったという佐藤嗣麻子が監督・脚本を担当。『エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS』(95)、『K-20 怪人二十面相・伝』(08)、『アンフェア the end』(15)など、VFXやアクションを得意とする佐藤監督は、若き安倍晴明をどう描いたのか?

奇しくも取材当日は第96回アカデミー賞授賞式と同日で、佐藤監督の夫である山崎貴監督と白組のメンバーが『ゴジラ-1.0』(23)で視覚効果賞を受賞した直後。本作『陰陽師0』のVFXも白組が担当しており、その辺りも含めて佐藤監督に話を伺った。

『陰陽師0』あらすじ

呪いや祟りから都を守る陰陽師の学校であり省庁ーー《陰陽寮》。学生の安倍晴明(山﨑賢人)は、呪術の天才ながらも陰陽師に興味を示さず、友人も持たず、周囲から距離を置かれる存在だった。ある日晴明は、貴族の源博雅(染谷将太)から皇族の徽子女王(奈緒)を襲う怪奇現象の解決を頼まれる。衝突しながらも真相を追う晴明と博雅だったが、ある学生の変死をきっかけに、平安京をも巻き込む凶悪な陰謀と呪いが動き出す。

ファンタジーやSFが大好き!


Q:学生の頃から、夢枕獏そして「陰陽師」のファンだったとのことですが、陰陽師のどこに惹かれていたのでしょうか。

佐藤:もともとファンタジーやSFが大好きで、「デューン 砂の惑星」などは小学校5〜6年生の頃に読んでいました。筒井康隆や眉村卓も小学生の時から読んでいて、中学生になってからは大藪春彦や平井和正、高校生になってから夢枕獏を読み始めました。「ゲド戦記」や「指輪物語」が大好きだったこともあり、「陰陽師」は日本のファンタジーだと思っていました。本当は「指輪物語」を映画化したかったんですけど、ピーター・ジャクソンに先にやられちゃった(笑)。「チクショー!」と思っていたので、今回「陰陽師」を映画化出来て良かったです。

Q:監督初期作の『エコエコアザラク』(95)にも呪術や五芒星が出てきますね。

佐藤:『エコエコアザラク』はホラーですが、魔法も出てくる。いつか「陰陽師」のような作品を撮るために、ちょっと呪術の練習をしておこうと(笑)。それこそ『エコエコアザラク』は山崎貴が初めてVFXを手掛けた作品で、日本初のデジタルでCGを使った作品なんです。当時のMacintoshを使って、アカデミー賞に登壇していたVFXディレクターの渋谷紀世子さんと、山崎と私の3人で作りました。

『陰陽師0』©2024映画「陰陽師0」製作委員会

Q:日本映画でSFやファンタジーを撮ることはハードルが高そうですが、実際に監督されていていかがですか。

佐藤:ハードルは高いですよね。特に実写は予算もすごく掛かるし、観客は海外の作品を見慣れている。ただ、今回のような時代モノだったら日本人がやっても違和感がない。そういう意味では、ファンタジーとして良い題材でしたね。

徹底考証した平安装束


Q:この映画のために乗馬、装束の着付け、ナチュラルガーデニングを習って準備されていたとのことですが、いつ頃から始められたのでしょうか?

佐藤:『アンフェア the end』(15)を撮り終わった後ぐらいからですかね。乗馬は今年で4年目になりますが、サボってばかりで撮影中も行けなかったので、実質はそんなにはやれていませんね(笑)。

Q:衣装もしっかり作り込まれていて、女性の着物の襟合わせがないことに驚きました。

佐藤:あれは小袖というものです。昔は下着が無かったので、本当は胸がはだけているんです。劇中で着ているものは夏の装束なので、羽織っているものはスケスケ。ただ、映画だとレイティングの問題もあるので、袴を上げて隠しました。偉い人はパジャマ姿でよくて、周囲の仕えている人たちが十二単なんです。周りはちゃんと正装する必要があるけれど、姫はリラックスした格好でも大丈夫。また、重たい十二単はおそらく明治時代ぐらいからのものですね。平安時代のものはすごく薄い絹で出来ていたからあまり重くなかったはず。だから、映画やテレビと本物ではいろいろと違うんですよね。

『陰陽師0』©2024映画「陰陽師0」製作委員会

Q:装束に関しての知識と考証がすごいですね。

佐藤:衣装は調べて着付けも勉強しました。昔は綿が無かったので麻か絹だったんです。もちろん映画なので全部麻や絹というわけではありませんが、徽子女王の衣装は全部絹で出来ています。晴明の衣装は高野山の倒れた木を集めた“高野霊木”で織ったものです。晴明っぽくて良いなと思い撮影用に作りました。今回の衣装の伊藤佐智子さんは布にすごく詳しくて、私が“小石丸”という蚕の話をしたら、「えっ⁉︎ 小石丸、用意した方がいいですか?」と(笑)。小石丸は“幻の絹”と呼ばれる何千万円もするような絹なので、とてもじゃないけど使えないんです。それをちゃんと分かっていらっしゃる方ですね。

平安時代を再現するVFX


Q:平安時代の建物がデティールまでしっかり表現されていて説得力がありました。ロケ、セット、VFXの使い分けはどのように判断されたのでしょうか。

佐藤:室内の板の間は全部セットで、渡り廊下やお寺のシーンはロケで撮りました。いわゆる“寝殿造”といわれている建物は、世の中に本物は存在していません。大河ドラマなどでよく使われる、岩手県にある「藤原の郷」という歴史テーマパークがあるのですが、そこで外観と一部をロケ撮影しました。庭の“抜け”は全部CGで作っています。今回、帝がいる清涼殿は絶対に出したかったので、ちゃんと京都御所に行って清涼殿をポートレイト的に撮影したり、地図等で計測しながら、3DCGで建て直しました。また、今までの『陰陽師』では平城京の三つの門の朱雀門を平安京の朱雀門に見立てて撮影されていましたが、本来の平安京は五つの門。今回はそれを再現したくて、ちゃんと五つの門にしました。清涼殿と朱雀門をビジュアル化したのは多分史上初だと思います。

Q:平原や山、森や海など、外の画にとても奥行きがありましたが、ロケ場所はどのように見つけられたのでしょうか。

佐藤:晴明が見る夢のシーンは、もともと外国の風景にしたかったんです。スコットランドの北にあるハイランド地方に以前行ったことがあるのですが、すごく綺麗な場所でした。それで「ハイランド地方みたいなところがいい!」と言っていたのですが、「そんなお金は無い」と(笑)。それでとにかく地面だけを探して、背景はCGで描き込むことにしました。実際に撮影したのは木更津の牧草地です(笑)。背景を描いてくれたのは『ゴジラ-1.0』で、爆破シーンなどをやっている江場佐知子さん、最高に上手な方ですよ。

水辺で行う祈祷の舞は琵琶湖で撮りました。“抜け”に何も無い良い場所でしたね。今までの平安モノはすごく狭く画を撮っているので、「もったいないな」といつも思っていました。それで今回は画を広くしようと常に意識していました。

『陰陽師0』©2024映画「陰陽師0」製作委員会

Q:今回のVFXは呪術の表現や平安時代の社会の様子の再現など、その仕事は多岐に渡ります。監督としてはどこまで具体的に指示されているのでしょうか。

佐藤:基本的には全部指示します。もともと私はVFXを相当やっていて、映画だけではなくゲームの「鬼武者」や「バイオハザード」なども手掛けていて、ゼロからCGのみで映像を作った経験もある。だからCGに関しては随分口出しします。「草原から上は全部CG」とか「好きじゃない天気だったから空変えてね」とか(笑)。具体的なビジュアルは自分で資料を集めて提示します。そうしないとイメージの共有はなかなか難しいですよね。

誰がラスボスでもおかしくないキャスティング


Q:主演の山﨑賢人さんは、こういった歴史アクションファンタジーが多い印象もありますが、実際にお仕事してみていかがでしたか。

佐藤:すごく魅力的な人で、晴明がとても似合っていたと思います。他の役で見られるような、活発で積極的な青年とは全然違う役柄でしたが、本人の持っている雰囲気は今回の方が似ているかもしれません。少し浮世離れしているような、生活感をあまり感じさせないフワッとした人。晴明はフワッとはしていませんが、山﨑さん本人の柔らかい空気感は良かったですね。

Q:晴明の周りを固めるキャスティングも、小林薫さんから、出番がそれほど多くはない吹越満さんから筒井真理子さん、村上虹郎さんまで贅沢な布陣でしたが、キャスティングはどのように進められたのでしょうか。

佐藤:吹越さんは私の作品はいろいろ出てくれていて、いつもお願いしています。筒井さんもお友達なのでお願いしました(笑)。今回はラスボスになれる人ばかりをキャスティングしたんです。村上虹郎くんがラスボスでも全く遜色ない。そういう人たちに集まってもらいました。

『陰陽師0』©2024映画「陰陽師0」製作委員会

Q:小林薫さんはいつもの印象と違う感じもあって意外でした。

佐藤:オファーして受けていただけたので、少し驚いた部分もありました(笑)。小林さんは脚本をしっかり読み込まれていて、言葉使いにすごく気を遣っていました。「こんな感じで言った方が良いんじゃないかな」と、色々と提案していただきました。合成の関係もあって何も無いところで演技をしてもらうこともありましたが、私の方で指示しつつ、テンションを調整しながら演じてもらいました。演技に関しては映画全体を通して計画を立てておく必要があって、その場で良いと思っても全体を通してみると違っていることもある。毎日少しずつ修正しながら撮影していきました。

Q:影響を受けた、好きな映画監督や作品を教えてください。

佐藤:最初の頃はデヴィッド・リンチにすごく影響を受けました。『イレイザーヘッド』(77)は、あまりにも怖すぎて6回くらい観ました(笑)。テリー・ギリアムもすごく好きでしたね。最近のお気に入りはクリストファー・ノーラン。『インターステラー』(14)が一番好きですね。

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監督:佐藤嗣麻子

1964年生まれ。岩手県出身。ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールにて映画制作を学ぶ。監督作品に、『ヴァージニア』(93)、『エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS』(95)、『K-20 怪人二十面相・伝』(08)、『アンフェア the answer』(11)、『アンフェア the end』(15)など。「恋におちたら〜僕の成功の秘密〜」(05)、「アンフェア」(06)、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10)、「独身貴族」(13)、「ハイエナ」(23)などの脚本も執筆。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『陰陽師0』

4月19日(金)公開

配給:ワーナー・ブラザース映画

©2024映画「陰陽師0」製作委員会

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